INTERVIEWEE
若隆景 渥
WAKATAKAKAGE Atsushi
2017年 東洋大学 法学部企業法学科 卒業
1994年生まれ。福島県福島市出身。本名・大波渥。相撲に縁深い一家に生まれ、7歳から相撲を始める。東洋大学卒業後に荒汐部屋に入門。東洋大学在学時は、東日本学生相撲個人体重別選手権大会で優勝、全国学生相撲選手権大会の団体戦で優勝、個人戦で準優勝などの成績を収めた。
平成二十九年三月場所にて三段目百枚目格付け出しで角界デビュー。平成三十年初場所で幕下優勝を果たし、同年五月場所で十両昇進。新関脇の令和四年三月場所では幕内優勝を成し遂げた。
令和四年七月名古屋場所が、下記日程で開催されます。
7月10日[初日]~ 7月24日[千秋楽]
ルーティンは決めず、心も身体もリラックスすることが好取組につながる
――令和四年三月場所の幕内優勝、おめでとうございます。まずは、優勝してのご感想をお聞かせください。
率直に、人生において忘れられない思い出になりました。これまで好成績を収められた場所もありましたし、幕下優勝も一度経験しましたが、やはり幕内で優勝することは特別なのだと改めて感じました。優勝以降、道を歩いていると「若隆景だ!」と気付いて声を掛けていただくことも増えましたね。思っている以上に、多くの方が応援してくださっているなと感じています。
――周囲の反響をダイレクトに感じる場面があったのですね。ご出身の福島市にも表敬訪問をされたとのことですが、地元の人々からも多くの声援があったのではないでしょうか。
そうですね。大相撲は、各地方を巡業する間に一週間程度の休暇があるのですが、なかなか地元に帰ることができませんでした。ですから、優勝したことによる表敬訪問は地元に帰れるうれしさと喜びでいっぱいでしたね。少し時間が経って多くの方から激励の言葉をいただく中で、徐々に「優勝したんだな」と実感がわいていきました。
――場所中の15日間を戦い抜くためのルーティンなどはあるのでしょうか。
場所後一週間程度の休暇後からは、次の場所に向けて稽古が始まります。まずは前の場所の反省点を振り返り、改善点を意識しながら稽古を重ねていきます。場所中、自分の取り組みを客観的に確認するために、テレビで放送されている大相撲中継は毎日録画しています。もちろん、解説者のお話も聞きます。周囲には動画だけ見るという力士もいますが、私は解説の内容も含めて自分の動きを確認していますね。
また、次の場所が始まる2週間前には番付発表が行われます。発表された番付を見て改めて気合いを入れ直すような感覚で、場所に向けて徐々に気持ちを高めていくという感じでしょうか。特に、これといったルーティンのようなものは定めていませんが、とにかく四股や鉄砲(鉄砲柱と呼ばれる大柱に向かって左右の突っ張りを繰り返す練習法)などの基礎トレーニングを大事に行うように心がけています。
――先場所で感じた反省点を振り返りつつ、基礎に立ち返って稽古をするからこそ、近年の大躍進が続いているのではないかと感じました。
基礎的な練習を欠かさないことが、ある種のルーティンと言えるかもしれませんね。また、一人で黙々と取り組むのはもちろん、「申し合い」という稽古にも力を入れて取り組んでいます。土俵の上で一対一の勝負を行うのですが、勝った力士が次に戦う力士を次々に指名していきます。勝ち抜き戦のようなもので、勝てば勝つほど稽古をこなせるんです。申し合い稽古も、次の場所に向けて気持ちを作る一つの要素になっていますね。
――場所中、周りの力士の結果によって、ご自身の取り組みに影響が出ることやモチベーションに波はないのでしょうか。
もちろん、15日間の中で気持ちや身体の調子に波はあると思います。その波をできるだけ抑え、自分らしい取り組みを続けるために、やはり日々の稽古から調子を一定に保つ練習をしていますね。次の場所に向けてのルーティンに限らず、場所が始まってからの取り組み前にも、特に「これをやる」と決めていることはありません。決まり事が崩れてしまったときに不安を感じてしまう性格だと自覚しているので、形式を重視しないようにしています。言葉で表すのがとても難しいのですが、身体を動かして、汗をじわじわとかいてくると自然にスイッチが入るような感覚があります。
周りの力士をライバルとして意識したことはあまりありません。あれこれ勝負を気にするよりも、自分の力が15日間思う存分発揮できるかのほうが大事だと考えています。小さな変化ですが、自分の力は毎日異なると思いますし、日々変わる身体と向き合って、その日できる相撲を一日ずつ取り切るということに重点を置いています。
関脇という地位は、場所の前半で横綱や大関など強敵と戦うため、どうしても序盤で負けがこむことが多くなります。ですが、場所後半の疲れが溜まってきたタイミングで、自分と同格や格下の負けられない相手と戦うとき、思い切った相撲を取れるようにしています。ある力士から言われた言葉で、印象に残っているものがあります。前半戦で負けが続き、あと3敗で負け越してしまうというときに相談をしたら、「じゃあ、あと2回は負けられるね」と返ってきたんです。目から鱗が落ちるような思いでした。「もう負けられない」と思うよりも気持ちに余裕ができますし、身体もリラックスして攻めの相撲が取れるので、いつもこの言葉を思い返して取り組んでいますね。
東洋大相撲部の経験と恩師の教えが、今の自分を形作った
――堅実に練習を重ね、真っすぐに相撲と向き合っておられる若隆景関ですが、相撲を始めたころから、「一番ずつ取り組むのみ」という考えをお持ちだったのですか。
相撲を始めたタイミングをはっきりとは記憶していないのですが、祖父や父が角界出身で、二人の兄も相撲に取り組んでいるという家庭で育ったので、相撲はとても身近な存在でした。父が地元の相撲教室で指導をしていたこともあり、自然と自分も取り組むようになりました。
相撲をやっていく中で「こうなりたい」という目標は持っていなかったのですが、小学校4年生頃から「わんぱく相撲」の全国大会に出たいという思いをずっと持っていました。というのも、全国大会の前日は相撲部屋に宿泊できるという特典に惹かれていました。そのため、ずっと全国大会に出ることを目指していたのですが、結局小学校を卒業するまで地区予選敗退が続き、県大会すら出場できませんでした。
――地区予選で敗退が続いたということは、周囲には強い選手がたくさんいたのでしょうか。
すごく強い選手がいるというよりも、自分がとても弱かったのだと思います。食が細かったこともあり、身体が本当に小さかったんです。父親をはじめ、家族に「たくさん食べろ」と言われましたし、身体を大きくするという点では大学入学後も苦労しましたね。
東洋大学に進学し、相撲部に入部してからは寮に住んでいたのですが、特に夕食の時間が憂鬱でした。部員みんなで鍋を囲んで食べるときにも、監督や先輩から「もっと食べなさい」と何度も言われました。一年次ではなかなか体重が増えなかったのですが、二年次からは徐々に身体が大きくなり、それと同時に好成績を収められるようになりました。そこから、少しずつ自分の相撲に自信が持てるようになりましたね。
――寮生活で「相撲漬け」の毎日を送ったからこそ、少しずつご自身の相撲に磨きがかかっていったということでしょうか。
体重が増え、自分なりに相撲らしい相撲が取れるようになったこともそうですが、周囲の環境というのも影響が大きかったと思います。3年生の時、新しく入部してきた1年生が強い子たちばかりで、「後輩たちには負けたくない」と思うようになりました。まずは自分がレギュラーの座を獲得できるように、レギュラーになってからは後輩たちにその座を取られないように、という気持ちで練習に励みました。
4年生では部の副主将を務めたのですが、「試合に出られない部員の分まで頑張って、試合で勝たなくては」という思いも芽生えましたね。実は、4年生最後の大会だった全国学生相撲選手権大会の1カ月前に大けがをし、手術して2週間後の大会に出場しなければならないという状況に陥りました。手術を乗り越え、なんとか試合に間に合わせ、個人戦で準優勝という結果を収めることができました。リハビリや身体のケアに専念している間にも、レギュラーから外れたメンバーたちは、私がレギュラーとして戻ってくるのを待っていると気付いたとき、ふと「絶対試合に出て、みんなで優勝を迎えたい」という気持ちが湧きました。大学生活の中で「自分は周りに支えられている」と気付けたことはとてもよかったと感じています。今も多くの応援をいただき、「プレッシャーにならないの?」と聞かれることもありますが、その応援を自分の力にしたい、という考えを持つようになったのは、大学時代の経験があったからですね。
――東洋大学相撲部監督の濱野文雄さんとの出会いも、ご自身にとって転機になったそうですね。
高校を卒業する時点では角界に入る自信がなく、相撲の道に進まなかったときのことを考えて大学に進学しようと思ったのですが、そのタイミングで濱野監督からお声がけいただいたんです。「うちの相撲部には強い選手がたくさんいるから」と言われて、せっかく大学に行くならそこでも相撲を続けよう、強い人と稽古をして強くなろう、と思ったことを今でも覚えています。
また、取り組みのスタイルとして「下からの攻め」や「前に出る相撲」も教えていただきました。正面から攻める相撲を教えてくれたのは濱野監督ですし、今の自分にとっても核となる取り組みの型を確立させることができたので、東洋大学に進学してよかったと心から思います。
「小よく大を制す」を心に、土俵での活躍を目指す
――15年以上相撲に取り組んでおられる若隆景関から見た「相撲の魅力」には、どのような点がありますか。
やはり、「小よく大を制す」の一言に尽きるのではないでしょうか。相撲は、体重別に階級が分かれているわけではありません。小さい力士が大きな力士に勝つ姿は観客の皆さんに喜びや勇気を与えているのではないでしょうか。私自身、身体がそこまで大きくはありませんが、取り組みの中で大きい力士に勝ったときには割れんばかりの拍手をいただきます。そういった経験は私にとってもうれしく、次の取り組みへの励みになりますね。
――身体の大きさにとらわれない取り組みに、相撲の面白さが凝縮されているということですね。これからの目標、そしてファンの皆さんに向けてメッセージをいただけますか。
先ほどお話ししました、自分の強みでもある「下からの攻め」を武器に、一番ずつ大切に相撲を取っていきます。ぜひ観戦の際には、下から果敢に攻める姿に注目していただきたいですね。
また、出身地である福島の方々の声は自分の元に届いています。土俵の上で活躍することが、今の自分にできる最大限の恩返しだと考えているので、福島の皆さんそして、多くの皆さんには今後も見守っていただけると嬉しいです。これからも、応援よろしくお願いいたします。
――今後の活躍を期待しています!本日はありがとうございました。
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