INDEX

  1. 100メートル競争など短距離走の「4つの局面」で、効果的なトレーニングを知る
  2. ピッチとストライドのバランスが、タイム短縮の鍵
  3. ライバル選手の存在によってお互いを高め合える、短距離走の魅力

INTERVIEWEE

土江 寛裕
TSUCHIE Hiroyasu

東洋大学 法学部企業法学科 教授
東洋大学 健康スポーツ科学研究科健康スポーツ科学専攻 教授
陸上競技部(短距離部門)コーチ
博士(人間科学)。専門分野:ライフサイエンス、スポーツ科学、バイオメカニクス。東洋大学の陸上競技部短距離部門コーチを務め、2018年から日本陸上競技連盟オリンピック強化コーチに就任。自身も選手として1996年アトランタ五輪、2004年アテネ五輪に出場。アテネでは4x100mリレーのメンバーとして4位入賞を果たした。


柳田 大輝
YANAGITA Hiroki

東洋大学 文学部国際文化コミュニケーション学科 3年
陸上競技部(短距離部門)
2023年7月に行われたアジア選手権男子100mでは桐生祥秀選手(東洋大学法学部卒業)についで日本人2人目の金メダルを獲得。2024年5月に開催されたナッソー2024世界リレー 男子400メートルにおいて日本チームの4位に入賞に貢献。

100メートル競争など短距離走の「4つの局面」で、効果的なトレーニングを知る



――土江コーチは100m競争のご専門ですね。短距離走は大きく4つの局面に分けられると伺いました。

その通りです。100mを走るといっても、スタートからゴールまで同じ走り方をするわけではありません。「スタート」「加速疾走」「中間疾走」「フィニッシュ」という4つの局面に分けて考えられます。
まず「スタート」の局面では、速度が0から始まるため、加速に最も力が必要です。自動車に例えるとローギアの状態ですね。身体は前屈しており、足に力を込めながら段々と加速させていきます。徐々にスピードが上がってくると、次の「加速疾走」の局面に入ります。自動車で言うと2速や3速に当たります。トップスピードを目指して、一歩一歩着実にスピードを上げ上半身を起こしていきます。そして、「中間疾走」では選手がトップスピードに到達します。自動車のトップギアに当たりますね。100mでは、この局面でどれだけ速度を高められるかが記録に強く関わります。世界の舞台でトップアスリートと戦うためには100mで10秒を切る必要があります。ここで秒速11.6~11.7mの最大速度を出すことができれば、9秒台に乗ることができるでしょう。最後の「フィニッシュ」の局面では、トップスピードをどれだけ落とさずにキープできるかが重要です。どの選手も「フィニッシュ」の前には必ず速度が落ちます。しかし、トップ選手がレース後半に伸びるように他の選手を引き離すことがありますね。実は選手が速度を上げているのではなく、他の選手の速度が落ちていくなかで速度をなるべく落とさないようにキープしているので、差が広がっているように見えるのです。
このように、短距離走は4つの局面に分けられます。「スタート」が得意な選手や「フィニッシュ」で速度が落ちやすい選手など、4つの局面の中で選手の得意不得意はさまざまです。ただし、その中でもトップスピードの速さや持続性が勝負の結果に結びついてきます。



――それぞれの局面によって練習方法も異なるのですか?

トップスピードに到達するまでの「スタート」と「加速疾走」では、筋力がとても重要です。加速のために瞬間的にとても大きな力を出す必要があるので、筋肉を付けるウエイトトレーニングを行います。特に試合がない冬季は、練習の半分以上をウエイトトレーニングによる体づくりに費やしています。また、走る際にソリのようなおもりを引っ張ることで負荷をかけるトレーニングも行っています。おもりを重くすると負荷が大きくスタート時に近い速度帯の、軽くすると負荷が軽くトップスピード時に近い速度帯の練習ができるのです。おもりを付けてトレーニングをしているとその速度帯でのパワーが高まるので、おもりを外した時にスピードアップが図れます。東洋大学では、どれくらいの重さのおもりを引っ張った時にどれくらいの速度で走ることができるかを常に測定し、モニタリングしながらトレーニングしています。
「中間疾走」と「フィニッシュ」の局面では、マシンを用いて選手を引っ張り、強制的に速度を出す練習をすることもあります。例えば、秒速11mしか出ない選手を、マシンで引っ張り、秒速11.5mで走らせます。すると、その速度に対応した練習ができるので、試合でも同様の速度で走ることができるようになるのです。これは負荷が高い練習なのであまり行いませんが、大会前の重要な場面に行うと選手の自信にもつながります。

どの局面でも、何のために練習しているのかを意識することがとても大切です。内容を深く理解した上で繰り返し練習すると、単なる作業にならず実践で発揮できる力につながります。どこでどのように走るのかをイメージしながら、正しいトレーニングをして、正しいテクニックを身に付けられれば、しっかりと結果が出るものです。大会シーズンに突入すると、冬季に行ってきた体づくりの成果が出ると同時に、さまざまな課題が見えてきます。その都度修正が必要な箇所を練習し、大会で練習の成果を発揮する、というPDCAサイクルを繰り返し、より良い記録を目指しています。
 

【TOPICS】 小中学生向けのトレーニング

4つの局面に分けて短距離走を練習するのは、トップ選手には有効ですが、初心者にはあまりおすすめできません。小学生であれば、まずは①トップスピードまでの時間を縮めるか、②トップスピードを高めるかの2点に分けて、練習してみてください。中学生であれば、おもりを付ける代わりに、坂で練習するのがおすすめです。急な坂であれば負荷が大きいスタート時の、なだらかな坂であれば負荷が小さいトップスピード時の練習につながります。


 

ピッチとストライドのバランスが、タイム短縮の鍵



――土江コーチは、普段どのような指導をされていますか。

短距離走を考える際に、「ピッチ」と「ストライド」という考え方があります。ピッチとは、タイヤの回転数のように1秒間にどれだけ足を回せるかということ。ストライドは、タイヤの直径のように一歩でどれだけ進めるかということです。短距離走はこの二つを掛け合わせることで速度が決まるので、もともとピッチが速い選手はストライドを大きくすることでタイムを縮められます。ただし、ピッチとストライドはトレードオフの関係にあります。大股で歩こうとすると、その分動きがゆっくりになりますよね。そのため、ピッチを落とさずにストライドを大きくしていくのはとても難しいのです。
もしピッチを上げる場合は、足の動きの上下幅をできるだけ少なくします。短距離走は、一歩一歩連続でジャンプしているような状態です。上下の動きをできるだけ少なくし、すぐに次の一歩を出すことで、より多く足を回転させられます。逆にストライドを大きくしたい場合は、筋力をつけます。足が接地している間にどれだけ地面を力強く蹴られるかがストライドに関わるためです。ただ、速く走るとその分地面が流れていくスピードも速いので、地面を押すタイミングも難しくなります。地面を押すタイミングを計る技術と実際に地面を押す筋力の両方を高めることが効果的です。
以前は、日本人選手はピッチが高く、海外の選手はストライドが大きいと言われていましたが、最近ではその傾向が変化しつつあります。最適なピッチとストライドのバランスには一定の基準はありません。まずは自分に合ったバランスを見つけて、そこからどうするのか明確な目標をもってトレーニングを組み立てると良いでしょう。
 

ライバル選手の存在によってお互いを高め合える、短距離走の魅力



――土江コーチが、指導の際に意識しているのはどんなことですか?

実は、トップ選手で一番難しいのは「力を抜くこと」です。走っている時は足を前に出す・後ろに出すという動きを繰り返しています。どちらも頑張っていると、後ろに蹴るときに足を前に出す筋肉が邪魔になるように、常にどちらかがもう片方の邪魔をしてしまいます。一生懸命に走ることも大切ですが、リラックスすることが結果的に速さにつながります。
また、力を入れるタイミングもとても意識しています。野球のバッティングであれば、バットにボールが当たる瞬間に向けて力を込めますよね。陸上も同じで、足が地面に着く瞬間がミートのポイントです。逆足を引き出したり、腕を振ったりと、すべての動きのアクセントを着地の瞬間に合わせるように指導しています。

――短距離走を観戦する際には、どのような点が見どころですか?

タイムトライアルではなく、全員が同時に走るところでしょうか。選手によって、4つの局面の中で得意不得意は異なります。競技前には集中力を高めてゾーンに入る選手もいれば、冷静にイメージトレーニングをする選手もいますね。選手によって向き合い方はさまざまです。10秒ほどで勝負が決まるとても短いスポーツですが、選手たちはその瞬間にすべてをかけて走ります。選手同士がお互いにプレッシャーをかけ合うことで、普段通りの結果が出せなかったり、思わぬパフォーマンスが発揮できたりすることも。そこが短距離走の面白さだと思います。

――短距離走に取り組む子どもたちに向けてメッセージをお願いします。

短距離走は、トレーニングの内容を意識しながら練習すると、必ず誰でも速く走ることができる競技だと思います。また、レースで対峙するライバル選手や過去の自分自身など、常に勝負する相手がいるのも陸上の魅力です。昨日の自分よりもっと速くなれるよう、しっかりトレーニングに取り組んでもらえたらと思います。
   

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