INDEX

  1. 初出場の大会でいきなり2位。それでも、辞めたいと何度も思った
  2. 自分の強みを活かすことを大切にしたい
  3. 一つのミスが命取りになるシンプルなスポーツ。一瞬への集中を感じてほしい

INTERVIEWEE

東白龍 雅士

TOHAKURYU Masahito

2019年 東洋大学 法学部企業法学科 卒業
1996年生まれ。東京都墨田区出身。本名白石雅仁。10歳から相撲を始め、東洋大学卒業後に玉ノ井部屋入門。東洋大学在学時は、史上3校目となる全国学生相撲選手権大会団体3連覇に貢献し、個人としても2018年天皇杯全日本相撲選手権大会ベスト8、全国選抜大学・実業団対抗相撲和歌山大会で優勝、東日本学生相撲選手権大会での優勝を成し遂げた。
2019年5月場所にて三段目付出で角界入りし、三段目優勝。西幕下2枚目で迎えた2020年11月場所を4勝3敗で勝ち越し、新十両昇進。十両昇進後初場所となる2021年1月場所では8勝7敗の成績を収め、2021年3月場所では7勝8敗で場所を終えた。

初出場の大会でいきなり2位。それでも、辞めたいと何度も思った


   
――まずは、東白龍関が相撲を始めたきっかけを教えてください。

私は東京都墨田区の出身なのですが、毎年開催されている「わんぱく相撲大会 墨田区大会」に小学4年生のときに参加したことが、相撲を始めた理由です。幼い頃から相撲に取り組んでいたかというとそうではなく、参加したのも「体が大きいから」という単純な理由でした。まったくの未経験者ながら、同級生と比べて体格がしっかりしていたこともあり、初出場ながら2位になることができました。初めて出た大会である程度結果を残せたことで、「もっと強くなりたい。勝てるようになりたい」という思いが芽生えて、小学5年生のときには地域のクラブチームに通い始めました。中学・高校・大学とずっと相撲を続けていますから、相撲を始めてからは約13年になりますね。

――未経験の状態からいきなり地域の大会で2位とは、素晴らしいですね。

初めての大会では運よく決勝まで進み、2位をいただくことができましたが、クラブチームに入ってからは全く勝てなかったんですよ。小学校入学前から相撲に取り組んでいる子や、自分よりさらに体の大きい子がチームにはたくさんいて、「自分だけが強いわけではないんだ」と打ちのめされたような感覚になりました。勝ちたいと思って稽古をしているはずなのに、試合ではいつも一回戦敗退。下級生や小柄な女の子に負けることもしょっちゅうあり……辞めたいと何度も思いました。

それでも相撲を辞めなかったのは、試合に勝てたときの喜びや、相撲を楽しみたいという気持ちが、心の中にずっとあったからです。小学生のころは負けてしまうことが多かったのですが、中学生になってからはだんだん試合に勝てるようになりました。おそらく、クラブチームの稽古で必死になって取り組んでいた、腕立て伏せや手押し車といった基礎体力をあげるトレーニングが成果となって表れたのだと思います。つらい稽古の先に勝利が待っていると思うと楽しく取り組めましたし、試合に出ることも楽しみでした。

――トレーニングのお話がありましたが、いわゆる「筋トレ」もやはり相撲には必要なのですね。相撲と聞くと、どうしても「ぶつかり稽古」のような印象が強いので、少し驚きました。

もちろん、相撲もスポーツの一種目ですから、基本となる筋力トレーニングはとても大切です。ぶつかり合いに負けないためには体幹の強さが求められますし、足腰の強さも取り組みに大きな影響を与えます。腕力も、強ければ強いほど張り合いのときに相手にインパクトを与えることができるため、皆さんの想像以上に全身の筋肉が必要になる競技なんですよ。
所属していたクラブチームでは、一日1,000回の腕立て伏せをしていたときもありました。当時は目の前のトレーニングに無我夢中で取り組むだけで、「早く終わらせなくては」と思うばかりでしたが、振り返って考えてみると、筋力アップにじっくり取り組める場所や機会があったことは恵まれていたと感じますね。
   

自分の強みを活かすことを大切にしたい


   
――小学生から相撲を始められて、実際に大相撲の力士として玉ノ井部屋に入門するまでには、どのようなプロセスがあったのでしょうか。

実は、大学4年の秋頃まで大相撲の道に進むことは考えていませんでした。高校生のときには全国大会で好成績を収められたこともあり、高校卒業後の入門の誘いを受けたこともあったのですが、当時は体も小さく自信もなかったため、大学に進学することに決めました。高校生の立場からすると、大学生は時間が自由に使えて、やりたいことにも挑戦できる良い環境だと感じていたからです。そこで強豪の東洋大学に入学し、体育会の相撲部に入部して相撲を続けるという選択をしました。うれしいことに、大学でも個人タイトルを複数獲得できたり、全国学生相撲選手権で団体3連覇の瞬間に立ち会えたりと、本当に貴重な経験ができました。

それでもなかなか大相撲の道に進む決心がつかず、4年生になってからは企業への就職活動をしていましたね。相撲の実業団がある企業に入社できればいいな、と考えていたのです。しかし、ふと自分の人生を振り返ってみたときに、「相撲一筋だった自分が、色々なことに取り組んできた周りの人と、入社後に肩を並べたり、追い抜いたりできるのか?」と思ってしまったのです。一生懸命に学問に励んだ人もいれば、海外に行ったりアルバイトに取り組んだりと多様な社会経験をした人もいる。そんな環境の中で、自分が昇進していくイメージが持てませんでした。そこで相撲部の監督に相談したところ、「相撲の道に進んでもいいと思うよ」と背中を押してもらえました。自分はこれまで相撲に一心不乱に取り組んできたからこそ、培ってきたスキルは相撲の世界で生かす。そう考えを切り替えて、「自分の持っている力を一番発揮できる場所」という観点で、相撲界へ進むこと、そして玉ノ井部屋へ入門することを決めました。

――まさに玉ノ井部屋への「就職」を決めたということですね。ちなみに、玉ノ井部屋を選ばれたことには何か理由があるのでしょうか。

大学3年のときに千秋楽後のパーティーにお誘いいただき、そこからのご縁があったことが一番の理由ですね。また、部屋全体の雰囲気が東洋大学の相撲部と似ていると感じたことも決め手の一つです。監督や親方に指示される前に、一人一人が考えて自発的に行動する雰囲気が自分には合っているな、と感じたため玉ノ井部屋に入門したのですが、入門した現在も、稽古に加えて自主的に練習に取り組めたり、休日の使い方も個人に任せてもらえたりしています。

「入門」と聞くと、一般の方はスポーツの世界でよくあるスカウトなどを想像するかもしれませんが、複数の部屋の親方と一度に話せる機会があったり、各部屋を見学する機会があったりと、「合同企業説明会」のような場があるんですよ。一般企業の就職活動を経験していたからこそ、各部屋をどのような視点で比較するか、自分の適性とマッチしているかを考えることがスムーズにできたと思います。

――入門されてからは、プロの世界で相撲を取るという意味で、悩みやご苦労も多かったのではないでしょうか。

大学では団体戦があり自分の調子が悪ければ他の力士が出場することもできましたが、大相撲はすべて個人戦のため当然自分の代わりはいません。調子が悪いときも、自分で現状を打破することが求められます。私は調子の良い・悪いの波がわりとあるので、早く幕内に上がるためにもその波を安定させることが目標ですね。大学生のときであれば、年齢の近い人との勝負ですが、プロだとスピードのある若い力士や、経験値の高い熟練の力士もいる。その中で自分が勝ち続けるために、筋トレなどの自主トレーニングや、栄養のことを学んできちんとした食事を摂るなど、意識するようになりましたね。

また、コロナ禍においては、感染や濃厚接触の可能性があり1月の初場所を全休した力士は特例で幕内と幕下以下で番付据え置き、十両は1枚降下の措置となりました。当時、「全休によって番付が下がってしまう」と絶望感を味わいましたが、据え置きの措置で「こんなチャンスはもう二度とない。次の場所にすべての力をかけよう」と火がつきました。

大卒の力士は、十両昇進で四股名を変えることが多いです。親方に相談したところ、好きな名前を考えておくよう言われました。玉ノ井部屋・栃東親方の「東」、東洋大学の「東」から、まず「東」は入れることに。あとは、本名から「白」、小学校から通っていたクラブチームの葛飾白鳥相撲教室も白がつきますね。字画が良く自分のスピード型の相撲スタイルのイメージに合う「龍」から四股名を東白龍と決めました。
  

一つのミスが命取りになるシンプルなスポーツ。一瞬への集中を感じてほしい


   
――近年は相撲好きの芸能人がメディアに登場したり、雑誌で特集が組まれたりと、相撲人気が高まっている印象です。東白龍関が感じる、相撲の一番の魅力は何でしょうか。


やはり、「どんな人が見ても勝敗が分かること」ではないでしょうか。土俵の外に出る、体が地面についたら負けというシンプルなルールは分かりやすいと思いますし、日本人でそのルールを一切知らないという人は恐らくいないのではないでしょうか。「同体」といって同時に体が地面について、取り直しになることなどはありますが、他のスポーツと比較してもルールはとにかくシンプルですし、だからこそ長い間老若男女問わず支持を得ているスポーツなのだと感じています。

一方で、私個人としては、「ルールは知っているが実際に観戦したことはない」という人も非常に多いのではないかと思います。国技館をはじめ、地方巡業等では各地で場所が開催されますので、ぜひ実際の取り組みを見てもらいたいですね。実際に見ると、より相撲のシンプルな面白さを肌で感じることができると思いますよ。

――実際に観戦することが一番ですよね。相撲に興味を持つための「入り口」が必要な方も中にはいらっしゃるかもしれませんが、東白龍関のオススメの「入口」はありますか?

そうですね…自分の好きな力士を見つけるのはどうでしょうか?応援したいと思える人がいると、観戦に力も入ると思いますし、楽しいと思いますよ。それぞれの力士には取り組みに特徴があるので、その点に注目してもいいかもしれません。小柄で素早い動きが得意な力士に注目したり、大きな体を生かしたパワー型の相撲をする力士に注目したりと、必ず好みの力士がいるはずです。または、自分と縁のある力士を探してみるのも面白いかもしれませんね。例えば、「同じ都道府県出身」や「同じ大学出身」などでしょうか。意外なところで力士とのつながりを感じられると思います。

――東白龍関ご自身の注目ポイントはどこでしょうか?

「スピード」と「突っ張り」、そして「立ち合いの駆け引き」です。自分自身の課題として体が小さく、力が弱いところを挙げましたが、スピード感のある立ち回りは自分の持ち味だと感じているので、取り組みの中でも素早い動きに注目してもらいたいです。駆け引きに関しては、仕切り線から自分の立つ距離を少し離して相手の最初の動きを見極めるように心がけているので、相手の押し引きに対して自分がどう反応しているかを見てもらえたらと思います。

――お話を伺って、国技館で東白龍関の取り組みを生で観戦したくなりました。今後のご活躍を期待しています!本日はありがとうございました。
  

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