東洋大学 福祉社会デザイン学部社会福祉学科 准教授
修士(社会福祉学)。専門分野:社会福祉学。東洋大学社会学研究科博士後期課程単位取得満期退学。医療ソーシャルワーカー(MSW)を経て、2014年より東洋大学准教授として勤務。共著書に『介護の質「2050年問題」への挑戦』(クリエイツかもがわ)、『介護疲れを軽くする方法 家族を介護するすべての人へ』(河出書房出版)など。
家族介護に対する支援策がない日本の現状
――まずは、日本の家族介護の実情を教えてください。
日本では2000年から介護保険制度が始まり、65歳以上の介護が必要な高齢者に対してさまざまなサービスが提供されるようになりました。ところが、同居する家族がいる場合は利用できるサービスに制約があり、ヘルパーの代わりに家族が介護を一部担わなければなりません。核家族化や少子高齢化により家族の人数が減少している現代社会では、介護需要に対して人手が足りない状況にあります。そのため、祖父母の介護のために両親や子どもが仕事や学業などを諦めざるを得ない現実が生じています。現在の日本の制度では、被介護者に対する支援は充実していますが、その家族に対する支援策はなく、これが家族介護の課題と言えるでしょう。
――その中でもヤングケアラーにはどのような課題があるのでしょうか。
ヤングケアラーとは、本来大人が行う家事や家族の世話などを日常的に担っている子どものことを指します。「お手伝い」との違いは、その負担が過重であるかどうか。責任や負荷の重さにより学業や友人関係に影響が出る場合、ヤングケアラーと言えるでしょう。例えば、障がいのある家族の入浴やトイレの介助をしたり、病気の親の代わりに料理や幼いきょうだいの世話をしたり、日本語が第一言語ではない家族のために通訳をしたりと、ケアの種類はさまざまです。また、家計管理や交渉事など、大人の仕事を代替している場合、長時間の負担ではなくてもヤングケアラーに該当します。
ヤングケアラーの課題は、本人に自覚のない場合が多いこと。幼い頃から日常的にケアをしているため、負担自体を認識できていないことが多くあります。家族が大変な時に自分も力になりたいと介護や家事をするのは立派なことですが、大人はその状況を当たり前にして子どもの権利を侵害し続けてはいけません。子どもの権利を守れるような支援策を考えていく必要があります。
なお、周囲の人々にはヤングケアラーの親を安易に批判しないように気を付けてもらいたいと考えます。ヤングケアラーの認知度が高まるにつれ、インターネット上などでその親を批判する声も多くなっています。しかし、病気などどうしようもない理由で子どもに一時的に家事などを任せざるを得ない場合もありますし、子どもたちは家族から頼られていることにプライドを持っていることもあります。親が批判の対象になると分かると子どもは自分の状況を隠すようになり、実態が分からなくなることにもつながるのです。
お手本にしたい、外国のヤングケアラーに対する施策
――外国でも家族介護は行われているのでしょうか?
ヨーロッパを例に挙げると、どこの国も少なからず日本と同様に家族で介護をしています。日本と異なる点は、家族に対する支援策が整備されているところ。それは、ケアラーへの支援を労働政策として考えているからです。もし介護により仕事を辞めなければいけない人が増えれば、貴重な労働力がどんどん減っていきます。ヨーロッパでは子育て支援を充実させて将来の労働力を確保するのと同じくらい、ケアラーへの支援も重要だと考えられています。日本ではこの視点が欠けてしまいがちです。労働力確保の観点からケアラーへの支援整備を急ぐべきだと私は考えます。
――ヨーロッパの国々の、具体的な支援策を教えてください。
ヨーロッパの中で福祉といえば北欧諸国の充実ぶりが目を引きます。高い税負担の代わりに、とてもきめ細やかなサービスが提供されます。必要であれば1日に何度も看護師が派遣されますので、家族への負担は最小限に抑えられているでしょう。ヤングケアラー支援に関しては、イギリスが1990年ごろから先駆けて取り組んでいます。もともと王室が積極的にヤングケアラーを支援していたという歴史的な経緯があり、ボランティア団体やNPO法人が多数設立されています。ヤングケアラーだけでなくケアラー全体をサポートする法律も制定されており、例えば「コミュニティケア法」では介護の中でケアラーが担っている部分を労働換算し、金銭的支援を行っています。これは、国が提供する介護サービスのみでは賄えない部分があることを前提に、その穴を埋める家族の負担を介護サービスの一環として捉えて補償を行うという考え方です。北欧のような充実した福祉制度の実現が難しい日本では、イギリスの制度を見本に支援策の整備を進めていくことが現実的ではないでしょうか。
負の連鎖を断ち切るためのヤングケアラー支援のかたち
――日本のヤングケアラーにはどのような支援が必要だと考えますか?
一番は教育や就労に対する支援です。ヤングケアラーになることで、子どもの将来は大きく変わってしまいます。程度はさまざまですが、状況により不登校になったり、進学や就職を諦めたりすることもあり得えます。子どものうちは自分の想いの言語化や自身の客観視は難しく、人生設計にまでなかなか目を向けられません。そうした子どもがいざ社会に出ていく時に、若年期の経験や学びの差という高いハードルに阻まれるのです。ケアラーとして家族のために頑張っていた期間は、履歴書上では空白になることから、就職において不利となる状況が代表的な例です。就職できないことで金銭的に苦しくなり、家族の年金を不正受給するという事件も発生しています。こういった負の連鎖を断ち切るためにも、せめてケアラーが自身の人生を歩み出すための一時的なサポートがあっても良いのではないでしょうか。
――渡辺先生はNPO法人を通じてヤングケアラーの支援に取り組まれているのですね。
介護者サポートネットワークセンター・アラジンというNPO法人を運営し、介護で人生や仕事を諦めない社会の実現を目指しています。活動の中で意識しているのは、「つながりづくり」。一つは、ケアラー同士のつながりです。介護をしている仲間と想いを語ることで、不安や悩みを解消できるサロンを対面やオンラインで実施しています。もう一つは、ケアラーと地域のつながりです。アラジンでは、ヤングケアラーがいるお宅にメンターを派遣し、無料のお弁当をお届けしながらコミュニケーションを図ることで長期的なつながりを作っています。今すぐに支援を必要としていなくても、子どもたちが相談したいと思った時に話を聞いてあげられる存在になりたいと考えています。ヤングケアラーの支援には、長い目で見守ることがとても大切です。私は教育関係者や医療関係者の研修を担当することも多いのですが、NPO法人だけでなく、学校や医療機関、自治体の職員、近所の人々など、地域ぐるみで見守りを行い、必要な時にサポートに結び付けられる体制を整えていきたいと思います。