専門は「メディアコミュニケーション論」と「災害情報論」。社会学修士。主な著作には『講座社会言語科学 第2巻メディア』(ひつじ書房)、『図説 日本のマスメディア』(前著ともに分担執筆・日本放送協会)、『シリーズ災害と社会3 災害危機管理入門』(共著・弘文堂)など。
首都直下地震対策の第一歩は“リスク”を知ること
画像:社会学部メディアコミュニケーション学科・中村功教授―はじめに、「首都直下地震」とはどのような地震なのでしょう。
「首都直下地震と聞くと、よく『東京を震源として起こる地震』と思っている方も多いようですが、実際は、東京都、茨城県、千葉県、埼玉県、神奈川県、山梨県を含む南関東地域のどこかを震源として起こるマグニチュード7クラスの大規模な直下型(内陸で起こる)地震のことを指します(地震調査研究本部2014年)。
その発生確率に関し、政府は『30年以内に70%』という数値を発表しています。しかしながらこれは、過去に発生した巨大地震の経験から推測された根拠の曖昧な値ともいえます。『30年間起こらないかもしれないし、今日起こるかもしれない』、それが首都直下地震。日頃から意識して備えておくことが大切なのです。」
―首都直下地震は東京直下で起こるとは限らないのですね。それでは本題の地震への“備え”について伺いたいと思います。
「分かりました。では、はじめに質問です。首都直下地震が起こったとき、一番人の命を奪うとされていることは何だと思いますか?」
―ビルや家屋の倒壊でしょうか。
「そう思いますよね。しかし、下のデータを見てください。これは、内閣府が発表した『原因別首都直下地震の死亡者数の想定』です。」
出典:内閣府 首都直下地震の被害想定と対策について (最終終報告) より作成
「この想定では、『建物倒壊等』による死者数が約7,000人なのに対し、『火災』は約16,000人、つまり首都直下地震で亡くなるとされる方の約70%が『火災』によるものとされているのです。
この想定を『意外だ』と感じた方は、地震対策への認識を『命のリスクベース』で捉え直す必要があります。もちろん、耐震対策や食料の備蓄は最も重要なことの一つですが、『家具の補強や食料の備蓄ばかりに気をとられ安心しきっていたら、火災から逃げ遅れた…』ということにならないようにしなくてはなりません。」
リスクから命を守る行動を
―命のリスクから身を守るためにはどうするべきなのでしょう。
「まず、行政のWEBサイトなどからご自宅や会社が『木造密集地帯』(通称:木密地域)に位置していないかを確認する必要があります。木密地帯は、木造住宅や老朽化した住宅が密集した地域で、倒壊や火災、火災に伴う延焼が起こりやすいとされているのです。
とくに、都内だと荒川区や足立区、中野区、環状7号線の近辺などには木密地域が多く残っています。行政機関の多くは防災性の向上を目指し、改修や補強工事を促進していますが、居住者の高年齢化といった理由などからなかなか進んでいないのが現状です。お住まいや会社が木密地帯でなくとも、通勤通学路が木密地帯に面していないかもあわせて確認しましょう。
また、都心部のビル街は比較的耐震性が高く、火災にも強いと言われています。仕事中に被災をした場合、ご自宅に向かいたくなる気持ちも分かりますが、無理に帰宅しようとせず安全な場所に『留まる勇気』を持つことも大切なのです。」
―まずは、自分の周りの環境を知ることが大切なのですね。自宅で揺れを感じたら、どのような行動をとるべきでしょうか。
「揺れが収まるまでは、机の下などに潜り、頭部を守りましょう。その後、可能な限り火元を処理(ブレーカーを落とす、ガスの元栓を閉める、ストーブなどのコンセントを抜く、など)し、各自治体に設けられている広域避難場所※へ避難することが望ましいです。
どんなに小さい火種であっても、各所から火の手が上がればあっという間に燃え広がり、逃げ場を失ってしまうことや、狭い道路に燃えた家や木が倒れて逃げ遅れてしまうこともあります。地震の後は、まず広域避難場所へ避難し、そこで一晩を過ごすことをおすすめします。」
※被災直後の一時避難場所。公園など屋外で広いスペースが確保できる場所に設置されていることが多い。
<地震から命を守るポイント①>
■木密地域が生活圏内のどこにあるか確認する
■職場の方が安全な場合は無理に帰宅をしない
■揺れを感じたら、机の下などに入る
■火元を処理する
小規模の火災であれば、初期消火を行う。ただ、火が天井まで届くほどの勢いであれば、消火は難しいため避難を優先させる。
■速やかに広域避難所へ避難する
火災の発生の有無を確認するためにも、少なくとも一晩は広域避難所で過ごしたほうが安全。ただし、屋外に出る際、上部より落下物がないか注意する。
―広域避難場所の位置をあらかじめ確認しておくことが大切ですね。ところで、自宅の安全性はどのように判断すれば良いのでしょう。
「建築物の安全性を知る上でキーポイントとなるのが、『1981年6月1日』です。この日は、『新耐震基準』が施行された日。つまり、これ以前に建築が許可された建築物は耐震性の低かった『旧耐震基準』時代の建物なのです。旧耐震基準時代に建てられた建築物は、阪神・淡路大震災発生時にも大きな被害が見られました。
もしお住まいが、旧耐震基準時代の着工である場合は、建て替えや引っ越しも念頭に入れ、これからの住まいを検討していく必要があるかと思いますが、まずは専門家による耐震診断を受けてみてはどうでしょうか。耐震診断や補強、改修には助成金(補助金)が出る可能性もありますので、お住まいの行政に問い合わせてみてください。」
―引っ越しや建て替えができないという方もいるのではないでしょうか。
「そうですね。長く住んだ家や親しんだコミュニティから離れたくないと考えるのも当たり前のことだと思います。
しかしながら、命に代えられるものはありません。私は、東日本大震災以降、都心の木造住宅に住んでいた老齢の両親と話し合いを始めました。現在、両親はそれまで住んでいた家を売り、一駅隣の鉄筋造の住宅に住んでいます。当たり前のことですが、首都直下地震への一番の対策は、火災・倒壊のリスクが少ない場所に身を置くこと。
引っ越しや建て替えは、すぐには対策するのが難しい課題かもしれませんが、まずはご自宅のリスクを正しく知ること、また、安心できる住まいについて家族や親戚と話し合うことから始めてみてはいかがでしょうか。ご両親がご高齢の場合は是非サポートをしてあげてください。」
―まずは、首都直下地震に向け、自宅のことを話し合う機会を設けることが大切ですね。
<地震から命を守るポイント②>
■自宅が1981年6月1日以前の「旧耐震基準」下の建築物でないかを確認する
■旧耐震基準下の建築物の場合、引っ越しや建て替えも視野に入れて検討する
■家族や親戚で住宅のことを話し合う機会を持つ
■「新耐震基準」下の建築物であっても、心配であれば専門家の耐震診断を受ける
「備えあれば憂いなし」日頃からできること
―今すぐにでもできる対策はありますか?
「ご家庭でできる一番の対策は、やはり家具の固定ですね。とくに本棚や食器棚など背の高い棚は確実に壁に固定しましょう。つっかえ棒のような対処ではしっかりと固定できない場合があるので、可能であればネジを使った固定をおすすめします。ご自身での固定が難しければリフォーム業者を利用すると良いでしょう。
また日常のストックなども利用しながら2,3日分の水・食料は常備して置くことが理想です。火を使った調理が難しくなることもあるので、常温で保存でき、加熱しなくても食べられる缶詰などが望ましいでしょう。備えておくと良い食料やグッズは以下を参考にしてみてください。」
<備えておくと良い食料の例>
■水(飲料水、調理用など)
■主食(レトルトご飯、麺など)
■主菜(缶詰、レトルト食品、冷凍食品)
■缶詰(果物、小豆など)
■野菜ジュース
■加熱せず食べられるもの(かまぼこ、チーズなど)
■菓子類(チョコレートなど)
■栄養補助食品
■調味料(しょうゆ、塩など)
<持っておくと良いグッズ>
※すぐに持ち出せるようにリュックなどにまとめておきましょう。
■トランジスタラジオ
■電池
■LEDの懐中電灯
■ポリ袋
■新聞紙(断熱材など多用途で活用可能)
画像:「東京防災」
備えておくべきものや被災中の対処などの詳細は、お住いの地域の行政のWEBサイトを確認してください。また東京都にお住まいの方であれば、2015年から世帯配布された災害対策ガイドブック「東京防災」が参考になります(東京防災WEBサイト)。
『備えあれば憂いなし』、これを機に皆さんも防災への意識を少しでも高めていただければと思います。」
<地震から命を守るポイント③>
■家具をしっかりと固定する
■最低限の食料や、あると便利なグッズは、予めリュックなどにまとめておく
■行政のWEBサイトや「東京防災」を確認しておく