INTERVIEWEE
大野 雛子
OHNO Hinako
きっかけは、“何かしなきゃ”という漠然とした想い
大学へ入学するまでは、高校の修学旅行以外で海外に行ったことがなかったという大野さん。 どういった経緯で留学を決めたのでしょうか。画像:東洋大学文学部東洋思想文化学科3年生、大野雛子さん
「元々、あまり目的がなく大学に入学してしまって…そのため、“ただ授業を受けるだけで大学生活を終えるのではなく、自分から何かやらなきゃ”という想いが強くて。 1年生の夏休みに、東洋大学の短期留学プログラムに参加し、フィリピンのスラム街などを見学して貧困問題を知りました。」
ーそれがきっかけで、フィリピンの貧困問題に興味を持ったのでしょうか?
「はい。 帰国後、“何かできることはないか”と考え、1年生の春休みと2年生の夏休みは、大学の先生の紹介でレイテ島の被災地支援活動などにも参加しました。 何度かフィリピンに足を運ぶ中で、フィリピン最大のNGOであるGawad Kalinga(以下:GK)の存在を知ったんです。」
画像:レイテ島被災地支援活動に参加する大野さん
ーGKとは、どういった組織なのでしょうか?
「フィリピンの貧困層に住居と雇用の機会を提供し、貧困をなくすことを目的とした組織です。 現在フィリピン全土にはGKによる約3,000ものコミュニティがあり、元々はスラム街に住んでいた人たちがみんなで一緒に家を建てて、その家に住んでいます。彼らは、1,000時間の労働を行うことで家の提供を受けることができ、『きちんとした住居に住むこと』と『働くこと』を学びます。
また、GK Enchanted Farm(GKエンチャンテッドファーム。以下:GK Farm)という場所では、国内外からソーシャルビジネスに興味がある若者を集め、社会起業家を育成しています。GK Farmの社会起業家たちは、フィリピンでよく採れるフルーツを使ったジュースのビジネスや、フィリピンオリジナルキャラクターのぬいぐるみのビジネスなど、フィリピン国内の資源を使って貧困層の人たちが自ら商品を生み出し、収入を得られるソーシャルビジネスを考えます。
何度かフィリピンに滞在するうちに、“貧困をなくすためには雇用開発が必要だ”というのは分かってきたのですが、それをどうすれば実現できるのか分からず、悶々としていました。 でも、GK Farmでソーシャルビジネスを学べば、貧困問題を解決する糸口を見つけることができると思ったんです。」
ー“何かできることはないかな”と思いながら何度かフィリピンに足を運ぶうちに、GKの“ソーシャルビジネス”に出会ったんですね。
「それで、2年生の夏休みの終わりにトビタテ!留学JAPAN 日本代表プログラムの4期生に応募しました。 “今までのフィールドワークで目にしてきた貧困を解消するために、GKでソーシャルビジネスを学びたい”という明確な想いを伝えた結果、トビタテ4期生に選ばれ、本格的に留学ができることになったんです。」
“労働を開発する厳しさ”を知った、セブ島での5ヶ月間
画像:東洋大学文学部東洋思想文化学科3年生、大野雛子さんー現地ではどういった活動を行い、どのようなことを学んだのでしょうか。
「大学3年生を休学してトータル11ヶ月留学に行き、最初の5ヶ月はセブ島で過ごしました。 初めの3ヶ月は今後の活動のことを考え、“まずは英語を喋れるようになろう”と思って、語学学校に通いました。 ただ、その間、英語を学ぶだけで終わってしまうのは、本来の留学の目的を考えた上でも違うと思ったので、週に5日間通わなければいけないところを、語学学校と交渉して週3日間にしてもらったんです。」
ー現地に行ってから英語の勉強をしたんですね!語学学校に行かない日はどのようなことをして過ごしていたんですか?
「これまで、GK FarmやGKによるいくつかのコミュニティは見たことがありましたが、それは全国に約3,000あるというGKコミュニティのほんの一部に過ぎません。 セブ島にいる間は、もっとGKの活動について自分の目で見て学ぼうと考え、色々な地域のGKコミュニティを見て回りました。コミュニティの人たちが建てた家や、そこに住む人々の暮らしは見たことがあったのですが、その時初めて、実際に家を建てるところから参加することができました。」
ー実際に家を建てるとは…具体的にどのような作業を行うのでしょうか?
「セメントを固める作業や水を運ぶ作業、ペンキ塗りなど、簡単に言うと土木作業です。 さらに、完成した家をこれからそこに住むコミュニティの人たちに明け渡すセレモニーに参加する機会もあり、本当に勉強になりました。
フィリピンって、極端な話をすると、働かなくても生きていけてしまうんですよ。南国なので、そこら辺にフルーツがなっていたりして、お金を払わなくても食べ物を手に入れることができるんです。
あと、バヤニハンの精神と言って、相互扶助が当たり前というカルチャーがあって、誰かが食べ物を持っていたら、自然と分け合うし、親戚で1人でも働いている人がいたら、その人の収入を一族みんなで分け合ったりするんです。 GKがなければ、何もしなかったり、貧困に苦しんだかもしれない人たちが、GKをきっかけに他者と力を合わせて、初めて労働に取り組む。 完成した家を明け渡される時には、涙を流して喜ぶ人がたくさんいて、私自身すごく感動しました。」
画像:GKコミュニティ
ーコミュニティの家は、何世帯ぐらいあるんでしょうか?作業に参加した人は、全員そこに住めるんですか?
「私が見たところは、50世帯くらいで、マンションのような感じです。平屋のように、家が並んでいる地域もあります。 全員住める場合もありますが、定員オーバーで住めない人が出てきてしまうこともあります。労働に参加した時間でランク付けされていて、上位の人から入居することができるんです。
最初は、“作業を手伝っても住めない人がいるのは、厳しすぎるのではないか”と疑問に感じていました。でも、その時入居することができなくても、他のコミュニティで家を建てる時に手伝えば、そちらの家に住める可能性があります。 “たくさん働いた人が、多くの対価を受け取ることができる”という労働の仕組みを教える上で、このシステムは必要なんだということに途中で気がつきました。」
ー確かに、家を建てる作業に参加したのに住めない人がいるのは厳しいことかもしれませんが、作業の参加時間に関係なく皆が同じ対価を受け取ってしまっては、“労働”を理解することにはなりませんね。
「そうなんです。他にも、“自分が住む部屋は家が完成した後にくじ引きで決めることになっていて、建設中は誰の部屋になるか分からない”ということも徹底されていました。 自分の部屋が決まってしまうと、その部屋だけ作業を頑張ってしまう人がいたりするからです。“自分に関係のないことでも、誰かのために作業を行う”という労働の基本も、ここで教えているんだと関心しました。」
ーセブ島にいた5ヶ月間の間で、英語はもちろん、“労働することを教える方法”など、様々なことを学んだんですね。
“初めて本気で日本に帰りたいと思った…”GK Farmでのインターンシップの日々
留学前半の5ヶ月間で、様々なGKコミュニティを目にし、労働への考え方や自分の限界を知ったという大野さん。その後、いよいよGK Farmでのインターンが始まります。画像:GK Farm
「GK Farmに着いてから最初の数ヶ月間は、とにかく辛かったです。インターン生の中で日本人が私1人しかいなくて、9割がフランス人でした。基本的に、インターン生はインターン生だけで会議をしたり、活動方針を決めていくんですが、インターンの担当者もフランス人の方で。
それまで、語学学校にも通ったし、周りのフィリピン人ともコミュケーションが取れていたので、英語は大丈夫だと思っていたんですが、フランス訛りのある英語が全然聞き取れなくて…。会議に出てもみんな何を言っているのか全然分からないし、“自分の意見を言うこと”ができないと『何しに来たの?』って目で見られるんです。 また、陽気に話しかけてくるフィリピン人の国民性に慣れていたので、タイプの違うフランス人に、どう接していいのかすごく戸惑いました。」
ーそれは辛いですね…。そういった時期をどう乗り越えたんでしょうか?
「最初の3ヶ月くらいは、とにかく自分の与えられた仕事を必死でこなしていました。おもちゃのソーシャルエンタープライズを担当することになったのですが、誰も何も教えてくれないので、自分で考えて行動するしかありません。 おもちゃのデザインをしたり、GKコミュニティの人たちが作ったおもちゃをマニラまで売りに行ったりしていました。あとは、GK Farmへの訪問者に対して、自分が担当しているおもちゃのソーシャルエンタープライズはこういうことをしていますよって説明したりしていましたね。」
画像:大野さんが担当していた、おもちゃのソーシャルエンタープライズ
ーそれを全部、英語で行っていたんですか?
「そうです。その期間は、仕事面でだいぶ成長したと思います。 でも、人間関係はなかなかうまくいかず…。仕事が終わったら自分の部屋に戻って、20時頃には寝るといった生活をしていました。誰ともコミュニケーションをとらずにただ仕事だけしている日々で、留学に来て、初めて“日本に帰りたい”と思っていた時期ですね…。
ただ、そんな生活を続けているうちに仕事が忙しくなってきたんです。クリスマスが近かったので、おもちゃがとにかく売れる時期で。販売に駆け回って、クタクタで帰ったら、訪問に来てるお客さんが待っていて、また仕事をして…みたいな。 そんな状況で、さすがに1人では仕事ができなくなり、インターン仲間と会話をすることが増えてきました。」
ーインターン仲間たちとコミュニケーションをとるようになり、新たに学んだことはありますか?
「“フランス人とか関係なく、みんな同じ人間なんだ”ということです。合う人もいれば合わない人もいるけれど、背伸びをせずに、ちゃんと1人1人と向き合っていけば、仲良くなれる人がいるということです。
コミュニケーションをとっていくうちに、フランス訛りの英語にも慣れてきて、みんなとの会話もスムーズにできるようになりました。 さらに、年が明けた1月に、GK Farmを会場に年に1度行われるソーシャルビジネスサミットという大きなイベントがあって、その準備に追われました。みんなで同じイベントの準備をすることで、さらに仲が深まりましたし、1人では成し遂げられない規模の仕事も、協力し合えば可能になるということを学びました。その上で、しっかりとコミュニケーションをとって自分の意見を伝えることが必要不可欠だということも。
その頃には、“GKでインターンをして良かったな”と思えるくらい、仕事面でも人間関係の面でも充実した日々を送ることができていました。」
画像:大野さんが担当していた、おもちゃのソーシャルエンタープライズ
ーGK Farmでソーシャルビジネス、そして人間関係を学ぶ中で、何か自分からトライしたことはありますか?
「学んだことを活かして、実際に自分で、レイテ島の人たちを雇用するソーシャルビジネスを立ち上げました。 それまでに被災地支援などでレイテ島に足を運ぶことが何度かあったので、彼らは染め物が得意だということを知っていて。なので、レイテ島の人たちにTシャツを染めてもらって、それを私が売るというビジネスを立ち上げたんです。
そのTシャツビジネスで作ったTシャツは、ソーシャルビジネスサミットのオフィシャルTシャツとして採用されたり、フィリピン人の友人が経営していたアパレルブランドで取り扱ってもらえたり、少しずつ拡大してきたところで、帰国する時期になってしまいました。」
海外に行って学ぶことが0の人なんていないー留学を終えた今、大野さんが想うこと
“貧困をなくすために、ソーシャルビジネスを学ぶ”という目標を胸に、留学をした大野さん。留学中、ソーシャルビジネスはもちろん、他者とのつながりなど、人として大切なこともたくさん学んだようです。 11ヶ月の留学生活を終えて、大野さんは何を思うのでしょうか。画像:東洋大学文学部東洋思想文化学科3年生、大野雛子さん
「“ソーシャルビジネスがあれば、貧困問題を解決できる”と思って留学したんですが、実際に現地で学んだり実践していく中で、結局自分がソーシャルビジネスを立ち上げることによって“先進国が途上国を支援する”、“富裕層が貧困層を雇用する”という構造を作ってしまっているんじゃないかと思い始めました。
貧困に苦しむ人を雇用して救いたいと思っていたけど、それでは貧困層の人たちはいつまでも雇用される側です。雇用があれば、ずっと最低賃金で働かされていても良いのか、誰かに指示をされるだけの人生で良いのかと言うと、それは違うと思います。」
ー留学を通してソーシャルビジネスを学ぶことで、逆に違和感を感じてしまったんですね。
「そうです。なので、今考えているのは、“貧困層の人たちが起業する”という仕組みを立ち上げること。そうすれば、貧困層が人を雇用するようになるかもしれないし、途上国が先進国よりも豊かになるかもしれません。 いつかはフィリピンに戻ってこれを実現させたいですが、そのためにはまず私自身が学ばなければいけないことがたくさんあります。ビジネスについてもそうだし、英語もまだまだなのでアメリカで本格的に英語の勉強をしたいとも思います。 あと、フランス人の人たちと働く中でフランスにすごく興味を持ったので、フランスへの留学にも興味を持っています。」
ー留学を終えて満足するのではなく、そこから新たに学びたいことがたくさん生まれたんですね。貧困層が起業する仕組み…すごく素敵です。 今、留学をするか迷っている人に何かアドバイスはありますか?
「留学って言うと、アメリカなどの先進国が真っ先に浮かんで、文化の違いが大きいためにハードルが高く感じたり、留学の費用的にも躊躇してしまう人が多いと思います。でも、文化が似ていて日本からも近く、費用も比較的安いという点で、アジアも視野に入れて考えて欲しいです。
あと、英語が得意じゃなかったり、大学の成績が悪かったりして留学を諦めてしまう人もいると思いますが、やる気だけで話を聞いてくれる先生はたくさんいますし、やる気のある学生を応援する制度も増えています。
実際私が参加したトビタテ!留学JAPANも、選考過程で大学の成績や語学力はそれほど重視されず、学ぶ目的や熱意を見てくれました。また、今回いただいた奨学金が現地での全ての活動をカバーしてくれ、自分で支払うお金は1円もありませんでした。 そういった意味で、留学はそんなにハードルが高くないことだと思います。」
ー確かに、留学をしやすい制度は増えていますね。
「海外に行って学ぶことが0の人っていないと思うんです。極端な話、飛行機に乗るだけでも新たな発見はありますし。 私自身、現地で大きな成功を成し遂げたわけではありません。たくさん失敗をしたし、最終的には“ソーシャルビジネスって何か違うんじゃないか”という当初の目的とは違った発見をしてしまいましたし(笑)。 でも、そこから学んで新たに勉強したいことがたくさんみつかったので、本当に色々な人に留学をして欲しいと思います。」