東洋大学 経営学部経営学科 教授
博士(経済学)。専門分野は、中小企業経営論、アントレプレナーシップ研究、国際的アントレプレナーシップ研究。機械振興協会経済研究所で研究員として活動後、東京経済大学准教授を経て、現職。学術論文や書籍の執筆だけでなく、政府・自治体の中小企業政策に関する有識者委員や企業経営者や技術者向けの産業・企業動向に関する講演やレポート寄稿を数多く行う。論文に「中小製造企業におけるドイツ企業との強靭な取引関係の構築と顧客連結能力」(中小企業学会論集36)、「牡蠣養殖業におけるスタートアップ企業の海外市場参入と文化的障壁の克服:エフェクチュアル・ロジックによるケース研究」(企業家研究(14))など。
現場の声を聞き、中小企業を分析
――まずは、先生のご専門について教えてください。「中小企業経営論」とは、具体的にどのようなご研究になるのでしょうか。
全国の中小企業を対象として、その企業が「これまでどのように事業を展開してきたのか」、「どのような変遷で事業を発展させてきたのか」ということについて研究しています。私は製造業に関連する中小企業を主な研究対象としているので、いわゆる『町工場』のような製造現場に足を運び、経営者の方々に直接お話を聞きながら研究を進めています。
また、単に現場の意見を聞いて企業経営の実態を知るだけではなく、その実態と近年の経営学の理論がどのように結びついているのかということも分析し、企業経営への活用を考えています。
――現場の「生の声」は、先生の研究においてとても重要そうですね。研究を始められたときから、現場調査を行ってきたのですか。
研究を進めるとともに、現場調査を中心に分析していく研究スタイルが出来上がっていきました。
そもそも、私は学生時代に産業組織論という経済学の分野を専門的に学んでいました。経済のメカニズムの中で、企業や産業がどういった役割を持っているのかについて分析する学問です。
ただ、学部生時代に中小企業の現場調査を少し行っていて、それが縁で、初めての就職先であるシンクタンクで中小企業の現場調査に携わることになりました。また、仕事をする中で、中小企業の現場調査で有名な先生の教えを頂く機会もありました。初めは「経営者に会う」という緊張から企業の方々のお話を上手く聞きだすことができなかったのですが、さまざまな地域の工場を訪れるうちに、土地ごとに異なる企業の特性が見え、現場のリアルな意見を聞くことに面白さと楽しさを感じるようになりました。そこから、中小企業の事業の変化や経営体制に目を向けるようになり、現場にもたくさん訪れるようになっていきましたね。
この研究を始めてから約15年経ちますが、国内は北海道から沖縄まで、また海外もシンガポールや韓国、台湾、タイなど多くのアジア系企業に足を運びました。欧州や米国の企業も訪問しています。数えたことはないのですが、おそらく1,000社以上の企業に向き合ってきたと思います。
中小企業の特徴とは
――言葉は耳にしたことがあっても、中小企業がどのような企業のことを指すのかわからないという方もいると思います。改めて、中小企業について教えていただけますか。
「中小企業」については中小企業基本法が法律上の定義をしていますが、その中身は非常に多元的であり、ひとまとめにすることは難しいのが現状です。国内の従業員数は少なくても、海外に多数の従業員を抱えている中小企業も存在します。さらに、海外と日本で中小企業の定義が異なったりもしています。ただし、多くの場面で共通点として挙げられるのは次の特徴です。
① 規模が小さいこと
② 組織が単純であること
③ 経営者が株式を所有しながら経営をしていること
①については、皆さんが中小企業に対してお持ちの一般的なイメージに近いと思います。製造業の場合は、従業員数が300人以下または資本金3億円以下が中小企業になります。
②も①と近い意味ですが、中小企業の場合、事業内容がシンプルなことが多く、事業部制といった組織構造をとることは少ないです。そのため、管理職の数も相対的に少なくなります。また、組織が単純だからこそ、経営者と社員の関係性や距離感が近かったりします。また、経営者あるいは経営陣の企業経営に対する影響力が大きくなります。
③は、経済学や経営学では「所有と経営の一致」という言葉で表される特徴です。中小企業の多くでは、経営者自身やその家族が企業の株式を多く持つことで、経営に非常に大きな影響力を持っています。中小企業の大半はいわゆるファミリービジネスであり、父親が社長、母親が専務等を務め、息子や娘、孫が従業員…といった家族関係にある人たちを中心に構成されていることも特徴を表す良い例です。②でも言ったように、経営者の個人的な能力や趣味趣向が企業経営に反映されるようになります。
大企業の場合はある特定の家族が株式の大半を所有しているといったことは少なく、様々な立場の株主が存在することが多いです。また、規模が大きいため、経営者個人の能力や趣味趣向に依存しないような仕組みが構築されていることも多いです。一方、中小企業は事業や経営方針に経営者の意向が表れやすいのです。
一方で、そうした経営者の意向はその会社の職場環境や働き方にも及ぶため、従業員にとっても【自分に合う】【合わない】といった状況が生まれやすくなります。
――つまり、中小企業の数だけそれぞれに特徴があるということですね。
その通りです。中小企業ごとに従業員の働き方の特徴が異なります。言葉を変えれば、自分の事情に合わせるかたちで、職場としての中小企業を選ぶことも可能になります。女性が活躍している企業や定年後でも働きやすい企業、定年が存在しない企業、研究者肌の方が自由に研究を進めることができる企業など、多様な特徴を持った中小企業は日本全国にありますから、就職や転職といった場面では、ライフステージや自分の希望に合わせて企業選びができるでしょう。
また、大企業で働く方や、フリーランスの方にとっても、中小企業は関わる場面が多い存在です。取り引き先が中小企業であることや、自分の家や勤務先のある地域に中小企業が根付いていることも多いはずです。商店街などがその代表例です。実際に中小企業で働いている人だけでなく、『地域にどのような中小企業があるのか』『どんな特徴を持った企業なのか』を知っておくことは、今後のライフスタイルやセカンドキャリアを考える上でもとても大事なことだと思います。
社会の変化と中小企業の結びつき
――近年は「働き方改革」という言葉を聞く機会も多いですが、中小企業で行われている労働環境の整備などはあるのでしょうか。先ほど申し上げたように、中小企業というのはとても多様です。そのため、企業ごとの職場環境の改善方法も幅広いですね。
例えば、企業の所在地に子育て世代がたくさん暮らしている地域では、子どもを持つ女性が働きやすいようにパート社員としての採用枠を拡大する中小企業があったりします。また、営業職として取り引き先を訪問したりする社員が効率的に時間を使えるように、テレワークを導入する企業やオンラインツールを使う企業も増えてきました。新型コロナウイルス感染症の影響もあり、2020年はこうしたオンライン化やテレワーク化の動きが全国の中小企業でも加速したと、現場の声を聞いて強く感じています。
――先生はアントレプレナーシップ(企業家精神)についても研究されているとのことですが、中小企業における働き方という点にも関係があるのではないでしょうか。
多くの中小企業を研究し、組織の中で経営者や従業員がどのようにして「会社をより良くしたい」という気持ちを持つのかということに興味を持ったのが、アントレプレナーシップ研究のきっかけです。さまざまな中小企業の経営者や従業員にインタビューをし、アンケートを取り、経営学や心理学の分析手法を用いて、アントレプレナーシップを発揮する経緯や影響を調べています。アントレプレナーシップは「会社をより良くしたい」という気持ちとも言えるため、企業の成長や働き方改革を行うことためには必要不可欠なものとなります。どうすれば、そういった気持ちを高めることができるかは、経営学の研究にもつながっています。
最近の調査では経営者だけでなく、新しいことに取り組む企業の従業員はアントレプレナーシップに富んだ人材が多いということが見えてきました。今後も継続して調査を続けることで、アントレプレナーシップに関係して、従業員の働き方に対する意識や、職場環境に対して求めている要望などがより鮮明に浮き上がってくるかもしれません。社会情勢と会社経営は結びつきが強いですから、時代に応じて変化する従業員の心理についても研究を深めていきたいですね。
――社会情勢という点では、今後も予測不能で変化が大きいように思われます。中小企業に求められる姿勢には、どのようなものが挙げられますか。
まずは、スタートアップと呼ばれる新しい中小企業をいかにして増やしていくかということです。中小企業は地元の人々が働いていることが多く、地域との結びつきも非常に強いです。その地域の利点を生かした地域発のスタートアップ企業が増えていくと、地域の雇用問題解消や人口増加にもつながるのではないか、と私自身は考えています。
さらに、海外人材が働きやすい環境を整えていくことが挙げられます。今後ますます人口が減少していく中で、これまで以上に人手不足が生じることを考えると、海外の方に長く日本で働いてもらう環境をつくることは中小企業の命題だと感じています。海外から来た方が働きやすいように、育児制度や休暇制度、言葉の壁などを改善していき、どんな人でも前向きに働ける現場を作っていくことが必要なのではないでしょうか。
私は、中小企業は『社会を映す鏡』のようなものであると考えています。日本の政治・経済の現状や、地域の課題は中小企業の現場に色濃く表れます。中小企業の現場で見える課題をいかに解決し、地域の人々が暮らしやすい社会をどのように作っていくかと考えることは、今後の日本で強く求められる姿勢ではないでしょうか。