INTERVIEWEE
片野 ゆか
KATANO Yuka
1990年 東洋大学 社会学部 社会学科 卒業
ノンフィクション作家。大学卒業後、広告会社を経て、作家業を始める。1997年に自身の処女作『天職図鑑 「就職ガイド」を超える!』(黎明書房)を出版。2005年、『愛犬王 平岩米吉伝』(小学館)で第12回小学館ノンフィクション大賞を受賞。2010年に出版された『北里大学獣医学部 犬部!』(ポプラ社)は、漫画雑誌『週刊少年サンデー』(小学館)や『エレガンスイブ』(秋田書店)で漫画化され話題を集めた。都内にて、同業者の夫と動物愛護センターから引き取ったミックスの愛犬と暮らす。
人とペットとの共生をテーマにした作品でノンフィクション大賞受賞
画像:ノンフィクション作家、片野ゆかさん
――東洋大学ではどのような学生生活を送っていたのでしょうか。
「実社会につながる学びを求めて選んだ社会学部社会学科では、“事実を追求して、人に興味を持ってもらう”ためにはどうしたらよいかを実習調査を通じて学び、アンケートのとり方やインタビューの仕方などは今の仕事にもつながっています。印象的だったのはゼミの先生。卒業論文のテーマは何を選んでもいいというくらい自由で、どんな発想でも否定せずに、受け入れてくれて。自分の意見を持ち、認め合うことの大切さを教えてもらいました。 サークルは、自主映画制作サークル『白山シネサークル求(ぐ)』に入っていたのですが、サークル仲間をはじめ、同じ学部の友人にもおもしろい人が多く、とにかくよく語り合っていました。そのために大学へ通っていたと言ってもいいくらい。卒業した今でもその縁は続いています。」
――卒業後はどういう経緯で現在の職業に就いたのですか?
「最初は、就職情報誌を出版している広告会社に就職し、営業職として働いていました。大学時代、映画制作サークルで活動していたときから、将来的には何か自分で書いたり作ったりしたいという想いはあったのですが、そのためにもまず社会経験を積もうと思いました。入社した会社では若手でも企業のトップや人事の方とお話しする機会を持つことができ、ちょっとしたコピーを自分で書いたりと自由に挑戦させてもらえたので、さまざまなことを経験できました。
3年経ってそろそろ次のステージにと思ったのですが、ちょうど就職氷河期。転職活動がうまくいかなかったので、それならフリーでやろうと思い立って『まずは名刺代わりになる本を作らなきゃ!』と、30社くらいの出版社に企画書を送りました。そのうちの1社に採用してもらって出来たのが、『天職図鑑』(黎明書房)です。私自身、既存の就職ガイドではなりたい職業が見つけられなかったので、好きなことを仕事にした20名にインタビューして、それを1冊にまとめました。以降、徐々にライターの仕事が増えていきました。」
――ペットと人の関係をテーマに執筆するようになったきっかけはあったのでしょうか?
「子ども時代から犬と暮らしていましたが、直接的には20代後半から自分の責任で犬を飼い始めたことが大きかったですね。ペット関連の情報が載った本を自然と目にすることが増えましたが、その頃は飼い方についてのノウハウがほとんどで、自分が読みたいと思うようなノンフィクションはありませんでした。それでペットに関する取材をするようになったのがきっかけです。
ペットは人と共に生きていく生き物なので、ペットの取材を通じて人間社会の深いところや意外な側面を見ることができるのがとてもおもしろかったんですね。それから7〜8年ほど取材を続けて、2005年に『愛犬王 平岩米吉伝』で第12回小学館ノンフィクション大賞を受賞したことをきっかけに、さらにペットと人の関係をテーマにした執筆が増えました。」
最後まで責任を持てますか?ペットを飼う意味を考える。
――飼育放棄などの悲しいニュースは、長年問題とされてきているものの、いまだに目にすることが多いと感じます。なぜこのような問題が起きてしまうのでしょうか?
「飼育放棄の問題で、衝動買いにより飼えなくなるというケースは10年前とくらべてだいぶ減りました。しかし、高齢の飼い主が突然亡くなったり、入院してしまうケースが増えてきて、自治体や動物愛護センターへの相談が相次いでいます。
最近は自治体や動物愛護団体などが開催する譲渡会(保健所などに保護・収容している犬・猫の新しい飼い主を募集する会)で犬や猫を飼う人も増えていますが、最後まで責任を持って飼ってもらうために飼い主の年齢制限などの条件が厳しくされているので、高齢の方はペットショップで子犬や子猫を飼うことが多くなっています。しかし、犬や猫は10年以上の寿命があるので、たとえば60代で飼いはじめたとしても、最後まで面倒をみられるかどうかはわかりません。」
――ペットのことを思うのなら、飼う前に『最期まで責任を持って一緒に暮らすことができるか』を考えなければいけませんね。
「そうですね。それもペットを飼う本人だけではなく、関わりのある周囲の人の適正な判断も必須です。一人暮らしの高齢の家族を心配してペットをプレゼントしたあげくにきちんと世話ができなくなったり、実際に飼ってみたらお子さんのアレルギー症状が出てしまったりするケースもあります。ペットと一緒に暮らすことは心身の健康や成長につながるというメリットもありますが、一人ひとりがさまざまな可能性を踏まえたうえ、幅広く長期的な視野でペットを飼う決断をすることが大切です。」
――もしやむを得ず、途中で飼えなくなってしまった場合はどうしたらいいのでしょうか。
「まず動物愛護団体に連絡する前に、自分で譲渡できる人を探す努力をしてみてください。その際に、SNSなどで不特定多数の人に呼びかけてしまうと、繁殖目的で転売されてしまうケースもあります。ですから、“知り合いの知り合いまで”の範囲で、貰い手を探すことをおすすめします。必死に協力を呼びかければ見つかる場合がとても多いです。」
――新しくペットを迎えたいと考えている人が持つべき心構えを教えてください。
「まず、家族全員が賛成しているということが大切です。一人暮らしの場合も、物理的にお世話が必要ですし、ペットは感情がある生き物なので、話しかけたりコミュニケーションをとる時間があることも最低条件になります。もし犬や猫などの動物が好きだったとしても、その時間が持てないのであれば、動物を愛するがゆえに飼わないという選択肢があることを覚えておいてほしいです。
また、もし飼うことを決めたらペットショップではなく、一度自治体や動物愛護団体で開催している譲渡会を覗いてみてください。尊い命を救うことができるかもしれません。」
ペットと暮らすことは、ペットとその環境すべてに責任を持つということ
――長年、ペットと人との関係を取材してきた片野さんが今、重要だと感じていることは何でしょうか?
「災害時にペットと避難するということについて、社会全体で情報共有することです。日本は災害大国なので、いざというときのために準備すべき重要性はわかっているものの、先送りにしてしまいがちです。2019年4月に出版した『竜之介先生、走る!』(ポプラ社)は、熊本地震のときにペット同伴避難所を運営した獣医さんのノンフィクションを書いたものですが、読者の方に少しでも災害時のリアルを感じてほしくて、現場にいた関係者の方々のインタビューをもとに情景描写や会話などを丹念に再現したものを本にしました。」
画像:2016年、熊本地震の被災地に「ペット同伴避難所」を開設するなど、約1500組の動物と飼い主を救った獣医師を描いたノンフィクション『竜之介先生、走る!: 熊本地震で人とペットを救った動物病院』 (株式会社ポプラ社)
――災害時、ペットと避難するときに私たちが覚えておくべきことはありますか?
「非常時なのだからペットよりもまず人だろうという意見もありますが、東日本大震災をきっかけに環境省が策定したガイドラインには、基本的にペットと同行避難することが推奨されています。これは、置き去りにされたペットが人間の救助活動の妨げになったり、後々、公衆衛生上の環境を悪化させることも考えられるからです。
個人的には、避難所では、飼い主とペットが24時間一緒にいられる同伴避難がベストだと思っています。動物嫌いな人やアレルギーのある人がいる場合でも、ペット連れの人が使う場所をきちんと設ければ、住環境が分けられて安心・安全な場所を確保できるというメリットは大きいです。
そして、ペットを飼っている人は事前に少しでも情報を得て準備しておくことが大切です。実は、ペットフードは救援物資として送られてくることも多いので2〜3日分を用意しておけば大丈夫と言われています。本当に必要なのはフンやおしっこなどのニオイ対策です。周りの方の迷惑にならないように、ニオイを遮断してくれるビニール袋を備えておくととても便利です。また、病気を抱えるペットを飼っている場合は、分量を記載したお薬リストをつくっておけば、獣医師が速やかに対処することができます。」
――そうした状況下でペット嫌いな方の理解を得るために、飼い主としてできることはありますか?
「無理に理解を求めるのではなく、まずは自身がモラルとマナーを守って生活することです。ペットが嫌いな方の中には、中途半端な飼い方をしている飼い主によってイヤな経験をしたという方もいます。常にペットを清潔に保つ、フンは持ち帰る、誰とでもフレンドリーに接することができるよう人と触れ合う経験をさせるなど、ペットと楽しく暮らすためには多少面倒だと思うこともしっかりとケアすることが大切だと思います。」
“飼育放棄ゼロ”にするために、私たちができること
――最近では、“ペットも家族の一員”という理解が当たり前のようになっています。ペットと人の関係はどのように変化してきたのでしょうか?
「ここ20年くらいで、ペットの社会的立ち位置は随分と変わってきました。その要因のひとつが、室内飼いが増えたことです。日本人のライフスタイルの変化やペットの安全を守るという理由から、今は大型・小型に関係なく家の中で生活するペットがほとんどです。
そうすると、必然的に飼い主と接する時間が増えるので、ペットもコミュニケーションが上手に取れるようになり、関係もより親密になります。生活環境の向上や獣医医療の進歩によって長寿になって、ますます家族のような存在になってきたのだと思います。」
――ペットに関する情報を得るうえで気をつけたほうが良いことはありますか?
「かつては情報自体がとても少なかったのですが、今は国内外からたくさんの情報が入ってきます。犬の正しいしつけに関しても、ここ数年でとても変わってきているんです。昔は、飼い主が犬のリーダーとなって上位に立つべきで、そうしないと犬がリーダー化して手に負えなくなるといわれましたが、実はその考えはアメリカから入ってきたもので、科学的根拠はないことが証明されています。
どの情報も自分たちに100%合うかどうかはわからないので、すべてを鵜呑みにしないこと。犬のことは犬に聞くのが一番なので、飼っているペットときちんと向き合って、“今この子に合うものは何か、求めているものは何か”という想像力を働かせることが大切です。」
――片野さんが考える本来あるべきペットと人の関係とはどんなものでしょうか?
「ペットがいる生活は、本当に楽しいものです。とにかく“ペットと一緒にたくさん笑い合えること”が良い関係なのではないでしょうか。 ただ、そういう生活をするためには、公共の場でのマナーやペットに関わる基本的な医療知識など、飼い主が知っておくべき最低限の情報があります。“こうあるべき”と頑なになりすぎるといいことはないので、他人に迷惑をかけずに楽しく暮らす方法を常に意識すること。そうすれば、ペット自身はもちろんペットを飼う人も飼わない人もより豊かな生活を送れるのではないかと思います。」
――尊い命に最後まで責任を持つことが重要ですね。最後に、ペットを飼っている人も飼っていない人も、ペットの命のためにできることはありますか?
「一番大切なのは、無関心でいないことです。飼い主による飼育放棄以外にも、ここ数年、ペット産業の拡大に伴い、過酷な繁殖を余儀なくされる親や生まれたばかりの犬や猫たちの一部が私たちの目に触れる前に淘汰されている現状があります。こうした問題を改善するには法整備が必須で2019年の動物愛護法改正にともない、業界全体も徐々に変わり始めることを期待しています。ぜひあなたも無関心でいることなく、ペット業界や自治体などに声を届けてほしいと思います。」