INTERVIEWEE
寺田 信幸
TERADA Nobuyuki
東洋大学 理工学部 生体医工学科 教授
医学博士。専門分野は基礎医学、医用生体工学・環境生理学。病院での臨床検査分野の経験を経て、生体医工学研究の道へ。ストレスの可視化などの生体情報処理や高齢者のヘルスケアをサポートするネットワークシステムの研究・開発を行う。主な著書に、「先端医療を支える工学-生体医工学への誘い-分担『ロボット技術が医療を変える』」(コロナ社)など。
医療テクノロジーの今
画像:東洋大学理工学部生体医工学科教授・寺田信幸先生―本日は宜しくお願いします。ではまず、寺田先生のご専門について教えてください。
「私の専門は『生体医工学』といい、医学にテクノロジー(工学)を取り入れることで、生命活動を解明したり、診断・治療に有効な手段を見つけていこうとする比較的新しい分野です。簡単にいえば、『医学×工学でヘルスケアを実現する』ための技術開発を行っているんですよ。」
―医学×工学ですか。今、医療現場で活躍するロボットが話題になっていますが、どんなものがあるのでしょう。
「遠隔で内視鏡下手術を行うことのできる『手術支援ロボット ダヴィンチ』や、がん治療に使われる定位放射線治療(ピンポイント照射)専用の装置『サイバーナイフ』などが代表的ですね。その他にも、身体の動きをアシストでき、介護分野などでの活躍が期待される『HAL』や『世界でもっともセラピー効果のあるロボット』として介護施設での導入が進むアザラシ型ロボット『PARO』などが知られています。」
<活躍中の医療ロボット>
●ダヴィンチ
米国で開発された内視鏡下手術※用ロボット。医師は手術台の近くに設置されたコンソール内で、腹腔内の映像を映す3Dモニターを観ながらロボットアームを遠隔操作し手術を行う。日本では2012年に前立腺がんのダヴィンチ手術が保険適応となった。
※内視鏡下手術:開腹を行う代わりに腹部に4〜5点ほどの小さな穴を開け、そこから筒状の器具を差し込んで腹腔内をモニターで確認しながら行う術式。
●サイバーナイフ
がんの放射線治療に使用される装置。ロボットアームの先に取り付けられた放射線治療装置が自在に動き放射線を照射する、独自の追尾技術により呼吸で移動する腫瘍をピンポイントで狙い続けることが可能。
●HAL
身体に装着することで身体機能を改善したり、補助することのできる世界初のサイボーグ型ロボット。身体が不自由な方の日常生活をアシストしたり、普段より大きな力を出したりすることができるため、介護・福祉分野など様々な場面での活躍が期待されている。
●PARO
セラピー効果を目的としたアザラシ型ロボット。多数のセンサーや人工知能の働きによって人間の呼びかけに反応し、目を覚ましたり、喜んだりする。豊かな表情や動物らしい動きにはアニマルセラピーと同様の効果が認められており、全国の介護・福祉施設などで導入が進んでいる。
画像:寺田先生の呼びかけに反応して目を覚ます「PARO」
―医療ロボットが人間より優れている点はどういったところですか?
「『ダヴィンチ』や『サイバーナイフ』に共通しているのは、従来の術式よりも身体への侵襲(生体を傷つけること)が少ないことです。『ダヴィンチ』手術は、開腹手術に比べて傷口が小さくて済みますし、『サイバーナイフ』は腫瘍を追尾しピンポイントで放射線を当て続けることができるため、正常な組織を必要以上に傷つけることがありません。
さらに、『ダヴィンチ』には『手ぶれがない』、『拡大視野であるため、肉眼よりもより繊細な作業が可能』などの利点があります。侵襲が少なければ、痛みも少なく、入院日数も短く抑えられることが多いのです。 また、『HAL』や『PARO』は、本来人間が負うはずであった業務を代行してくれます。介護・福祉分野で人材不足が叫ばれている世の中ですから、人的コストが掛からないという点も大きなメリットですよね。」
―すでにさまざまなロボット技術が医療を支えているのですね。近年では、AI(人工知能)の話題をよく耳にします。これも生体医工学の分野に入るかと思いますが、いかがですか?
「医療分野における人工知能でもIBM(米国)の開発した『ワトソン』が有名ですね。日本においても、2016年、治療効果が現れなかった特殊な白血病患者の真の病名を、ものの10分で見抜いたことで注目を集めました。
『ワトソン』は自然言語を自ら理解・学習することができ、すでに膨大な量の論文や資料を学習しています。1人の医師が把握できる医療情報には当然限りがありますから、これから『ワトソン』などの人工知能は、ますます診断や治療方針の決定において医師にアドバイスをもたらす『ブレイン的存在』になっていくと考えられます。」
人間とロボットを隔てる“大きな壁”
―なるほど。今後テクノロジーが病気の診断・治療をワンストップで行う“人不在”の医療が実現することはあるのでしょうか?
「私は現段階ではそのような時代が訪れることはまずないと考えています。もしあったとしても、それは遠い未来でしょう。というのも、人間の五感というのはとても複雑であるため、まだまだロボットはそれを再現することができていないのです。 例えばアーチェリーを思い浮かべてください。弓を引き、矢を放った瞬間、矢は指から離れたはずなのに、矢が的を射たかどうかの感覚が伝わってくると思いませんか。テニスや野球などでも、打撃の瞬間にそのプレーの良し悪しが何となく分かるものです。
これは脳科学的には『投射』といい、自分の感覚をものに投影する現象。医療でも、血管の中にカテーテルを入れていく過程で指先の感覚から血管内をイメージしたり、ピンセットでつまんだ感覚で脂肪組織と臓器を判別したりします。『投射』は無意識下で行われているのです。
人間の感覚をロボットで再現しようという試みは常々行われていますが、未だダヴィンチですら、鉗子で掴んだ感覚を再現することができていません。また、触覚だけではなく、空間把握は、視覚と聴覚の統合によって成り立ちますが、その絶妙な感覚をロボットが再現するのは非常に難しいのです。ロボットが人間の感覚を手に入れるのは『まだまだ先かな』という気がしています。」
―人間の感覚は、現代の技術を以ってしても再現が難しいのですね。
「そうですね。あと、現実的な問題もいくつかあります。まずは経済的な問題。現状、様々な企業でロボット開発が進められているものの、産業として採算が取れているのはほんの一部にすぎません。実はほとんどのロボット開発は赤字で、来るべき将来に備えて先行投資をしている状態です。
また、法的な問題もあります。現状の医師法では、医療行為は医師にしか認められておらず、これを変えていくためには膨大な議論が必要になるでしょう。『ロボットは医療の未来を明るいものにする』という期待は大きいですが、技術面だけでなく多方面に課題も山積しているのです。」
人間とロボットはより強固な補完関係を構築していく
―医療現場におけるテクノロジーで、近い将来、技術革新が期待されるものはあるのでしょうか。
「医療において、人間が人工知能やロボットに取って代わられるというのは現段階ではまずないと考えますが、『(ロボットを)どう使いこなすか』という部分は問われてくると思います。その意味では、人をアシストする存在としてのテクノロジーはさらに発展していくでしょう。
例えば、いわゆる『サイボーグ』の分野。義肢や義足などは間違いなく、より人間に合わせた動きができるように高度化していくと考えられます。すでに、自分で動くことができない病気の方の脳と機械をつなぐインターフェイス技術や、酸素飽和度などから身体の状態を感知し、心臓の動きをコントロールするインテリジェンスなペースメーカーなどの開発がなされています。
さらに、医療から少し視野を広げた福祉の分野でも暮らしをアシストする技術の開発が進んでいます。現代社会では、高齢化への対応が大きなテーマになっていますが、通信技術や音声コントロール技術の発達により実現した、お年寄りの日常動作を代行するシステムや、転倒などの緊急事態を察知して、すぐに家族やかかりつけ医に情報を共有できるネットワークシステムなどがその一例です。
ヘルスケアという大きな文脈の中で、QOL※の向上に貢献したり、人と人とをつなげるというのもテクノロジーに課された大切な役割だと思います。」
※Quality of life(生活の質)
―ヘルスケアをサポートする技術が進んで行くということですね。先生のお考えになる、未来の医療とはどのようなものなのでしょう。
「今後もテクノロジーはどんどん私たちの暮らしに入り込んでくるでしょう。 しかし、私は、あくまでも『医療は仁術であり人間のものである』という前提を忘れてはいけないと思っています。たとえ、どんなに優れた技術が開発されようと、医療とは人が関与すべき最も大切な行為。その基本はやはり『face to face』であると思うのです。
ロボットにはロボットの、人間には人間の役割があります。ロボットと人間、それぞれの得手不得手をきちんと認識した上で、より強固な補完関係をつくること。それによって、より多くの人が健康的な暮らしを享受する。それが未来の医療の形ではないでしょうか。」
画像:人の体のリズムや体調のデータを収集する東洋大学の研究施設「共生ロボットハウス」