INDEX

  1. “ITS先進国”として世界をリードしてきた日本
  2. 提供者・利用者の双方にメリットをもたらす国際標準化
  3. AIや新技術で高まる、よりよい社会の実現可能性

INTERVIEWEE

尾崎 晴男

OZAKI Haruo

東洋大学 総合情報学部総合情報学科 教授
博士(工学)。専門分野:土木工学、土木計画学・交通工学。東京大学工学部卒業後、東京大学工学研究科へ進学。修了後、建設省技官、東京大学生産技術研究所助手を経て、1994年より東洋大学工学部講師として勤務。2009年より現職。共著書に『交差点改良のキーポイント』、『やさしい交通流シミュレーション』(丸善出版)など。

“ITS先進国”として世界をリードしてきた日本



――まずは、今回のテーマであるITSとはどのようなものなのか、教えてください。

ITSとは人やモノの移動に関して、情報技術を利活用することにより、円滑化や安全性向上を実現させる仕組みの総称です。ITSがなかった時代は、人やモノの移動、つまり交通に関わる情報処理は、人間にそなわっている高度な認知・判断・行動の仕組みによって行っていました。しかし、それには限界があります。人の視覚は優れたセンサーではありますが、壁の向こうは見えませんし、確認したつもりで実は見ていなかったといった人的ミスも少なくありません。見えたものへの対処も、判断が遅れてしまうケースが多いというのが現実です。そうした課題の解決のために、交通に関わる情報処理を情報技術によって支援しようとする点が、ITSのポイントです。センサーなどの技術や最適化を図る理論などを用い、これまでは得られなかった情報を取得・活用することで、事故や渋滞の少ない、安全かつ効率的で快適な交通を構築することが可能となります。

――日本においてITSは、どのように進展を遂げてきたのでしょうか。

東京オリンピックや大阪万博なども契機に、1960年代から世界に先駆けて道路交通の高度化の研究・開発に取り組んできました。道路管理と交通管理、2つの組織から提供されていた道路交通情報を、1970年に設立された日本道路交通情報センター(JARTIC)がまとめて発信するようになり、情報のワンストップサービス化がなされました。東京を例に挙げれば、道路交通情報の収集・分析や渋滞解消のために設置された、警視庁の交通管制センターや首都高速道路の交通管制センターは世界最大規模を誇るシステムです。日本における道路交通情報の収集・編集・提供は先進的で、世界をリードしてきました。

みなさんは車に搭載されているカーナビや車に持ち込んだスマホで混雑状況を確認していると思いますが、1980年代に世界初となるカーナビゲーションシステムを開発実装したのは日本の企業です。1996年には、VICSという情報通信システムを通じて、日本道路交通情報センターに集められた道路交通情報がカーナビに提供されるようになりました。これは世界初の道路交通情報の動的提供システムとされています。日本のITSに関わる技術は、今も変わらず世界に誇れるものです。ただインターネットやAIの台頭を機に、海外企業がITSの開発・研究に力を入れるようになり、日本の勢いは減速したようにも思います。
 

提供者・利用者の双方にメリットをもたらす国際標準化



――尾崎先生は10年間以上にわたって、ITS標準化委員会の委員長として、ITSの国際標準化に携わってこられたのですよね。

標準化とは、コミュニケーションにおける共通用語を定めることが良い例です。使う用語を定義してそろえておくと、コミュニケーションの誤解も少なくなり、互いに便利ですよね。同様に、ITSに関わるモノ・サービスの標準化に当たっては、ITSの提供者と利用者の双方にメリットがあることが基本です。標準化されたルールに互換性があれば、利用者にとって便利なことはもちろん、利便性が高いからこそ利用者に選んでもらえるという提供者にとってのメリットがあります。新たな利用者に手に取ってもらうことにもつながるでしょう。提供者が広がった次に、数あるなかで選ばれるか否かは、最低限の仕様ルールに沿った、その先での勝負となります。つまり競争を通じて、デザインや付加機能など、それぞれのモノ・サービスの魅力がさらに高まれば、双方にとってプラスになると思います。

ITSに関する国際規格の策定は、ISO(国際標準化機構)に設置されたTC(技術委員会)204において 1993年から始まりました。各国の技術者による議論を経たうえで参加国による投票を行い、機能やデータの定義、伝送方法、品質とその試験法など、モノ・サービスに具備すべき最低限の要件が国際規格として発行されてきました。国際標準化となると各国の利害が絡むため、スムーズには進むとは限りません。ただ、提供者・利用者の両方にメリットがあることを理解してもらえれば、強固な協力関係を築くことにつながります。ITS標準化委員会は、ISO/TC204に対応した日本の審議団体です。ITSの技術向上と、それをもって産業の発展と貿易の促進に貢献すること、ITSユーザーの利便性の向上に資することを目的とし、標準化戦略の策定、規格案の審議など、ITSに関する標準化活動に取り組んできました。

――その実績が評価され、経済産業省による「令和5年度産業標準化事業表彰」において「経済産業大臣表彰」を受賞されました。

ITSの国際標準化に関わる日本チームとして頂いたものです。日本チームは、半年に一度開催されるISO/TC204総会時に分科会を含む国際会議に参加する専門家だけでも50名という規模を誇ります。代表としての私の役割は、チームが存分に力を発揮できるよう環境整備に努めることや、総会に出席して発言や調整、決議時の最終判断を行うことなどです。チームメンバーのおかげでここまでITSの国際標準化を進めてこられたことに感謝しています。もし、現在までに国際標準化がなされていなかったとしたら、市場競争の結果、競合やユーザーによって認められた事実上の業界標準、すなわちデファクトスタンダードを目指すことになっていたでしょう。群雄割拠となり、合従連衡が起こり、ITSの提供者と利用者の双方にメリットがある、ITS全体にわたる発展は遅れていたのではないかと思います。
 

AIや新技術で高まる、よりよい社会の実現可能性



――ITSの推進によって、私たちの生活はどのように変化するのでしょうか。

まずは行動する際、より自由な選択ができるようになります。「ここが混雑している」という情報を得て、行くのをやめてもいいし、それでも行くという判断があってもいい。移動の時間や通過する場所、行く場所そのものを変えるという選択もあります。そうした選択肢はITSによって広がりましたし、今後もますます広がっていくのではないでしょうか。状況に応じて個々の希望に沿いながら毎日を行動するためのツールといえるかもしれませんね。また、ITSの一つである車の安全装置の機能が実装され、踏み間違いなどのリスクをある程度回避できるようになれば、高齢者の運転・移動にも大いに貢献します。

一方で、ITSによって利便性や安全性が高まることで、運転をはじめ、人間の行動がチャレンジングになっていく可能性も否めません。ITSを活用するうえでは、自由な選択が広がる分、自身の行動選択を「これでいいのか」といったん立ち止まって考える必要があると思います。安全装置があるから「大丈夫だろう」と考えるか、安全装置があっても「やめておこう」と考えるか、判断をするのは、ITSではなく人です。自分にとって、家族をはじめ周囲にとって、そして社会にとって幸せな選択かということまで考えて、選んでいただけたらと思います。

――ITSのさらなる推進に向けて、課題となっていることはありますか。

ITSは、迷わず目的地に行けるナビゲーションシステム、高速道路の料金所の渋滞を回避できるETCなど多岐にわたって実装されています。それらの中でまだ進んでいないものが、自動運転。AIの台頭もあり、鉄道や飛行機などプロが運転する交通機関では自動運転システムが普及し始めていますが、一般の人々が運転する自動車ではまだ国内は実験段階にあります。その原因の一つは、「自動運転であっても衝突する」というリスクへの対応でしょう。動いているものは急には止まれませんから、突然何かが前に飛び出してきたらぶつかります。しかし現時点では、自動運転車がぶつかった際の責任の所在も明確にはなっていません。また、現在開発されている自動運転車の主流は、必要なセンサーを車内に配備したスタンドアローン型ですが、次世代の自動運転車は協調型と呼ばれ、他の車や道路などとの通信で得る情報も使いながら走行します。どのような情報を得るべきか、無線通信のコストを誰が負担するのかという問題が解決できていないことも大きいですね。

――自動運転は、人手不足をはじめとする課題解決の一助となるもの。実用化が待たれますね。

10年、20年先に、実現しそうだなという期待はあります。そんな将来、例えば運転せずに車内で寝ていても事故が起きない車が所有できる時代が到来したら、人間行動に何が起こるのか、非常に興味深いですね。必要なときだけ予約すれば、時間通りに来て目的地まで移動し、自宅まで送ってもらって、車だけ帰っていくという、シェアレンタカーも増えるでしょう。運送事業や人手が確保できない地域においては、とりわけ有益です。高速道路の一部に自動運転車線を用意するという構想があり、これはかなり早い段階で実現する可能性もあるのではないでしょうか。そうなれば、移動や行動、生活スタイルの選択肢が広がるだけではなく、多くの人にとって安全で快適な、よりよい社会の実現にもつながっていくことでしょう。
 

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