東洋大学 国際観光学部国際観光学科 教授
修士(経営学)。専門分野は観光学。法政大学社会学部卒業後、近畿日本ツーリスト株式会社でメディア販売商品の企画・販売促進に従事。その後、海外ツアーオペレーター、旅行業界誌記者などを経て、2006年に東洋大学国際地域学部国際観光学科講師として着任。2016年より現職。2016年4月から2017年3月、国土交通省観光庁に出向(観光産業課課長補佐)。著書に『観光マーケティング入門』(同友館)など。
観光地の最新トレンドは、「持続可能性」という新しいマーケティング戦略
――初めに、先生の研究内容について教えてください。
観光マーケティングを専門としていて、中でも商品企画をテーマとしています。商品企画には旅行の商品化と地域の商品化という2種類があるのですが、ここ数年はインバウンド旅行者が増え、観光で活性化させたい地域も多いため、地域の商品化の案件が多く届きますね。
――旅行の商品化とは、具体的にはどのようなことをされているのでしょうか。
最近では、3年生のゼミ活動として株式会社JTBの海外商品企画部と連携し、自然を大切にするハワイ旅行のパッケージの提案を行いました。ハワイは日本人にも人気の高い観光地ではあるのですが、近年はハワイの観光戦略にも大きな変化が見られます。「マラマ・ハワイ(思いやりの心)」と称して、ハワイの観光を持続させるために自然を大切にし、地域に貢献するというレスポンシブルツーリズム(責任ある観光)を重視する方向へ転換しているのです。ここでは、観光政策の指標に「住民の満足度」の視点も取り入れており、住んでいる人の満足が上がらないと持続可能な観光振興ではないという考え方のもと、州として観光PRを行っているのです。こうしたテーマの観光は、どうしても楽しさよりも義務が先立って面白くないことが多いので、責任も楽しさも両立させる魅力ある旅行パッケージとはどのようなものか? ということを考え、提案しました。
また、地域連携としては沖縄県北部の森林地帯である「やんばる地域」の観光商品企画にも学生とともに携わっています。2021年に世界自然遺産に登録されたことで、観光地としての注目を集めるやんばるですが、ハワイ同様に自然や文化を守ることを重要視した観光に力を入れています。中でも、アクティビティを通じて地域の自然や文化を楽しむという「アドベンチャーツーリズム」に力を入れていて、自然・文化の保全とアクティビティの楽しさを両立させる観光を目指しています。乱開発やオーバーツーリズムで自然・文化といった観光資源が失われれば観光業はもとより地元の方々の仕事や生活に影響が及びます。そのため、どんな観光地も観光客の招致と観光資源の保全を両立させる必要があるのです。
――観光地の環境を守りながら集客をするためには、観光地の良い部分だけではなく、行政の施策や住民の声など、さまざまな情報を総合的に分析する必要がありそうですね。
その通りです。そのため、企画を考える際は必ず行政のオープンデータ収集などの事前研究を行ってから、現地に足を運ぶようにしていますね。学生たちにもよく伝えることですが、「現場でしか得られないものがある」とはいえ、現場で見た物事の基準になるような事前調査がなければ、新たな発見や気付きは得られないからです。
「観光」と一言で言っても、実は多様な学問分野の情報を複合的に見ていく必要があるのです。例えば、為替や世界情勢、日本や世界のトレンドなど……その他にも、対象となる国の歴史や文化がカギになることもあります。ハワイややんばるのように、自然を軸にした旅行企画を考える場合は、「自然を守るためには何をすべきか」「現在の自然環境はどのように成り立ったか」「文化とのかかわりは何か」という点まで踏み込んで検討していきます。さまざまな情報から一つの企画を生み出す難しさがありますが、その難しさこそが旅行の商品企画の面白い部分かもしれませんね。
「観光」に大きな変化をもたらした、コロナ禍とデジタル化
――近年では、新型コロナウイルス感染症も旅行業界に大きな影響を与えました。復調傾向にあるといわれていますが、現状をどのように捉えていらっしゃいますか。
コロナ禍に外出制限が発令されたことで旅行者が減った、という点は皆さんご存じのことと思います。そこから政府による全国旅行支援に背中を押される形で、国内旅行については大きく復調してきています。2023年1月から3月においては、コロナ前の2019年と同じ程度にまで、旅行者数や平均単価が上昇してきています。また、国際線の航空座席供給数は2019年比で約70%まで回復しています。円安や物価の高騰などで日本人の海外旅行者数は下がっているものの、インバウンドが戻っているので堅調な回復といえるでしょう。
「コロナ禍を機に変わった」と思われやすい旅行業界ですが、コロナよりはるか前の「デジタル化」時点で、すでに大きな変化を迎えていました。旅行情報サイトや各種予約サイトの普及により、旅行会社が従来担っていた現地情報の調査・提供、ホテルや交通機関の予約を個人が比較的簡単に行えるようになりました。旅行会社に頼らなくとも、個人が旅行を楽しめる環境が整っていると言えます。その結果、団体旅行やパッケージツアーに従来ほどの価値がなくなったわけですが、一方で、コロナ禍を経て人々はリアルな体験の重要さにあらためて気づき、旅行意欲が高まったところもあると思います。
――ここ最近は、海外からの観光客を目にする機会もぐっと増えました。観光業とインバウンドの関係性については、どうお考えでしょうか。
日本は少子化による人口減少が進んでいるため、消費を補う目的でインバウンドに目を向ける必要があるでしょう。観光業においては、衰退の続く地方部でも経済波及効果が期待できることが特徴で、政府も2000年代初めからインバウンド政策に注力しています。
また、世界的な視点で見ると、日本へのインバウンドだけでなく国際旅行者数は右肩上がりの状態が続いています。これほど規模が拡大し続ける可能性が高い市場を持つ業界は他にありません。行き先は日本に限らないので、国際旅行者数をいかに取り込むか、日本に来てほしい旅行者はどんな人達かを考え、諸外国を競争相手に自国の魅力をアピールしていくことが、今後の観光業界の課題ともいえるでしょう。旅行者数ばかりを追いかけていると、オーバーツーリズムというマイナス面も生じてしまいます。
「推し活」のための旅。ファンツーリズムの魅力と旅行業界の今後について
――ここ数年で「コンテンツツーリズム」という考え方を耳にするようになりました。観光地の宣伝や観光客の消費との関連について、教えてください。
「コンテンツツーリズム」とは、狭義には映画や小説といったコンテンツの舞台となった土地を訪れる観光旅行のことを指します。少し前に流行した、「聖地巡礼」という言葉もコンテンツツーリズムに該当します。近年では、該当するコンテンツが拡大し細分化してきている印象です。例えば、映画の舞台を訪れることを「シネマツーリズム」、アニメの舞台に対しては「アニメツーリズム」といったように、一つひとつのコンテンツの訴求力が強まったことで、コンテンツツーリズムは広がりを見せています。そもそも観光に主テーマがあるような旅を「●●ツーリズム」と呼ぶことが多いですが、自分の好きなモノ・コトがテーマとなるため、一般観光と比較し消費額が高く、旅行者の満足も高い傾向にあるのも特長です。
――「コンテンツツーリズム」に含まれるものが、より広がってきているということですね。旅行会社が「ファンツーリズム(推し旅)」と称して、パッケージツアーを販売したことも話題になったと思います。
「ファンツーリズム(推し旅)」は「コンテンツツーリズム」の一つの形態ですが、両者の大きな違いはファンツーリズムが「推し活」、つまり推しの応援に主眼を置いていることにあります。人がある対象を応援したい気持ちによって、ファンツーリズムは成立するのです。したがって、推しにゆかりのある土地を訪れることだけでなく、各地で開催されるコンサートやイベントに行くことや、推しが食べたものを食べに行く、推しが持っているグッズを買いに行く、離れた土地に住むファン同士が会うということもファンツーリズムの一環だと言えるのではないでしょうか。
また、ファンツーリズムの特徴としてSNSの影響が挙げられます。SNSによって、同じ推しが好きな人たちが簡単にいつでも交流できるようになりました。これにより、推しのゆかりのある場所や立ち寄った店などの情報がユーザー同士で拡散され、ファンツーリズムの対象となるようなものが増えていったことで、ファンツーリズムは広がりを見せたのだと思います。
――社会インフラの一端をSNSが担う時代ならではの動きともいえますね。ファンツーリズムがもたらすメリットには、どのようなものがあるのでしょうか。
近年の旅行に関するデータを分析していくと、若い女性の一人旅が徐々に増えてきています。掘り下げていくと観劇やコンサート参加などの目的が多いことがわかり、いわゆる「推し活」目的であることが推察されます。これまで女性の一人旅というのは旅行マーケットの中では数が少なかったのですが、推し旅をきっかけにその場所を好きになったり、旅行そのものを好きになったりするなど、旅行者数の底上げにつながっていく可能性もあると考えています。
実は、国内で1年の内に1泊以上の旅行をする人の割合は生産年齢人口の5割程度です。つまり、普段旅行をする人は日本人の半分ほどでしかありません。エンタメやアニメなどが好きなインドア派は普段から旅行に親しんでいる層とのバッティングが少ないと私は予想しており、旅行業界に新たな顧客層が誕生することで、国内の縮小する旅行市場における活性に良い影響をもたらすのではないでしょうか。2014年に男性アイドルグループがハワイでコンサートを開催した際には、旅行会社がツアーを組み、1万5千人ものファンを現地へ送り出しましたが、多くがこの時初めてパスポートを取得したという海外旅行初経験の人たちでした。
また、さまざまな需要を予測しやすいことも利点の一つです。コンサートやイベントはかなり早い段階から開催日が分かっているので交通機関や宿泊施設も対策が取りやすいといえます。また、反対にあえて利用者が少ない地域で公演を行ったり、開催日を観光シーズンとずらしたりして都市圏への集中を回避する「ずらし旅」を推奨できます。開催地域にとっても、ライブ会場近くの飲食店がアーティストに関するサービスをしたり、アーティスト自身がその店を紹介したりできれば、売り上げに良い影響を与えることも予測できます。特に最近は、都市部の会場が不足しているといわれ、地方の会場でイベントを行うアーティストも多く、出身地などの聖地巡礼と組み合わせてさらなる効果が期待できます。
――ファンツーリズムによるデメリットもあるのでしょうか。
ファンツーリズムに限った話ではありませんが、観光公害、すなわち「オーバーツーリズム」が注意すべき点になるでしょう。本来その地域が持っているインフラ以上の人が来てしまった際の負担はもちろん、観光客のモラルも大きな課題です。
例えば、聖地巡礼として小学校を訪れる場合に、そこには勉強している児童が存在しているということまで考えを巡らせられるか、といったことが挙げられます。行政や観光産業による啓発や仕組みづくりも大切ですが、ファンの一人として“推しに迷惑をかけない”という意識とモラルが重要です。その意味では、「推し」からの声掛けは最も効果的だと思いますが、なかなか難しいですかね。
「推し活」は、必ずしもエンターテイメント系のコンテンツだけではなく、例えば仏像が好きで、全国の仏像やお寺を応援するという「推し活」も存在しています。いずれにしても推しに関連するモノやイベントがあれば、観光資源の少ない地域でも観光客を呼ぶことができるので、潜在需要の掘り起こしとしても非常に期待できるのではないでしょうか。ファンツーリズムに限らず、地域の魅力はまだまだ掘り起こすことが出来ると思います。