INDEX

  1. 四聖の討論や妖怪動画……生成AIを用いた画期的な展示で哲学を表現
  2. 生成AIの特性を活かし、哲学を含むあらゆる分野に利用
  3. 大学生はChatGPTをどのように使う?生成AIを利用した独自の教育システムに注目

INTERVIEWEE

坂村 健

SAKAMURA Ken

東洋大学 情報連携学学術実業連携機構(INIAD cHUB) 機構長/東京大学名誉教授
博士(工学)。専門分野:コンピュータ・アーキテクチャ。慶應義塾大学大学院工学研究科博士課程を修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授を経て、2017年4月に東洋大学情報連携学部を設立し学部長、2024年より現職。IEEEライフ・フェロー、ゴールデンコアメンバー。1984年からオープンなコンピュータ・アーキテクチャTRONを構築。現在TRONはIoTのためのIEEE(米国電気電子学会)標準組込OSとして世界中で多数使われており、2023年「TRONリアルタイムOS ファミリー」 がIEEE Milestone に認定。2015年ITU(国際電気通信連合)創設150周年を記念して、情報通信のイノベーション、促進、発展を通じて、世界中の人々の生活向上に多大な功績のあった世界の6人の中の一人としてITU150Awardを受賞。2023年 IEEE Masaru Ibuka Consumer Technology Award受賞。他に2006年日本学士院賞、2003年紫綬褒章。著書に『DXとは何か』など。

四聖の討論や妖怪動画……生成AIを用いた画期的な展示で哲学を表現


井上円了×AIタイムトンネルを解説される坂村機構長

――「井上円了AIワンダーランド」の概要をお聞かせください。

「井上円了AIワンダーランド」は、哲学と最先端技術を融合させ、東洋大学の創立者である井上円了先生の思想を新たな形で表現する展示会です。2024年5月30日から3日間、赤羽台キャンパスで開催されました。展示は、主に「井上円了×AI×四聖討論」「井上円了×AI×妖怪動画」「哲学堂公園フォト×AIスライドショー」「哲学堂公園×360パノラマ」「井上円了×AIタイムトンネル」という5つのコーナーに分かれています。

――各コーナーのポイントはどのようなところですか。

「井上円了×AI×四聖討論」では、円了先生が「四聖」と呼んだ釈迦・孔子・ソクラテス・カントの4名の思想を基にしたAIが来場者の質問に対してディスカッションを行い、円了先生の思想に基づくAIがモデレーターとして四聖の回答をまとめます。釈迦の回答に対してソクラテスが重ねて意見を述べるなど、一問一答ではなく、回答が連鎖的につながっていく点が特徴です。釈迦・孔子・ソクラテス・カントの4名については、インターネットの中に大量の情報があるためAIは十分な事前学習をしており、基本的にはキャラクター付けのための調整のみ行いました。一方、円了先生については紙媒体の資料が多くインターネットの中に十分な蓄積がないため、こちらで資料を電子化して学習させました。

「井上円了×AI×妖怪動画」では、“妖怪博士”としても知られる円了先生が遺したデータをもとに、生成AIが作り出した妖怪の動画を展示。近年の技術の進歩により、AIはテキストだけでなく映像や音楽などさまざまなデータを扱えるようになったため、円了先生が遺した文章だけでなく、妖怪コレクションの妖怪画や彫刻等も学習させて、動画を作り出しました。人が寝ている間に脳が方向づけなしに連想を繰り返して夢を見るように、生成AIも生み出した画像などに対して連想を重ねます。それにより、妖怪マニアの円了先生が見たかもしれないような夢の再現を目指しました。

「哲学堂公園フォト×AIスライドショー」では、円了先生が晩年に社会教育や精神修養の場として創設した哲学堂公園の様子をスライドショーで上映しました。写真家の佐藤倫子さんに撮影していただいた数千枚の写真をAIが分類して投影順などを決め、写真に対するキャプションも自動的に生成しています。

「哲学堂公園×360パノラマ」は哲学堂公園の全景を没入感のある360度映像で表現。鏡を活用することで、プロジェクター1つのみで360度パノラマ映像を投影することができました。そのための画像処理などにAIを利用しました。

一方、「井上円了×AIタイムトンネル」では、たくさんのプロジェクターを使用し、トンネル全面に映像を表示させています。床面には10歳、20歳…、と文字を映し出しており、来場者が年齢の位置で立ち止まると、トンネル内に設置したレーダーセンサーが人の位置を感知。円了先生がその年齢の近辺で経験した出来事や関連する社会情勢についてAIが自動的に深掘りしてまとめたものが、前方の壁に映し出されます。また、左右の壁には当時の社会状況をAIが生成した年表が投影されています。このように、哲学とAIを組み合わせることで、哲学に関する思索を深める機会を来場者に提供するとともに、新しいAIの可能性を示すことが展示の狙いです。



 

生成AIの特性を活かし、哲学を含むあらゆる分野に利用



――「井上円了AIワンダーランド」を企画されたきっかけをお教えください。

東洋大学情報連携学 学術実業連携機構(INIAD cHUB)の開学7周年を記念して、今回の展示会を企画しました。2018年に開催された「哲学ワンダーランド」でもデジタルテクノロジーを活用して円了先生の思想を紹介しましたが、今回はAI―特に生成AIを利用している点がポイントです。展示方法を考える際には、どのようにすれば多くの方々が哲学に対する円了先生の考えを理解できるかを念頭に企画しました。哲学は難しく取っつきづらいものと考えられがちですが、AIをはじめとするコンピューターテクノロジーを用いることで、直感的に理解が深まることを期待しています。

――円了先生はどのような思想をお持ちだったと考えておられますか。

円了先生は明治時代に活躍した哲学者です。新潟県の慈光寺に生まれ、創立間もない東京大学に入学。開国後急速に西洋化・近代化していく日本には、哲学が必要だと考えました。円了先生の言う「哲学」とは、ものの見方や考え方を指します。歴史的・地理的背景によって考え方は人それぞれであるため、その違いを知ることが重要だと解きました。考え方を知ることで、他者が何を考えているのかが分かりやすくなり、連携が強化され、無用な争いが起きにくくなります。円了先生の教えは現代社会にも通じる重要な視点であり、世界中のさまざまな考え方を理解することで、人類は協力して未来を構築していくべきだと私は考えます。そこで、円了先生の思想を現代ならではの手法で広めていきたいと考え、今回の展示会に至りました。生成AIはあらゆる分野との親和性が高いため、これまであまり活用されてこなかった哲学分野でも有効利用できると確信していました。

――今後は、哲学以外の分野にも生成AIの活用を広げていく予定ですか。

もちろんです。生成AIはいずれインターネットのように身近な存在となり、あらゆる分野で活用されるでしょう。AIは1950年代から研究が進められてきましたが、2020年代に入ってクラウドコンピュータの発展やインターネットの改善によって、急速に技術が進歩しました。アメリカのOpenAI社が最も有名な生成AIサービスの「ChatGPT」を公開し、誰もが利用できるようになったのも記憶に新しいですね。AIと生成AIの違いは、言葉を生成するかどうかです。従来のAIは翻訳や画像認識が主な用途でしたが、生成AIは人類が積み上げてきたデータを学習し、問いに対応した答えを生み出せるようになりました。これにより、さまざまな分野に利用できることが周知され、AIに研究資源が集中しています。
 

大学生はChatGPTをどのように使う?生成AIを利用した独自の教育システムに注目



――学生がAIを活用できる独自の教育システムを開発されたと伺いました。

大学は、AIを教育に積極的に活用していくべきだと考えています。情報連携学部(以下、INIAD)では、GPTを含む各種のAIサービスを学生が活用できる新たな教育プラットフォーム「AI-MOP」(AI Management and Operation Platform:AI 管理運用プラットフォーム) をいち早く開発し、2023年4月より導入しました。INIADでは、OpenAI社が2022年に生成AIを公表したタイミングで、教育への応用を見越してOpenAI社にコンタクトを取っていました。そのため、他大学に先駆けてGPTを活用した教育システムを学生に提供できたのです。現在はAnthropic社のClaude-3.5も同じプラットフォームで利用可能です。GPT-4は本来有料ですが、学生間での格差を生まないために学生は無料で利用できるようにし、費用は全て大学側が支払っています。

――学生は生成AIをどのように活用していますか。

さまざまな使い方をしているようです。INIADでは、学生・教職員がSlackをコミュニケーションプラットフォームとして使っており、Slackのボットとして生成AIにアクセス可能です。例えば、授業中に疑問に感じたことをGPTのボットに質問すれば、学生は気軽に疑問を解決でき、教員は効率的に授業を進められます。自学自習に生成AIを活用して教育効果を高めることはもちろん、生成AIを利用してシステム開発のスキルも学べます。プログラミングの授業で学習するAPI(アプリケーションプログラミングインターフェイス)の技術を用いて、生成AIを組み込んだシステムをプログラミングする学生もいますね。また、授業では発表の機会を設けているため、同級生の成果物を通してAIの使い方を知ることもできます。このように、これまでよりも短い時間で多くのことを学べる環境が整いつつあります。AI技術を活用した教育環境で、学生は新しい学習の方法や仕事のやり方を見出し、情報技術の発展につなげていくでしょう。ただし、AIを利用する際には「倫理」に注意が必要です。AI技術が悪用されるリスクもあり、今後はAIに自我を持たせることの是非や、AIの決定による被害の責任問題など、ますます哲学的な問いが必要になってくるでしょう。INIADでは、円了先生の思想を受け継ぎ、論理的にものごとを考える倫理観を持つようにしっかりと学生に教育しています。これからの時代に必要とされる知識とスキルを身につけた、自己実現型の人材を育成していくことが、INIADの使命であり、責任でもあるのです。
 

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