INTERVIEWEE
小林 和馬
KOBAYASHI Kazuma
東洋大学経済学部総合政策学科 助教
博士(経済学)。専門分野は経済政策、産業組織論で、情報通信政策(ICT)政策の経済分析などを行う。先端技術に伴う社会経済の変化を捉え、社会制度や法制度のあるべき姿やすべき変更・すべき点を指摘。最新の科学技術による知見を生かし、社会経済のあるべき姿を研究する。
AIが人を超える?シンギュラリティーの正しい理解
画像:東洋大学経済学部総合政策学科 小林和馬助教――ここ数年、多くの企業でAIの活用が進み、私たちの生活でも身近になったAIですが、便利になった一方で将来的にはAIが私たちの仕事を取って代わるのではないかと心配する声も聞かれます。これについて、先生のお考えを教えてください。
「そうですね。AIは、現時点でもかなり私たちの暮らしに浸透しています。たとえば、スマートフォンで考えると、ロック画面での顔認証機能やカメラの焦点を合わせる機能、さらには撮影した写真を種別ごとに抽出する機能など、私たちはあらゆる場面で無意識のうちにAIを活用するようになりました。そして2045年にはAIが人間の能力に並び、それを超えていく『特異点』に到達するという概念(=シンギュラリティー)が広がりつつあり、『AIが人間に取って代わる』と危惧する方も多いでしょう。
しかし、シンギュラリティーを起こすような技術を実現するには、今の力学的・統計的手法では限界が見えています。私たちが今使っているコンピュータは、『AかBどちらに当てはまるか』『この角度でこれくらいの力で投げればどれくらいの飛距離が出るか』など、0と1だけの2進数で比例的につくられた古典力学の理解しかできません。今のコンピュータは、明確にできる“割り切れる”世界だけを私たちの生活で使えるようにしたものですが、その多くは必ずしも私たちの生活にフィットしているとは言えません。」
――つまり現時点の技術では、人の知能を超える『シンギュラリティー』は起きないということでしょうか?
「そうですね。たとえば、AIは私たちの感情をある程度写真で読み取ることができます。しかし、それは『笑っている=嬉しい』『泣いている=悲しい』という表面的な理解でしか認識できません。私たちは嬉しいときに涙を流すこともありますよね。そうした白か黒かだけでは判断のつかない観点での理解をAIができるようになると、もっと私たちの生活に馴染むようになります。しかし、現時点での実現は、まだ難しいと言わざるを得ません。」
――少し先の未来で、AIがそうした理解を実現することは可能なのでしょうか?
「いつかは実現すると思いますが、現在のコンピュータでは難しいでしょう。ただ、それを実現可能にすると期待されているのが『量子コンピュータ』の存在です。量子力学や量子コンピュータの細かな説明はここでは省略しますが、そもそも成立する原理から異なります。スーパーコンピュータが10年かかる計算を量子コンピュータなら2分程度でできるほど有益なもので、私たちの生活における問題点を解決する可能性を秘めていることは確かです。しかし、量子コンピュータを活用できるようになるには、早くても30〜50年はかかると言われています。
そう考えると、シンギュラリティーは2045年と言われていますが、実際にそのような機械が社会へ大きな変化をもたらすのは、もう少し先の話になると考えています。その大きな変化に備えて、私たちは今から準備をしていく必要があるのです。」
AI普及で「なくなる仕事」「増える仕事」
――AIが進歩していくことで、将来的に「なくなる仕事」はどのような仕事でしょうか?
「0にはならないけれど限りなく0になる可能性がある仕事は、銀行をはじめとする窓口業務だと考えています。電車の改札をイメージしていただくとよいですが、例外的な事情に対応する人材は必要ですが、そのほか9割の通常の窓口対応はAIでも対応できるようになるでしょう。」
――窓口業務のほかに、なくなることが予想される仕事はありますか?
「コールセンター業務などの労働集約型のビジネスもなくなっていく可能性が考えられます。現在では、チャットボットの精度も上がってきているので、AIの進化や30〜50年のスパンで量子コンピュータがこの分野にも参入してきた場合、9割はなくなるのではないかと考えています。」
――すべてがAIによって変わる、というわけではないのですね?
「そうですね。たとえばコールセンターでは、チャットボットを使った自動化が進んでいますが、チャットボットは想定した(学習した)回答しかできないので、特殊なトラブルがあった場合の対処や、『何をどう聞けばいいのかがわからない』といったケースには対応できません。こうした不都合は、自動化で労働者を削減しても起こり続けるでしょう。言い換えれば、こうした不都合を人がフォローしながら自動化がなされていくのです。
――では、逆にこれから「増える仕事」には、どのような仕事が考えられますか?
「これから増える仕事は、『需要を高める(生み出す)』仕事だと考えます。たとえば、観光業などをはじめとするサービス業は、多様なサービスを提供して利益を獲得しようとしています。現在の仕事で、人に触れたり接したりする部分をAIに置き換えようとすれば、量子コンピュータが実現し、一般化の可能性も出てくる30〜50年後くらいまでは、満足できない質でやっていかなければなりません。
したがって、これからは新たなニーズを掘り起こす、あるいは新たなニーズからソフトウェアを駆使し、インターネットサービスとして具現化するような『需要を高める』仕事が今後増えていくでしょう。」
自動化が進む未来に備え、私たちができること
――AIの普及で起こる「雇用の変化」によるデメリットは、どのような部分で現れるのでしょうか。
「影響が大きいは、変化を前提とした“今”の教育を受けて育つ子どもたちよりも、それ以前の教育を受けた社会人です。すでにプログラミングが学校教育に導入されている子どもたちとは異なり、これまでの制度や仕組みで教育・雇用され人生を歩んでいる人々が急に生き方を変えるには困難が伴います。終身雇用から有期雇用へ、あるいはパート・アルバイトから『Uber(ウーバー)』のような請負的な契約など、現行の雇用の仕組みでの変化は、概して条件的に不利なものであり、喜んで受け入れられる人はそう多くはないでしょう。」
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職業選択に迷う若者たちへ。21世紀に働くうえで大切なこと――では、メリットはあるのでしょうか?
「『クラウドソーシング』という言葉があるように、人材をある意味サービスのクラウド化のようにして、個人のスキルで生計を立てることができます。言い方を変えると『フリーランス』と一緒ですね。ただし、だからといってスキルさえあればいいというわけではありません。
大切なのは『人と人とのコミュニケーション』、『問題解決力』、そして『全体把握力(大局的視点)』です。現在では、さまざまなものがシステム化してきたことによって、人同士のコミュニケーションも最小限になっています。実際に、今の若い人のなかには『人と人とのコミュニケーション』といえば、SNSなどで賄えると思う人も少なくないですが、本当の人付き合いとは、もっと複雑で難しいはずです。たとえば、SNSであれば自分の都合や感情で反応をすることも可能ですが、現実社会において面と向かって話しかけられたときに無視することはできませんよね。
そうした人間関係やコミュニケーションのとり方、人間を理解するということは、自動化が進めば進むほど重要になります。状況の把握や問題の発見、解決策を導き出すことはAIにもできますが、人が抱える『怒り』『戸惑い』など人間の感情への対処は、しばらくは人間にしかできません。こうしたコミュニケーションが上手な人、イメージしやすく言い換えるとホテルで宿泊客のあらゆる要望に応えるコンシェルジュのような人材は、今もこの先も、どの企業からも求められるのではないでしょうか。
ですから、これからは何かのスキルを新しく身につけるだけでなく、人を理解し、どのようにして社会や仲間をプラスの方向に持っていけるかというアイデアや方法論を考え、問題を解決する力を磨き、工夫する経験を重ねるほうがよいと思います。AIなどのコンピュータがさらに進化していくからこそ、むしろ人間的な感情や発想が、これからはとても大切な社会になることがメリットであるはずです。」
――人は、AIをどのように活用していくことが望ましいのでしょうか。
「正直、AIの“活用法”に理想は持っていません。しかし、あえて言うならば、『AIは絶対的に、国や経済ではなく、“人”に寄り添い、“幸せ”の手助けをするものであり、あり続けなければならない』ということです。
これからは、少子超高齢化が容赦なく押し寄せます。就職氷河期世代の私としては、自分の人生に筋道をつけることもままならないのに、日本の社会経済がおぼつかないのですから、不安しかありません。しかし、それに対する万能薬はありません。より良い人生、そして社会経済をつくるためには、すべてあるいは身の丈以上のことをしようとせず、今できることや必要なことを一つひとつ行っていくしかないのです。」
――これからの時代を生きるうえで、特別なスキルや資格がないことを不安に感じていらっしゃる方も多いと思います。そうした未来に不安を感じている方に向けてメッセージはありますか?
「スキルがあるとアピールがしやすいので、どうしてもスキルを注視しがちです。しかし、AIで自動化しても、人の複雑な思考や行動の対処には人間の力が必ず必要になります。
企業に勤めている方でこの先どうなるのかを懸念している人は、資格やスキル、あるいは形式的・表面的な実績や経歴ではなく、『自分は何ができるのか』を根本から考え直してみることが重要です。これから必要とされる人材は新しいものや付加価値を生む活動ができる人です。『自分は平凡だ』と思っている人ほど、自分の経験のなかから、ほかの仕事にも共通して必要となる要素がどこにあるのかを意識するとよいでしょう。これからの社会には、科学的・技術的な知見の理解も活躍の重要な要素となります。これらをふまえれば、違う世界が見えてくるだけでなく、多くのみなさんが新しい社会にも適応できるようになっていくはずです。」