INTERVIEWEE
安田 未由
YASUDA Myu
2007年 東洋大学 社会学部社会学科 卒業
1984年長野県出身。文筆家。東洋大学在学中から高校の野球部を取材し、『高校野球は空の色』『高校野球が教えてくれたこと』など3冊を自費出版。東洋大学卒業後は広告会社の企画営業職を経て、高校野球報道サイト「高校野球ドットコム」の創業期メンバーとして初代編集長を10年間務めた。主な著書に『野球ノートに書いた甲子園 シリーズ全6巻』(高校野球ドットコム著、KKベストセラーズ)、『書くことが好きになる!おうちで作文教室』(明日香出版社)など多数。
高校野球好きが高じて記者の道へ。学生時代から培った取材力と表現力
――東洋大学に進学された理由を教えてください。
高校での進路選択のタイミングで、野球の記者になりたいという考えがありました。そこで野球に力を入れている大学に進学しようと思い、東洋大学を選びました。
――東洋大学在学中に3冊もの著書を自費出版されていますが、取材や執筆活動にはどのように取り組まれていたのですか。
幼少期から本を読んだり作文を書いたりすることは好きで、高校時代は出版委員長として校内の発行物の作成も行っていました。本格的に取材や執筆に取り組み始めたのは大学入学以降です。大学では1年生から『サイズアップ』というフリーペーパーを制作するサークルに所属し、東洋大学野球部の取材を4年間続けました。
また、大学に入学してすぐ、学生寮から一番近い高校のグラウンドを探して自転車を走らせ、「野球の記者になりたいので取材させてください」と直談判して、高校野球の取材も始めました。それが1校目の取材先で、2校目以降は、東洋大学のOBが監督を務める高校に電話でアポイントメントを取り、取材先を増やしていきました。常時10校程度、1年間かけてチームの成長を追いました。高校野球というと春・夏の甲子園が注目されがちですが、私にとっては12月から2月にかけてのオフシーズンが見どころです。大会に向けたチーム作りや球児のありのままの姿を目にすることができるので、より深い記事が書けるんです。大学の4年間で50校近くの野球部を取材し、集めた情報をもとに3冊の書籍を出版しました。
――大学時代から高校野球の取材を本格化され、卒業後は3年半の広告会社勤務を経て、高校野球報道サイト「高校野球ドットコム」の初代編集長に就任されたそうですね。
高校野球は、スポーツコンテンツとしての面白さだけでなく、教育という側面が色濃く表れているものです。私が原稿を書く際は、強いチームの技術面やスター選手の活躍に着目するのではなく、球児の心の成長やチーム全体がどのように変容を遂げるか、といったことに主題を置きます。多感な高校3年間をどのような気持ちで過ごし、野球と向き合い、チームに貢献しようとするのか…球児一人ひとりにドラマがあり、それを自分なりの感性で表現できるところに心を惹かれたのだと思います。
書く前の準備と、書き終わった後の見直しが文章を魅力的にする
――文章のプロである安田さんに、文章をうまく書くコツをお聞きします。小学校での読書感想文や大学でのレポートをはじめ、社会に出てからも文章をまとめる機会は多くありますが、共通して言えることはあるでしょうか。
そうですね。いくつか意識すると良いポイントはあります。自分の考えを文字に起こす前に、まず次の2点についてよく考えてみてください。
①何を伝えたいのかを明確にする
文章を読み終えた後にどのような感想を抱かせたいか、というゴールを決めましょう。例えば「球児と監督の強い絆」を印象付けたいのか、「努力を惜しまない球児のひたむきさ」を感じ取ってほしいのか、一番言いたいことは何かを明確にします。②誰に伝えたいのかを明確にする
誰が読むのかによって、文章の書きぶりは大きく変わります。言葉選びや漢字の表記など細かい点にも影響があるので、ターゲットをしっかり想像しましょう。「高校野球ドットコム」は中学生から高校生がメイン読者なので、難しい表現は避け、中高生の球児が理解できるかどうかを気にして作成しています。――確かに、その2点があやふやなままでは、なかなか筆が進まない気がします。「①何を伝えたいのか」についてですが、言いたいことや盛り込みたいエピソードがありすぎる場合はどうまとめておられますか。
最後のオチさえ見えていれば、そこに向かって肉付けしていくだけです。「球児と監督の強い絆」を表現するために、Aというエピソードはふさわしいから書く。Bのエピソードは魅力的だが、少し方向性がぶれるから省く。「1つの記事やエッセイにつき、エピソードの数はだいたい2つ程度」とルール化しておくと、ふるい分けがしやすいと思います。
それでも絞り込めないという人は、一度全部書いてしまってもいいでしょう。見返した時に「やっぱり多かったな」「言いたいことがあちこちに飛んでいるな」と気付くはずなので、そこから切り取る作業をしていきましょう。良いエピソードを切るのは勇気がいることですが、思い切りも重要です。
――文章のタイトルや見出しも読み手を引き付けるための重要なポイントかと思います。意識すべきことはありますか。
「高校野球ドットコム」のようなWeb媒体の場合、最初の5文字に伝えたいことやキャッチ―な言葉をもってくると、クリックされる可能性が高くなります。Webユーザーは基本的に冒頭の数文字しか見ておらず、興味に引っかからなければスクロールしてしまうので、編集部でも「伝えたいことはなるべく頭に置く」という話をしています。
本文を書く時は文をうまくつなげていくことに力を注ぎますが、タイトルや見出しは商品で言うとラベルのような役割なので、また違った視点が必要だと感じます。タイトル・見出しをつけるのに慣れないうちは、複数案考えてから1案に絞り込む、という作業に時間をかけると良いですよ。
――文章を書くのにもたくさんのテクニックがあるんですね。書き終わった後に推敲する際は、どのように見直すのが良いでしょうか。
一度書き終わった後の見直しは文章のブラッシュアップに欠かせません。可能なら声に出して音読してみると、リズムがおかしい箇所に気づきやすいですよ。これまでお伝えしたポイントをもう一度確認した上で、「読者が読んでつまらなくないか?」「型にはまった表現ではないか?」「読み続けたくなる構成になっているか?」といった問いかけをしながら読み直してみてください。
自分の思いが時間を超えて誰かに届く、「書くこと」の面白さ
――小中高生や、文章を書くことが苦手な人に対して、書くことのおもしろさや日常から取り組めることなど、伝えられることはありますか。
一度書いたものは、消さない限り100年後にも残ります。そこが文章を書くことの奥深さだと思っていて、自分が年老いても子どもや孫たちに当時の自分の思いを伝えることができるんです。そう考えると、何か書いてみよう、という気になりませんか?
文章を書くことに抵抗感を持っている人は、語彙を増やす努力をしてみてください。幼少期からたくさんの本を読んできた人は、比較的語彙が豊富だと感じます。水泳や自転車と同じで、言葉もリズム感が大切なのかもしれませんね。しかし大人になってからでは遅いというわけではなく、今からでも本やボリュームのある文章に触れることをおすすめします。インプットを積み重ねれば自分のものになっていくので、少しずつ鍛えていきましょう。
また、「書く」行為をしている時の脳は、手を動かすように命令を出す運動野などが活発に動いているそうです。高校の野球部でも、毎日ノートに記録を付けさせたり、長い文章を書かせたりしている部もあり、スポーツ選手にとっては「書く」ことがトレーニングの一環になり得るということです。もちろん成長期の子どもにもメリットが大きいのではないかと思います。
――安田さんは現在、子ども向けのワークショップや通信教育などをされているそうですね。
記者や編集者として仕事をしてきた中で、自分の力を生かして他のフィールドで何かやってみたいという思いがあり、「子どもたちに書くことを教えよう」と思い至りました。趣味の範囲を超えませんが、月に1回のペースでワークショップを始めました。
対象は小学生で、最初はどの学年でもできるような言葉のゲームや、絵を描くなど、表現することに慣れていってもらいます。最後に作文に取り組むと、みんなすらすらと書いてくれるんです。書くことや本を読むことが苦手な子でも、最後は「楽しかった!」と言って迎えにきたお父さんやお母さんに自分の作品を見せている。書くことの楽しさを伝え、子どもに自信を持ってもらえるような場にしたいと考えています。
――「書くこと」は「楽しいこと」だと教えておられるのですね。小さい頃にそういった意識付けができるのはとても良いことだと思います。これからはどういった活動がしたいと考えておられますか。
大学時代に取材した監督さんや、当時の東洋大学野球部の部員の「今」を取材したいです。20年前を振り返って何を思うのか、引退されたり、その後父親になった彼らが子どもたちに何を伝えたいのか、すごく興味があります。また、児童文学にも挑戦してみたいと思っており、今後も「書くこと」を軸にさまざまな活動を展開していくつもりです。