東洋大学 社会学部社会心理学科 准教授
博士(保健学)。専門分野は、産業保健心理学。働く人のキャリア・ストレス、well-being、病と就労継続、組織のコミュニケーションなどをテーマに研究。著書(共著)に『Creating Healthy Workplaces』(Gower Publishing)、『なぜ女性は仕事を辞めるのか:5155人の軌跡から読み解く』」(青弓社)、『アスリートのセカンドキャリア』(東洋大学現代社会総合研究所)など。
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推し進められる働き方改革の背景に注目!改革のきっかけを知る
――まずは、働き方改革が日本で積極的に進められるようになった背景について教えてください。
一番の要因として考えられるのは、少子高齢化ではないでしょうか。1950年以降、日本の人口に占める65歳以上の高齢者の割合は一貫して増加し、2005年には20%を超え、2019年には28.4%となっています。一方、出生率の低下によって子どもの数が減少し、日本社会は労働力をいかに保つかという課題に直面しています。それまで主な労働力として考えられていた成人男性以外の働き手を確保することが求められているのです。そこで、女性や高齢者など、眠っている労働力を活用しようという考え方が広がっていったのではないか、これが現代の働き方改革の基本的な背景にあると考えています。
――「女性や高齢者も働ける社会」を目指して進められているということですね。
そうですね。世界経済フォーラムが公表した男女格差の度合いを示す「ジェンダー・ギャップ指数2020」において、日本は153ヵ国中121位と低い順位であり、世界的に見ても女性が働きにくいと評されていると言えます。女性や高齢者は、労働意欲が高くても男性と全く同じ働き方ができるとは限りません。女性は、家事や育児の主な担い手である場合がまだ多く、仕事以外の役割もこなさないといけない。また、高齢者は体力的な面で若い人と同様の働き方は難しいです。そうした人々が、自分の状況に合わせて働くことができるように、また、これまで一般的であった何よりも仕事を優先させるという働き方を変えていくことが、働き方改革の大きなねらいだと思います。
ただし、働き方改革は女性や高齢者だけでなく、男性も含めてすべての人々が働きやすくなるための改革です。以前に比べて家事や育児に参加する男性も増えつつありますし、親の介護をしながら働く人なども増えました。
こうした制度改革の恩恵を受けるのは夫婦関係や親子関係のある人、つまり家族を持つ人だと考えがちですが、独身の人の立場においても働き方改革は非常に重要です。仕事終わりや休日を充実させたり、時間を有効活用することは、ビジネスで新しい発想をもたらしたり、居心地のよいコミュニティを見つけたりすることにつながります。豊かな人生を歩むためには、やはり柔軟な働き方ができる環境というのは大切なのです。
そしてこのようなさまざまな人たちが集まることで組織が活性化し、よりよい商品やサービスの提供、さらには企業の成長へとつながると考えます。
新型コロナウイルス感染症拡大による「新しい」働き方改革
――2020年は、新型コロナウイルス感染症の影響もあり、リモートワークが日本でも一気に進んだ印象があります。これも働き方改革の一部と言えるのでしょうか。
リモートワークも、柔軟な働き方を実現する手段として、働き方改革を加速させるものと言えると思います。例えば、子育てと仕事をする方からは、「通勤時間が減ったことで、仕事をしながら“すき間時間”で効率的に家事をこなせるようになった」という声も実際に聞きました。また、「在宅になったことで以前より育児に参加できるようになった」という男性の声も耳にします。育児と仕事の両立という視点で見ると、リモートワークは大きなメリットをもたらしたのではないでしょうか。
また、職種や業種にもよりますが、「地方で働く」という選択肢が以前より現実的になったのではないかと思います。リモートワークができるのであれば、必ずしも都市部にいる必要はありません。「田舎の両親と暮らしたい」「自然が豊かな場所で子育てをしたい」「都心は地価が高くてローンの返済が大変」などという考えを持っていた働き手の人たちにとって、リモートワークの普及により希望の土地に住むことがより現実味を持って考えられるようになったと感じています。
――ライフスタイルに合わせて、働く場所を選べる時代になったということですね。お話をお聞きしていると、リモートワークはメリットばかりのように感じますが…。
柔軟な働き方ができるという点では、多くのメリットをもたらしたと思います。一方で、徐々にリモートワークの課題も明らかになってきました。複数人で議論をしたり、アイデアを出したりするクリエイティブ面では、オフィスで働く場合と比べてアイデアが出にくいのではないかという調査結果も見られます。
リモートワークでは、オフィスで周囲の人と雑談や会話をしたり、周りの人の話が自然に耳に入るという場面がありません。そのため、偶発的な発想との出会いや、アイデアが磨かれにくいと考えられます。リモート環境でもクリエイティビティを維持するためには、一人ひとりが周囲と積極的にコミュニケーションをとることが求められますし、企業としてもその動きをサポートする仕組みを整えるべきだと感じています。現在、企業と一緒に職場のコミュニケーションに関する研究を行っていますが、コミュニケーションが良好な職場では、そうでない職場と比べ、リモートワークであってもなくてもWell-being が良好であるという結果が見えてきました。職場のコミュニケーションは古くて新しい問題であり、企業は常にこのことに頭を悩ませ、工夫をしてきました。ここにリモートワークという新しい働き方が加わり、さらなる工夫が職場に求められるようになったのではないでしょうか。
――確かに、オフィスでは当たり前だと思っていたコミュニケーションがなくなり、リモートワークによって孤独感を強める人もいるように感じますね。
交流が希薄になるという孤独感もそうですが、オフィスの「周囲の目」がなくなったことによる労働リズムの変化というのも、リモートワークで生じた新しい課題ですね。
自宅にいる分、いろいろなことに気を取られてしまい集中力がなくなるケースや、区切りがないからこそ長時間労働になってしまうケースも報告されています。その対策として、最近では企業の本拠地から離れた場所、例えば自宅近くのサテライトオフィスで働けるようなしくみや、仕事と休暇を兼ねたワーケーションという働き方が注目されています。個人もより効率的かつ効果的に働けるよう、仕事のやり方を工夫する必要があります。これまでも日本人は働き方を変えるべきだという議論がされてきました。今回はそれを実現する絶好のチャンスだと思うのです。
<Reference>
仕事のリズムを自身でコントロールするために・・・
・時間を区切って仕事に取り組む。例えば、「ポモドーロ・テクニック」(25分間の作業と5分間の休憩を1セットとして取り組む)など
・日々のルーティンを設定することで余計な思考に時間を使わず、効率的に取り組めるようにする
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毎日の習慣でセルフコントロールを簡単に身につける方法を専門家に聞いた
①目標をステップごとにブレイクダウンする
②「If then」で自らの行動をプログラミング(自動化)する
③達成状況を「見える化」する
④「誘惑」をそばに置かない
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④「誘惑」をそばに置かない
自分らしい「働き方」と「生き方」を想像する
――コロナ禍で人々の働き方は新しい方向に進んだようにも見えますが、新型コロナウイルス感染症が収束した場合、この動きは止まってしまうのでしょうか。
日々状況が変化する時代ですので断言はできませんが、この動きが止まることはないのではと考えています。これだけ短期間でさまざまなメリットが発見できたわけですから、リモートワークがなくなり、すべての人々がオフィスに集うという従来型の働き方に完全に戻ることはないと思います。
一方で、リモートワークの課題や弱点も見え始めてきていることから、すべてがリモートワークのまま、ということも考えにくいのではないでしょうか。5日間の勤務のうち2日はリモートワークを行い、3日はオフィスワークを行ったり、毎日出社をする人でも、いわゆる「外回り」の時間に合わせて出かけた先でリモートワークをしたりといった、リモートワークとオフィスワークを組み合わせた新しい働き方を、それぞれの企業が模索していくのではないかと思いますし、その動向は注目していきたいと考えています。
私たち働き手にとっても、リモートワークを経験したことで「リモートワークが向いていること」と「向いていないこと」が明確になった貴重な経験だと思います。
「働き方改革」というと仕事のことに目が行きがちですが、これまでオフィスワークで諦めていた家事や育児に参加できるようになったり、地域や大学の社会人講座に自宅から参加したり…。そうした仕事以外の部分にも目を向けて、「豊かで多様な生き方」を想像してほしいですね。