東洋大学 社会学部 社会心理学科 教授
社会心理学、認知科学を専門とし、感情心理学、動機付け(モチベーション)、産業・組織心理学を中心に研究。文学修士。著書に、『発達研究の技法(シリーズ・心理学の技法)』(福村出版)、『心の科学』(北大路書房)など。
普段素行の悪い人が、少し良いことをすると抜群に好感度が上がるのはなぜ?
―不良少年が道端に捨てられた猫を拾う、というシチュエーションの漫画ってよくありますよね?「ギャップ」があるほど好感度が上がるのは、なぜなのでしょうか。
「例えば、見るからに品の良さそうな紳士が良いことをするのは、私たちの予想の範囲内の行動ですよね。その一方で、一見ガラの悪い人がお年寄りに席を譲っただけで、とても良い人に見えてくる。これを心理学では『対比効果』と言います。
対比効果の実験では実験参加者をペアにし、コミュニケーションを取ってもらいます。ただ、実は片方の参加者が仕掛け人で、演技のトレーニングを受けています。6回ほど仕掛け人の参加者と会う中で、①『ずっと良い人』②『ずっと悪い人』③『前半は悪い人で後半から良い人』④『前半は良い人で後半から悪い人』の計4パターンを演じ分けてもらったところ、一番好感度が高かったのが③『前半は悪い人で後半から良い人』だったのです。」
―最初からずっと良い人よりも、途中から良いイメージになる方が好感度が高いのですね。合コンでも使えそうなテクニックです!
「いやいや、何度か会う中で印象を変えることで効果が現れるので、1回目の印象が悪いと次はないような場合や、1回しか会う機会が無い場合はとてもリスキーで注意が必要ですよ(笑)。」
どうして嫌なことは、嬉しいことより忘れられないの?
―嬉しい思い出よりも、嫌な思い出の方が鮮明に覚えているものですよね。これはなぜなのでしょうか。
「人間の情報処理というのは、心理的側面に影響を受けやすいんです。ネガティブな体験は、また次に同じようなことを経験しないように、脳が詳細に情報を処理します。逆に、楽しいことは自分にとって危険ではなく、細かな部分まで情報処理されないので、ふわっとした記憶になりがちです。心理学的には、前者は『精緻な情報処理』、後者は、『概略的情報処理』と言います。」
―情報処理というのは、具体的にどういうことでしょうか。
「例えば、話の内容、電気やファンの音、音や光、温度、湿度といったあらゆる内容を人の脳は記憶しようとします。『楽しい時はすぐに時間が過ぎる』とも言いますが、楽しい時はその体験だけで満たされてしまっているので、先述したような細かな情報には注意が向かないのです。反面、退屈だったり、嫌な時は周囲の全ての情報に注意が向きやすく、脳が神経質になっているため、なかなか時間が経たないように感じるのです。
他にも、交通事故の時ってスローモーションのように見えると言いますよね。あれも、脳がネガティブなことだと判断して、あらゆる情報を集めて危険に対処しようとしているからなんです。基本的に脳は良いことよりも、リスクを回避する方向に働きやすいのですね。」
―だから、嫌なことは細部まで覚えていて、ついつい根に持ってしまったり、落ち込んでしまうけれど、楽しいことはぼんやりとしたイメージでしか記憶に残らないのですね。
やってしまった後悔よりも、やらなかった後悔の方が長引くのはなぜ?
―やってしまった後悔は時間とともに忘れていきますが、やらなかった後悔はずっと尾を引くような気がします。みなさんにもそのようなことがあるのでしょうか。
「いいところに気が付きましたね。実は、心理学では後悔が2種類あると考えられているのです。やってしまったことに対する後悔である『行為後悔』と、やらなかったことに対する『非行為後悔』です。 行為後悔はもう結論が出てしまっているので反省もしやすい。一方で非行為後悔は、こうしていたら…、ああしていたら…、という思いがどんどん湧き上がってくるんです。これを、事実に反していることを仮想する、と書いて『反実仮想』と言います。これが、やらなかった後悔が長引いてしまう原因です。」
―ということは、基本的に迷ったらやってみた方が良いのですね。 「後悔について研究をしているアメリカの研究者、ニール・ローズ博士は『人間は絶対に後悔するから、やらないよりもやって後悔しなさい』とおっしゃっていますね。」
匿名だと、批判や攻撃的な言い方をする人が増えるのはなぜ?
―SNSやインターネットが普及している現代、匿名での批判的なコメントに悩まされている方も多いのではないでしょうか。
「ミルグラムが行った一連の『アイヒマン実験』というものをご存知でしょうか?この実験の中で被験者を先生と生徒役に分け、先生役から生徒役へ問題を出すというものがあります。先生役は、生徒役が不正解を重ねるたびに徐々に強い電気ショックを与えていきます。しかし、実際に電気ショックが与えられるわけではなく生徒側は電流のレベルに合わせた演技をします。
結果として、生徒役から見える場所で電流のスイッチを押していた先生役は、あまりにも強い電撃になる段階で辞退を申し出る人が多かったのに対し、見えない場所に隔離された先生役では、辞退者が半減したそうです。 つまり、『誰が攻撃しているのか』がわからない状態だと攻撃性が強くなる。これは『匿名性』という原理に基づいています。」
―誰が攻撃しているかバレなかったら、責任の所在が分からないですものね。
「SNSなどでも、同様のことが起きていると言えますね。他にも身近なところでは、普段は落ち着いた人なのにも関わらず、車に乗ると人が変わったように危険な運転をする人にも匿名性が働いていると考えられます。車に乗っていると、外からあまり顔がしっかりと見えませんからね。運転している人の顔がはっきりと見えるような、あるいはどこの誰なのかが周囲にわかるような車が開発されたら、危険な運転は減るんじゃないかと思います。」
行列に並ぶと、あまり美味しくなくても美味しいと思ってしまうのはなぜ?
―料理が口に合わなくても、長い行列に並んで食べた場合は「美味しい」と思い込むことってありますよね。
「待っていた分お腹が空くというのもありますが、やはり並んだという事実に納得したいので、『美味しいに違いない』という思い込みが働くのでしょう。これを『認知的不協和』と言い、「思考」と「行動」との間に矛盾が生じる場合(不協和状態)、認知を歪めることで“不協和”という不快な状態から受けるダメージを回避しようとする心理です。
例として、アメリカの心理学者レオン・フェスティンガーの行った認知的不協和に関する実験があります。被験者を2つのグループに分け、すごくつまらない作業をやり、作業が終わったらまだ作業をやっていない被験者に対して『面白かった』と嘘をついてもらう。その報酬として、一方のグループには20ドル、もう一方には1ドルを支払います。すると、実験後に尋ねた作業への評価は、報酬が1ドルのグループの方はつまらない作業を面白かったと評価したという結果になりました。」
―ええ!?20ドルの方がたくさん報酬をもらっているので、評価が高くなると思いました。
「20ドルのグループは、『つまらない作業を“面白い”と嘘の情報を伝えても、被験者は皆20ドルもらえるのだから、そのくらいいいだろう』と嘘をつくことを正当化できたわけです。一方で、1ドルしかもらえなかったグループは、つまらない作業を“面白かった”と嘘をつくことに対して見合わない報酬だと感じているため、その不協和から生じるダメージを最小化させるために、実験後の作業への評価について『楽しかった部分もあった』と思い込もうとする傾向があったということです。認知(自分の思考)を歪めることで、『不協和』状態から脱しようとするのですね。」
―行動したことに対して自分を納得させるように、そのような心理が働くのですね。
社会心理学は、人間同士の営みを解明する学問
―社会心理学の面白さを、先生はどのようにお考えでしょうか?
「人間の様々な営みをメカニズムで説明できる学問だというのが、面白いと思います。 人々の営みは人間の行動を基に形成されているので、全ての事象が心理学の対象になります。中でも社会心理学は、他者との関係でその人の心理が変化することを追究する分野です。
社会心理学は、他人の存在の意味というものを教えてくれますし、自分が他人にどのような影響を与えることができるのかというのも見えてくる。例えば、応援されたらその分頑張りたくなるのはなぜか、とか。日常と密接に結びついているからこそ、身近な課題解決などに寄与することもできます。」
―経済活動や、社会の様々な場所でも応用が効くのですね。本日はありがとうございました!
普段見かける人間の行動・心理には、きちんと理由がありました。何気ない現象でも、人間の心理を深く考えることで面白みが増してくるかもしれません。ぜひ皆さんも、日常の素朴な現象を探し、「なぜだろう」と考えてみてください!