東洋大学 国際学部 国際地域学科 教授
博士(工学)。専門分野は土木工学、防災・復興、水資源、途上国開発。防災に関わる幅広い領域を専門とし、各地で「自然災害リスク対策」、「地域の防災」、「企業における自然災害対応」などをテーマに講師を務める。著書に『持続可能な開発目標と国際貢献-フィールドから見たSDGs-』「第6章:防災とSDGs」共著(朝倉書店)、『グローバル時代のアジア都市論 持続可能な都市をどうつくるか』「第10章:都市と防災」共著(丸善出版)などがある。
<松丸亮教授 関連記事>
家庭でできる「自然災害への備え」とは?<防災の専門家に聞く>日本の避難所の現状
画像:東洋大学国際学部国際地域学科 松丸亮 教授――日本の避難所は、どのような環境なのでしょうか?
「テレビなどで報道されているように、水害や台風などで一時的な避難所としてよく使われる施設として公民館や学校の体育館などの公共施設が挙げられます。あの広いスペースに男女混在で一晩を過ごすというのが、一般的な避難のかたちです。はじめは、毛布、水、食料などが配られ、期間が長くなればさまざまな日用品が支給されるようになります。
ただし、避難所はあくまで一時的な避難所であり、長期滞在は想定されていません。ですから、イレギュラーに長期の滞在となったときには、さまざまな我慢を強いられることになります。これまで東日本大震災や熊本地震、西日本豪雨などの災害では、被災された方々が1週間以上、長い場合は数か月単位で体育館などの避難所での生活を余儀なくされました。その結果、被災したショックに加え、肉体的にも精神的にもダメージが蓄積され、多くの方が苦労されました。この問題をできるだけ解消していく必要があると考えています。」
――もしも避難所生活が長期化した場合、どのようなことをしていくべきなのでしょうか?
「まずは、普段当たり前にしている生活が送れる環境まで生活レベルを上げる必要があります。たとえば、床に寝る生活を早い段階でやめて、個人のプライバシーを確保する。それから、温かいご飯を食べられるようにすること。
ただでさえ家が被災し、どうすればよいかわからない不安な精神状態なので、できるだけ我慢をなくすことが重要です。『被災者はある程度我慢しなければいけない』という状況を少しでも改善していくことが大事なので、まずは当たり前のことが当たり前にできる環境を整えることを最優先に考えるべきでしょう。」
避難所生活に求められる「被災者の行動」
――避難所生活が長引いたときに環境を少しでもよくするために、被災者自身ができることはありますか?
「ひとつは、避難所にいる人たちが、自分たちで自治をすることが挙げられます。いつまでも行政に頼っていると行政の支援の範囲でしか生活は変わらないので、『みんなの生活を改善していきたい』という気持ちをもって、ある程度自分たちで避難所内の生活環境を整えるような行動をします。
たとえば、体育館に避難をすると、来た順にそれぞれの場所が決まっていきます。そうではなく、『外への出入りが多い子ども連れの人は入り口の近くにしましょう』とか、トイレへ行くのに人を乗り越えて行くのだとしたら『ここに通路をつくりましょう』というように、少しでも生活がしやすいように、自分たちで改善していくことです。
実際に熊本地震のときは、被災者のなかにリーダーシップのある方がいらっしゃって、被災者の方々がまとまって自治運営をして、避難所の生活の質をみんなで改善していったという例があります。」
――被災者たちが自ら動くことで、うまくいくのですね。
「そうですね。やはりその場にいて不便を感じているのは被災者たち自身なので、自発的に行動を起こすことで環境は変化していきます。ただ、リーダーシップには難しい点もあり、誰かが独善的にやりはじめてしまうと反発が起き、環境が悪化するケースもあります。熊本地震のときの例は、誰が何をやるという役割を決めずに“できる人が手伝う”として、さりげなく『ご飯を配るのを手伝ってくれる?』『掃除するのでできる人は手伝ってね』というように声をかけてうまくいったそうです。
しかし、こうした例はたくさんあるのですが、場所によって境遇が違ければ、そこにいる人も違います。実際には、極限に近い状態のなか『みんなで助け合いましょう』と言っても、長期化すると派閥が発生したり、反発的になったりするものです。そこにボランティアやNPOが入って良い方向に転じることもあれば、ここで新たな反発が起きる場合もあります。
『何がいい』という正解はありません。ただ、避難所にいる人同士で相手のことを考えながら行動することが、避難所での生活では大切だということです。」
■避難所に不足しがちな救援物資
――前回のインタビューでは避難時に持っていくものとして、印鑑、通帳、薬、お薬手帳などが必要だと伺いました。もし避難生活が長期化するとなった際、不足しがちな救援物資にはどのようなものがあるのでしょうか?「やはり薬、生理用品、それからオムツ。オムツは赤ちゃん用だけでなく、高齢者用も不足しがちだと言われています。」
――薬はともかく、生理用品・オムツなどは消耗品なので持ち込むには限界があります。最近はSNSなどを活用して救援物資を求める動きも見られますが、場所によって偏りが出ることも懸念されていますね。
「SNSで呼びかけるのも手段としてよいですし、避難所で必要な物資を通販サイトが『ほしい物リスト』として公開するサービスを活用する方法などもよいと思います。しかし、これらの懸念点としては、ITリテラシーが高い人がいるかどうかで変わってくるということ。高齢者にとってはその作業自体ができない場合も多いので、その辺りは普段から高齢者を支援している団体が代わりに行う仕組みをつくれれば、全体に必要な物資を行き渡らせることができるかもしれません。」
この記事を読んだ人はこちらもオススメ!
家庭でできる「自然災害への備え」とは?<防災の専門家に聞く><海外事例>日本が参考にすべき避難所のかたち
――先生は海外の災害や復興を専門とされていますが、参考になりそうな海外の事例には、どのようなものがありますか?
「たとえばイタリアでは、集団で避難所に避難するという考えがもともとないようで、2019年に発生した大地震でも公共施設に長期避難をしていたという状況はなく、聞き取り調査では『体育館のような場所には一泊のみしかしなかった』という人もいました。それから、災害が起きた24時間以内にはキッチンカーが来て温かいご飯を供給してもらえたり、簡易ベッドがすぐに用意されたり、4〜6人用のテントが用意されてある程度プライベートが守られたという声も聞きました。これだけでもかなりストレスは緩和されるのではないでしょうか。」
――それらはすべて国の支援なのですか?
「基本的には、すべて政府が支給していると聞いています。イタリアにはいくつかの災害救援拠点があって、さまざまな災害備品が用意されているようです。大きな災害で被災者支援が必要になるとNPOなどの団体や個人のボランティアが被災地に入って支援をするのが一般的になってきている日本とはまったく違うなと感じました。」
――そうした避難生活を経て、どのようにもとの生活を取り戻していくのでしょうか?
「イタリアでは、どこか別の場所へ移ってもらったり、借り上げた住居に早々に入ってもらったりすることで生活の質を担保しています。日本のように、大規模災害になったときは避難所生活、仮設住宅、それから家、あるいは災害公営住宅に戻るといったひとつのルートだけではなく、いくつか選択肢があるということです。
そもそもイタリアでは、古い街並みが地震などで被災したとしても、復興の概念としてもとの街並みを再現することを基本としています。住民の人々もそうした旧市街にアイデンティティを持っていて、『自分たちの街がもと通りになるなら、自分は仮設住宅に住んでもよい』と考えている人がほとんどです。自分たちがちょっと不便な生活をしていたとしても、街並みをもとに戻すことが復興のモチベーションになっているのです」
――国によって復興に対する価値観も違うのですね。
「これが途上国であれば、災害を受けやすいところに住んでいる人はもともと簡素なところに住んでいる人が多いので、家が壊れてもそこまでダメージを感じていない人も多いようでした。住む場所へのこだわりが少ないのか、あるいは大人数で生活することになれているのか、避難所や仮設住宅にいるときでも悲壮感は日本よりもずっと低く感じたのが印象的でした。あと、途上国には子どもが多くて、賑やかなのも印象を変えているかもしれませんね。」
支援をする側の心得
――ボランティアに行く際、私たちが気をつけなければならないことはありますか?
「個人でボランティアへ行くなら、すべてを自己完結することが原則です。『現地で何か借りればいい』という考えでは絶対にダメです。以前、スーパーボランティアと呼ばれる方がテレビに出ていましたが、彼は自分の軽トラックに寝て、洗濯も自分でするなど、生活はすべて自己完結しています。あそこまで徹底するのは大変ですが、きちんと自分の軍手や長靴を持っていくなど、支給されるものがなくても活動ができるようにしてほしいです。
そもそもボランティアは、『自分がいいことをしている』『助けてあげている』という気持ちで行ってはいけないものです。そういう気持ちは相手にも伝わります。被災された方々もボランティアがいることで助かっているし、助けてほしいと思っていることはあるはずですが、『助けてあげている』という上から目線ではうまくいきません。また、個人で行くといろいろな作業に割り振られるのですが、同じ作業になった人たちのなかにはそりの合わない人もいるでしょう。しかし、それでもやらなければいけません。個人で参加するボランティアは、自分の思いどおりにならなかったり、不満があったりしたとしても、与えられた仕事を全うすることが重要です。」
――以前、日本で災害が起こったときには、ボランティアが集まりすぎたことがメディアでも取り上げられ話題になりましたね。
「メディアに取り上げられた地域に支援が集まり、取り上げられないところには支援が行き届かない、これは海外でもよくあることです。また、ボランティアが多く集まりすぎると今度は現地で捌ききれなくなり、隣町では支援が薄いのに、もう一方では支援の手が余っている、ということもあります。ですから、ボランティアに行くときには、事前にどの地域に人が足りていないのかを確認し、支援のかたちを今一度検討する必要があるでしょう。個人では難しくても、支援団体が状況を把握していることが多いので、そういったルートを利用して確認するのも方法のひとつです。」
――現地へ行くボランティア以外には、どのような支援のかたちがあるのでしょうか?
「ボランティアに行く以外で一番いいのは、日本赤十字社、NPO団体が行っている『募金』です。モノを個人で送るのは現地で誰かが仕分けをしなければならないので、極力避けたほうがいいでしょう。よく募金をしても『募金したすべての金額が届かない』などと言われますが、募金を募集している団体が事務管理費などをそこから取ることはないです。モノとして届けられなくても、現地で支援活動にあたる人たちが必要な物資や費用であったりと、必ず何らかの形で被災者たちのために使われるので、もし支援したいという気持ちがあれば、まずは募金を考えてみてはいかがでしょうか。
それから、被災から少し経ってからでも支援はできます。被災地が観光地であれば、落ち着いたら訪問してお金を落とすのも支援のひとつです。それから、若い学生なら現地に行って地域の方たちと交流するのもよいでしょう。以前、民間で仕事をしていたときに、学生がバスツアーで被災地にやってきて、小一時間ほど村のおばちゃんと話して帰っていったことがありました。そのときは『何の役に立つのだろう』と懐疑的だったのですが、その後教員になって現地の人に話を聞くと、『ちょっとの間だけでも来てくれると賑やかで嬉しい』と言うのです。こうように、少し話をするだけでも救われる人がいます。若い人が被災した地域に積極的に関わることは、災害で傷ついた街や人を元気にすることがあるんです。
それからもうひとつ、支援活動をする際に、今一度考えてほしいのは、自分がいいと思ってやっている行動は、果たして本当に被災者のために役に立っているのかということです。たとえば、炊き出し。大きな避難所やメディアで取り上げられたような避難所や仮設住宅には、毎週あるいは毎日炊き出しで支援している団体が来ます。そういう避難所では、『炊き出しを受け入れる準備が大変で…。でも、ボランティアの方たちは善意でやってくれているので、なかなか断ることもできないからね』という声もたびたび聞きます。」
――そういった支援の準備を被災者がやるのですか?
「『〇月〇日に支援団体が炊き出しをする』という周知は被災者がやります。せっかく来てくれるから、みんな集まろうと声をかけたりするわけです。炊き出しなどは、ボランティアや支援団体が活動しやすい週末に行われたりすることが多いのですが、そうすると、被災者の皆さんが週末になかなか休めなかったりすることもあり、そこでさらに炊き出しに来た人から『頑張りましょうね!』と言われることに疲れを感じてしまう方もいるでしょう。そうした対応に追われて、仮設住宅の自治会長や避難所のリーダーはずいぶん忙しいと聞きます。」
――なるほど……。それでは助けに行っているはずが、本末転倒ですね。
「支援する側は、被災者に気を使わせるようなことを絶対に避けなければなりません。ですから行動を起こす前に、本当に辛くて困っている人を元気にするためには何をするべきか、一度考えてみてほしいと思います。相手がどんなことに困っているのか、どんな支援をしたら相手に負荷がかからず喜んでもらえるのか。ただボランティア一択ではなく、さまざまな選択肢のなかで自分ができることを考え行動に移す。よりよい支援の輪は、そうして広がっていくはずです。」
【新型コロナウイルスへの対応】
(2020.5 追記)「最後に、今年に入ってから新型コロナウイルスの感染が拡大しています。感染症の問題は、これまでもありました。しかし、今回の新型コロナウイルスは、ワクチンも治療薬もないということで、今までとは全く違う対応が必要になってきています。このインタビューで話題として取り上げている避難所は、いわゆる3密状態の典型ですから、それを避けなければなりません。
政府や被災者支援をする団体の集まりでは、どのように3密を避けたらよいのかという話し合いがはじまっていますが、模索が続いていて、実際のところはまだ(2020年5月時点)答えが出ていません。
ただ、これまでのような、指定された公共施設に全員が集まるのではなく、多くの安全な場所に分散して避難するということになると思います。台風などの場合には、車で高台の駐車場に避難して、その中で一晩、二晩を過ごす人も増えるのではないでしょうか。もし、大きな地震が来たら、その生活が長期に及ぶかもしれません。
住民にとっては『どこに避難するのが良いのかがわからない』という問題が発生しますし、行政にとっては、分散避難している人々にどう情報や支援を届けるかが課題になっています。そして、支援団体やボランティアは、被災地に行くことが感染拡大の原因にならないよう注意しないといけません。このように、『感染症』という自然災害とは違った災害が出てきたことで、自然災害への対応もこれまでなかった問題に取り組まなければいけなくなってきています。」