東洋大学 社会学部社会心理学科 教授
博士(人文科学)。公認心理師、臨床心理士。専門分野は、臨床心理学、人格心理学、健康心理学、認知行動療法、睡眠障害の治療と予防、メンタルヘルス。東洋大学社会学部社会心理学科教授。著書に『はじめての明晰夢 夢をデザインする心理学』(朝日出版社)、『1万人の夢を分析した研究者が教える今すぐ眠りたくなる夢の話』(ワニブックス)など。
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自由自在に夢を操れる!?「明晰夢」の正体とは
――さっそくですが、「明晰夢」とはどのような夢を指すのでしょうか。
明晰夢は、夢を見ているときに「自分はいま夢を見ている」と自覚しながら見る夢のことです。明晰夢を見る人の中には、「これは夢だ」と自覚しながら、その夢の内容を自由自在にコントロールできる人もいるんですよ。
――コントロールまでできる人もいるとは驚きました。明晰夢の背景には、どのような体のメカニズムがあるのでしょうか。
まずは、夢を見るメカニズムからご説明しますね。「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」という言葉を聞いたことがあるでしょうか? 人間の睡眠を、寝ているときの脳と身体の状態から二種類に大別したものです。レム睡眠は、脳はしっかり覚醒しているけれど、身体はぐったりとしている状態で、動くのは眼球だけです。脳は眠りが浅く、身体は眠りが深いという逆説的な状態になっているので、別名「逆説睡眠」とも呼ばれます。一方、ノンレム睡眠は、脳と身体の眠りの深さが一致している睡眠です。まどろみのような浅い睡眠の「ステージ1」「ステージ2」から、呼びかけてもなかなか目覚めない深い睡眠の「ステージ3」「ステージ4」まで、4つの段階に分けられます。
私たちは一晩に3つから5つほどの夢を見ると言われますが、それらのほとんどが、脳が活発に起きているレム睡眠のときに見るものです。中でも明晰夢は、脳の覚醒レベルが非常に高い状態の時に見られます。場合によっては、起きているときよりもはっきりしているような脳の覚醒状態のときもあるほどです。
――「明晰夢を見ている睡眠者とコミュニケーションができる」という実験結果もあるそうですね。
確かに海外の研究ではそういった実験結果も公表されています。しかし、コミュニケーションといっても口頭での会話ではありません。脳は活発に起きていますが身体は不活動で、眼球しか動かない状態だからです。「明晰夢が始まったら教えてください」という指示に対して、目をぎゅっとつぶるなどの動作でサインを出したり、「1+3は?」という問いかけに対して、瞬きなどの眼球運動で「4」と回答したり……といった実験結果になります。
意識するだけで見られるかも? 明晰夢を見る方法を伝授!
――さて、ここからが本題ですが、明晰夢は誰でも見られるのでしょうか。
明晰夢に限らず、夢は非常に個人差が多い分野です。そのため、誰でもとは言い切れませんが、私が2022年度に担当した「夢と睡眠の心理学」の履修者約400人を調査したところ、「これは夢だ」と自覚して夢を楽しむ段階まではほとんどの学生が達しています。ただし、夢のストーリーを巻き戻したり、筋書を変えたりするような自在のコントロールができたのはわずか2人でした。
――400人中2人とは、夢を自由自在に操れる人はかなり少数だと分かりますね。実際に明晰夢を見るためには、どういった行動が必要になるのでしょうか。
ひとつには、「MILD法」(Mnemonic Induction of Lucid Dreams)という方法があります。これは1980年にスティーヴン・ラバージ博士が提唱した方法で、記憶を誘導することによって明晰夢を見るという手法です。具体的には、事前のイメージ・リハーサルと、「リアリティチェック」の習慣化を行います。
――イメージ・リハーサルとは、どのようなことを行うのでしょうか。
眠る直前に、見たい夢を具体的にイメージしてみてください。関連するキーワードを書き出してみたり、イラストを描いたりしてみましょう。また、夢に登場する「素材」の多くは、当日または前日に体験したことからの連想から引き出された記憶なので、夢の中で行きたいコンサートがある場合は寝る前にその曲を聴いたり、行きたい場所があるならその風景写真を枕元に飾ったりするのもおすすめです。
――寝るのが楽しくなりそうですね。次に、「リアリティチェック」の習慣化とはどのようなものでしょうか。
リアリティチェックとは、今自分のいる環境が夢か現実かを判断するものです。判断基準には、身の回りの事象を用います。例えば、時計の針がゆっくりと進むなら現実で、全く動かなかったり、異常なスピードで針が進んだり、反対向きに回ったりするなら夢、とあらかじめ自分で決めておくのです。
他にも、自分の手のひらを片方の手の指で押したときに圧や痛みを感じるなら現実、痛みを感じない、または指が手のひらを貫通するなら夢とする判断もよく使われます。夢だと判断できる事象を確認できたときは、夢が自覚できたことになり、つまり明晰夢が見られる段階になったということです。「これは夢か? 現実か?」という疑問を自分に問いかけ、その都度判断する癖を付けると、明晰夢を見る確率が高まりますね。
――想像していたよりも簡単な行動で驚きました!
単純な行動ですが、継続することで大きな効果が生まれますよ。また、明晰夢を見るための方法として、WBTB法(Wake Back To Bed)というものもあります。要するに「二度寝」「三度寝」で、一度覚醒してまたすぐに再入眠する方法です。一度起きたときに先ほど見た夢を思い出し、それを反芻しながら「さて、続きはどうしようか……」と想像しながら寝ると、明晰夢になりやすいのです。覚醒によって脳の動きを良くして、見た夢を振り返りながらイメージ・リハーサルとともに再入眠するのがポイントです。
その他の方法もありますが、何よりも大切なのは、睡眠そのものを整えることです。最適な環境でしっかりと睡眠時間を確保すれば、レム睡眠の回数が多くなり、夢を見るチャンスが増えます。
――日本人の睡眠時間の少なさは、社会問題にもなっていますね。目安として、どれくらい眠ればいいのでしょうか?
6~9時間ほどの中で自分にとって必要な睡眠時間をとるようにしましょう。昼間に眠気がなく、日中やりたいことができていることが目安です。また、睡眠の質を高めるための工夫として、寝る1時間前からブルーライトを見ないようにしたり、リラックスできる香りをかいだりするのもおすすめです。また、最近は睡眠の質を上げる飲料や食品も簡単に手に入るので取り入れてみても良いかもしれません。自分が心地よく入眠できるためのルーティンを見つけてみてください。
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「夢と現実は地続き」。明晰夢との上手な付き合い方
――明晰夢には、「見ることができない」「見ることができる」「コントロールできる」というように段階があるそうですが、個人差が大きいのでしょうか。
その通りです。明晰夢を見る人の中でも、その度合いに大きなグラデーションがあります。この「明晰夢の個人差」の類型化・階層化が、私が取り組みたいと考えている研究のメインテーマです。
例えば、夢をコントロールできる人は悪夢を見始めるとその筋書きを変えるそうなのですが、その変え方には個人差があります。怪獣やお化けなど恐ろしいものが追いかけてきたときに、戦う人もいれば、その対象と仲良くなる人、自分の気持ちや考えを主張する人など様々です。こうした悪夢への対処法が、その人の現実のストレス対処法と関連があるのではないかと考え、現在は小学生や大学生、カナダの大学生と日本の大学生の違いなどを研究しているところです。
さらに、「見よう」と思って見る明晰夢の内容にも個人差があります。空を飛んだり、人間にはありえないスピードで走ったり、といった夢でしかできないことを楽しむ人もいれば、夢の中で就職活動の面接のやりとりをシミュレーションするなど、現実的な課題の練習に取り組む人もいます。
――夢の中で未来のシミュレーションができるとはすごいですね。夢を自在にコントロールできるというのはまさに夢のような話ですが、デメリットもありそうです。
毎晩見たい夢を見ることができたら、とても楽しいですよね。しかし、楽しいからこそ、付き合い方は注意する必要があります。夢の世界が楽しすぎるあまり、仕事や勉強をせずに家に引きこもり、ずっと明晰夢の世界に没頭してしまう……というケースもあるようです。本来、現実と夢は地続きのものです。現実が良くなれば夢も良くなりますが、夢だけに夢中になっていては、現実は良くなりません。
――確かに、バランスには注意しないといけませんね。明晰夢との付き合い方について、先生のお考えを聞かせていただけますか。
夢の中で、現実につながる解決策を見いだしたり、現実のモチベーションになるようなワクワクする体験をしたり……といった活用法がおすすめですね。私は、夢の中でよく好きな食べ物や飲み物を楽しみます。筋書きをコントロールするわけではないのですが、夢に登場するものを夢だと気づきながらも「おいしい」とじっくり味わうのです。まるで楽しみにしていた映画を観るときのような気持ちで眠りにつき、とても幸せな気持ちで目が覚めます。
また、筋書きをコントロールできることは、自己効力感の強化にもつながります。悪夢で始まったとしても、結果的に悪夢ではない終わり方にできるなどの経験が積み重なっていくと、自信を持って様々なことにチャレンジする行動につながるのではないでしょうか。
夢の時間が楽しくなると日々の睡眠が彩られ、朝のスタートが一段と素敵なものになります。明晰夢をうまく活用して、現実の自分を高めてくれるような夢の時間を満喫してください。