INDEX

  1. 微生物の持つ力とは?
  2. 乳酸菌のはたらきと摂取によるメリット
  3. 乳酸菌を摂取するデメリットはない。「摂りすぎ」を気にせずに向き合おう

INTERVIEWEE

三浦 健

MIURA Takeshi

東洋大学 生命科学部応用生物科学科 准教授
博士(工学)。専門分野は、極限環境微生物学、応用微生物学。未利用バイオマス分解酵素生産菌などの有用微生物の発見・応用や、地殻内・深海における有用な極限環境微生物の探索に関する研究を行う。著書に『海底下深部堆積物中の好気性細菌が産生する酵素』(共著)(月刊バイオインダストリー)など。 
 

微生物の持つ力とは?



――まずは、微生物について教えてください。微生物とはどのような生物なのでしょうか。

一般的には、目に見えない小さな生物をまとめて微生物と呼んでいます。その範囲は広く、電子顕微鏡でなければ見ることのできないようなウイルスや細菌、酵母、カビなどを指しますね。

――先生は、その微生物に関連してどのような研究をされているのでしょうか。

自然界から有用な微生物を発見することをテーマに、さまざまな研究に取り組んでいます。微生物は土の中や水中、果物や野菜、そして私たちの体内にも数多く生存しているのですが、その中でも、極限環境にいる微生物や、乳酸菌と酵母の発見と応用研究を進めているところです。

――極限環境とは、どのような環境を指すのでしょうか。

例えば、100℃の場所や深海、地殻など、人間が生きることのできない場所を指します。極限環境微生物の一つとして、今私が注目しているのが培養することが難しい「難培養微生物」であるアンモニアを取り除くための硝化菌です。この硝化菌は、水をきれいにするという特徴があるため、食品や環境に対して応用できないかと考えながら研究しています。

――菌や微生物というと、一見すると悪いイメージを持っていましたが、水をきれいにする働きがある菌もいるとは驚きました。

「ばい菌」「抗菌」といった言葉から、微生物はどうしても悪い印象を持たれがちですが、硝化菌のように環境をきれいにしたり、乳酸菌のように体の調子を整えたり、食品に新たな機能を付与したりと、私たちにとって良い働きをしてくれる微生物もたくさん存在します。

また、地球上に存在する微生物の99%はいまだ発見されておらず、どういう性質を持っているのかも解明しきれていません。現在私たちが向き合っている微生物はこの世の1%にしか満たないと考えると、この分野にはまだまだ未知の世界が広がっているため、研究を通じて微生物を発見・応用していきたいと考えています。

天文学の分野では、新しい惑星を見つけた場合に発見者が名前をつけることができますよね。実は、微生物においても発見者が名づけることができるのです。東洋大学生命科学部の初代学部長である掘越弘毅先生が発見された微生物には、「ホリコシアイ」という名前がついています。興味深い性質を持った新しい微生物を発見して、「トウヨウダイアイ」と名付けることを目標に、研究室では多角的な視点で分析を続けています。
    

乳酸菌のはたらきと摂取によるメリット



――体の調子を整える性質を持つ微生物もいるとのことですが、先生の研究対象でもある「乳酸菌」について、詳しく教えていただけますか。

乳酸菌は、私たちの生活においてもかなり浸透してきた微生物の一つではないでしょうか。乳酸菌とは、炭水化物などの糖を消費して乳酸を生み出す細菌のことを指します。腸内に住む細菌のバランスを整えることで健康にも大きく貢献しています。近年の研究では、免疫機能の向上や、中性脂肪や血中コレステロール値の低下といったはたらきを持つことも解明されてきました。そうした研究成果をもとに、乳酸菌は腸内細菌のバランスを改善し、健康に良い影響を与える微生物である「プロバイオティクス」として最近は大きく注目されています。

――スーパーへ買い物に行くと、「整腸作用」「免疫力アップ」などとパッケージに書かれたヨーグルト等を見かけますね。

そのようなヨーグルトは「機能性ヨーグルト」といって、特定の効果を示す乳酸菌をヨーグルトに含んだ商品ですね。多くの乳酸菌とその働きが分かってきたからこそ、多種多様なヨーグルトが開発されているのです。

ヨーグルトだけでなく、乳酸菌を手軽に摂取できるサプリメントも開発されています。実は、死んでしまった乳酸菌も、腸まで届けば腸に生存する微生物の餌となり、微生物の働きを活性化させる効果を持っています。そのため、乾燥して死んだ乳酸菌でもサプリメントとして摂取することは、腸内環境を整えるために有効なんですよ。

――乳酸菌が「プロバイオティクス」として注目されたり、機能性ヨーグルトが開発されたりしているのは2010年代からという印象があるのですが、それ以前の人々はどのようにして乳酸菌を摂取していたのでしょうか。

乳酸菌は「乳」という漢字があることから乳製品にあると考えてしまいますが、決して乳製品だけに含まれている微生物ではありません。かつては漬物や味噌といった食品や調味料から乳酸菌を摂取していました。実は私たちの食生活と乳酸菌は、古くから強く結びついていたのです。また、ヨーロッパではヨーグルトは古代から存在しますし、チーズも主食として多くの人々が親しんでいた食品です。食事という観点で密接に関わっていたからこそ、その食品の性質やもたらされる効果が注目、研究されはじめたのかもしれませんね。

――こうした乳製品を摂取すると、なぜ健康につながるのでしょうか。

近年では「腸活」という言葉が注目されているように、腸は健康のキーになると考えています。腸の状態と脳の働きには関わりがあるという「脳腸相関」など、腸が健康であれば、身体全体に良い影響を及ぼすとされています。

私たちの腸は体に良い働きをする「善玉菌」、体に悪い働きをする「悪玉菌」、どちらにも属さない「日和見菌(ひよりみきん)」という3種類の菌が生息しています。腸内の善玉菌(ビフィズス菌等)は年齢とともに減少し、悪玉菌(ウェルシュ菌等)が増加していくため、食事等から善玉菌を取り入れて増やしてあげる必要があります。善玉菌には、整腸作用があるもの、ストレス軽減に効果があるものなど、さまざまな効果を持つ種類があります。

その腸内の菌の生息状態は、顕微鏡で見たときに花畑のように見えることから「腸内フローラ」と呼ばれるようになりました。一人ひとりの顔や性格が異なるように、腸内フローラの様相も人それぞれです。また、年齢や生活習慣、その時点のストレスや気分によっても状態は常に変化します。

そのため、自らの腸内フローラに適した食品は人それぞれ異なるのです。摂取してみないと自分の身体に合うのか合わないのかは分からないのですが、中性脂肪値や血圧値が下がったり、お通じが良くなったり…。そうした効果を感じられる、「自分に適した乳酸菌」を日々の生活の中で探してもらいたいですね。また、昨日まで適していて効果を感じていたものが効果を感じなくなってきたり、便秘や下痢を引き起こしたりする可能性もあります。自分の身体と向き合いながら、乳酸菌のメリットを生活の中に取り入れてもらえればと思います。
   

乳酸菌を摂取するデメリットはない。「摂りすぎ」を気にせずに向き合おう



――乳酸菌を摂取するメリットについてお話しいただきましたが、こうした微生物を食品で体内に取り入れることによるデメリットはあるのでしょうか。

これまで乳酸菌に関して研究をする中でデメリットを探してきたのですが、ほとんど見つかっていません。日頃の生活で摂取する分には、悪影響はないと言えるでしょう。私たちの生活をより健康に、そして豊かにしてくれますから、積極的に摂取してもらえればと思います。

一つだけ気を付けるとすれば、微生物が体内に入ってしまう悪いケースとして挙げられる食中毒です。
黄色ブドウ球菌やO-111、O-157といった大腸菌は「病原大腸菌」といって、口から体内に取り込むことで食中毒の症状である下痢などが発生します。生肉やサラダ、井戸水などから感染するケースが多いため、それらを摂取するときには食中毒の危険性を十分に理解し、気を付けてもらえればと思います。

――最後に、研究に対する先生の思いを聞かせてください。

私が研究を行う上で、大事にしている言葉が二つあります。
一つは、2015年にノーベル生理学医学賞を受賞された大村智さん(北里大学特別栄誉教授)の「私の仕事は微生物の力を借りているだけ。私自身が偉いものを考えたり、難しいことをやったりしたわけでもありません」という言葉です。

もう一つは、先ほどお話しした掘越先生の言葉で、「セレンディピティ、つまり偶発的なものや突然の出会いを大事にしろ」。

どちらの言葉も微生物の持つ働きや、それによってもたらされる無限の可能性を信じ、未来に貢献しなくてはならないと奮い立たせてくれます。この言葉を胸に、乳酸菌や酵母をはじめ微生物が持つ未知の能力を解明し、微生物が良いイメージを持ってもらえるよう「微生物をヒーローにする!」をモットーに、社会に向けて発信していきたいですね。
  

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