
東洋大学 経営学部会計ファイナンス学科 准教授
博士(経営学)。専門分野:保険(モラルハザード、逆選択)・ビジネス、制度や新潮流(DeFi、P2P)、リスクと量子論的意思決定、リスクマネジメント(サイバー等)。東京海上日動火災保険株式会社、BlackRock、東海東京フィナンシャル・ホールディングス株式会社兼オールニッポン・アセットマネジメント株式会社を経て、2023年4月より現職。著書に『動的資産配分の投資理論と応用』(中央経済社)など。
「投資をした方がいいと聞くけれど、不安」。初心者にこそ知ってほしい金融リテラシー

――まず、先生のご研究内容について教えてください。
主に、保険や資産運用に関する研究をしています。その中でも、今回は「リスクと意思決定」について少し詳しくお話しましょう。リスクを適切に評価するには、計量化、つまり数値に置き換えて考えることが不可欠です。例えば、行政が「十分な老後資金を準備しましょう」と呼びかけるだけでは、どれくらいの金額が必要なのか分かりません。そのため、「2000万円」などの具体的な数字を提示することが重要となります。この数値を導き出すための計量化モデルを、さまざまな観点から研究しています。一方で、計量化された数値の受け取り方は人それぞれです。2000万円を「多い」と感じるか、「少ない」と感じるかは、個人の価値観や経済状況によって異なるでしょう。保険プランや金融商品の選び方も同様に、個人の価値観に大きく左右されます。こうした人の意思決定のメカニズムを理論的に解明することも、私の研究テーマの一つです。
また、近年のIT技術の進歩は、資産運用にも大きな影響を及ぼしています。インターネット上で気軽に財務情報を入手できたり、ビッグデータを活用して投資の判断材料を得たりすることも可能になりました。情報量が爆発的に増えたことで投資の手法やスピード感が大きく変化しています。こうした変化に対応するべく、DXやサイバーリスク、SNS、AI、暗号資産など最新のトピックスについても研究を進めています。
東洋大学で教鞭をとる前は、日系の保険会社や外資系の資産運用会社で勤務していました。長年培ってきた実務経験を活かし、教育にも力を入れています。寄附講座では、金融リテラシーに関する講義を担当し、専門では損害保険論や生命保険論、年金論、ファイナンス論などを教えています。また、ゼミも運営しており、今年は初めての卒業生を輩出しました。彼らが金融機関や不動産、ITなど幅広い分野で活躍してくれることを期待しています。
――近年、投資や資産形成の重要性が高まっていますが、その背景には何があるのでしょうか?
日本では長らく、預貯金が主流とされてきました。銀行や保険会社が資金を集め、それを重工業などの企業に融資することで、戦後の経済発展を支えてきたのです。一方、アメリカでは個人が積極的に株式投資を行い、企業の成長とともに株価が上昇。企業と株主の双方にインセンティブが生まれ、経済が発展してきました。過去30年を比較すると、日経平均が2倍になったのに対して、米国ダウ指数やS&P500指数(米国の代表的な株価指数)はそれぞれ11倍、50倍に成長しています。この成功例を参考に、日本でも経済活性化を目指して、政府が「貯蓄から投資へ」のシフトを推進。また、「資産所得倍増計画」が掲げられ、新NISA制度の導入など、個人の投資を促す取り組みが進められました。投資が活発化すれば、資金を必要とする企業にお金が集まり、成功の可能性が高い企業の選別が進み、さらには起業のハードルも下がるなど、経済全体に好循環をもたらすことが期待されています。
もちろん、投資にはリスクが伴い、損失を抱える可能性があることを理解する必要があります。しかし、日本や米国などの株価は長期的に上昇傾向にあり、今後もこの流れが続くと考えられるため、投資をしないのは機会損失とも言えるでしょう。一般の方は、これまでは証券会社の窓口などを通じた投資商品選びが一般的でしたが、NISAやiDeCoといった制度やネット証券の普及により、個人が商品選定から投資まで直接行う機会が増えています。しかし、日本では投資に関する教育制度が十分に整備されておらず、知識不足から不安を感じる人も少なくありません。特にSNS等には悪意を持って人を騙そうとする情報があふれており、金融リテラシーがないまま投資を始めるのは非常にリスクが高いと言えます。
投資において、私は「型」と「型破り」が重要だと考えています。まずは「型」(=金融リテラシー)をしっかりと学びましょう。膨大なビッグデータがあったとしても、経済や金融の基礎知識がなければ、それをうまく活用できません。また、詐欺を仕掛ける人は「型」を前提に手口を考えているため、騙されないためにもリテラシーを身に付けることが大切なのです。2022年4月から高校で投資に関する授業が必修化されるなど、日本でも少しずつ金融リテラシーを学ぶ環境が整いつつあります。しかし、投資の世界では、他者と同じことをしているだけでは大きな利益を上げることができません。身に付けた知識をもとに自ら判断し、“型を破る”ことで、新たなチャンスをつかめるのです。
選択肢が広がる投資先。多様な投資対象、注目の制度をわかりやすく解説

――主な投資の種類には、どのようなものがありますか?
代表的な金融商品として、預貯金・株式・債券・不動産(REIT)が挙げられます。これらは金融商品取引法に基づき、投資家保護の制度が整えられているため、投資環境としては安心感がありますね。また、個別の株式や債券ではなく、指標やテーマをもとに詰め合わせた「投資信託」もあります。個別株式は、ものにより取引のための最低必要金額が高額であるなどの制約がありますが、投資信託は1万円程度の少額から積み立てられるものが多いのが特徴です。
他には、暗号資産なども投資の対象といえます。ただ、暗号資産は投資家保護の制度が不十分で、発展途上の分野です。暗号資産の価値は投資家の信頼に基づいているため、価格変動が激しく、価値の保証もありません。今後、一定のルールが整備されれば、より安全な投資商品として普及する可能性もあります。
対象 | 預貯金 | 株式 | 債券 | 不動産 (REIT) |
投資信託 | 暗号資産 |
内容 | 銀行等が提供 | 株式会社に投資 | 貸付の証券形態 | 不動産等でプロが運用 | 株式等でプロが運用 | ビットコインなど |
メリット | 銀行等倒産以外元本保証、政府預金保険も有り | 高いリターン、株主優遇有り | 中程度リターン | 中・高程度リターン | プロに運用を任せる、1万円程度から投資可能 | 高リターン |
デメリット | リターンは極小 | 高い価格変動、元本損失の場合有り | 中程度リスク、元本損失の場合有り | 中・高程度リスク、元本損失の場合有り | 高い手数料、運用はお任せ | 高リスク、信用度が低い |
――NISAやiDeCoにも注目が集まっています。それぞれの違いは何でしょうか?
NISAとiDeCoは、個人が資産形成しやすくするために設計された制度です。簡単に言うと、NISAは税制優遇を通じて投資を促進する制度、iDeCoは老後資金を形成するための年金制度という違いがあります。NISAのメリットは、売却益や配当に税金がかからない点です。通常、投資で得た値上がり利益には20%の税金がかかりますが、非課税保有限度額(最大1800万円)までであれば、税負担なしで運用できます(※記事公開時点)。また、投資した資金はいつでも自由に引き出せるため、柔軟な運用が可能です。一方、iDeCoは年金制度のため、原則60歳まで引き出せないという制約があります。しかし、様々な税の優遇措置対象となるため、メリットが大きいのが特徴です。
対象 | NISA | iDeCo |
内容 | 株、債券等に投資するための器 | 積立型の年金制度 |
メリット | 売却益課税ゼロ | 掛金、運用益、受給において税制優遇措置有り |
デメリット | 一般の投資に同じ(損失リスクなど) | 原則60歳まで引き出し不可 |
投資先はどう選ぶ?自分に合った資産運用の選び方とは

――さまざまな選択肢がある中で、自分に合った金融商品の選び方を教えてください。
まずは型を学ぶ、即ち、基礎知識を身に付けることが重要です。例えば、投資におけるリスクと期待リターンは相関関係があり、「低リスク・高リターン」は存在しない、といったような「金融の基礎」を学ぶことで、詐欺などの被害にあう可能性を下げられます。そのうえで、型破り、即ち、最終的には自分なりの視点を持ち、主体的に判断することが大切です。SNSで有名人が推奨する銘柄を鵜呑みにするのではなく、「本当にこの株や投資信託が良いのか?」と自分なりの根拠を持つことが、「型を破る」投資につながります。今ではインターネット上に無料で得られる情報がたくさんありますが、有益な情報は有料化される傾向にあります。ただし、「有料=有益」とは限らないため、情報の価値を見極める力も求められます。
――金融の基礎知識はどのように学ぶのが良いでしょうか?
金融の知識を学ぶ方法はいくつかありますが、政府や銀行業界、証券・損保・保険業界などが公開している初心者向けのハンドブックや情報サイトが参考になります。さらに、証券アナリストやファイナンシャルプランナーの資格は、取得しなくても勉強するだけで十分な知識を得ることができますよ。また、投資に関する書籍やインターネット上の情報を閲覧する際は、複数の情報にあたり比較することが有効です。慣れないうちは発信者の意図や文脈をくみ取るのが難しく、時に偏った情報を「唯一の正解」と認識してしまう恐れがあるからです。また、信頼できる金融機関に相談するのも、金融リテラシーを身に付ける方法の一つです。投資を始める際には証券会社で口座を開設しますが、自分で調べながら運用したい人はネット証券、専門家のアドバイスを受けながら進めたい人は対面型の証券会社がおすすめです。
――投資や資産形成に対する考え方は、これからどのように変化していくのでしょうか。
人類の歴史を振り返ると、最初は個人が自ら生活を支える「自助」時代でしたが、やがて集団生活をするようになり、家族や地域でお互いに助け合う「互助」の考え方が広まりました。そして、さらに多くの人々で支え合う保険商品などの「共助」の仕組みが整い、最終的には国家レベルで運営される「公助」(年金制度)で全体を支える制度も加わった形へと発展してきたのです。しかし、近年はNISAをはじめとする制度の導入により、個人の判断で資産形成をする時代になりつつあります。歴史のサイクルが一周し、振出しに戻って新たな「自助」のフェーズに入ったかのようです。これからの時代は、自身に必要な資産や投資額、リスクなどを見極め、かつ入手する情報に対しても冷静な判断をして主体的に資産形成をしていくことが求められるでしょう。