東洋大学 経営学部会計ファイナンス学科 准教授
博士(理学)。専門分野は環境教育であり、光害に関する研究を行う。国際ダークスカイ協会東京支部代表。論文に「父島の夜空の明るさ(2013年調査)」(小笠原研究年報 43 137 - 143 2020年6月)、「岡山県美星町における光害防止の取り組み―経緯・現状・課題」(東洋大学紀要自然科学篇 64 1 - 8 2020年3月)など。「2011 International Dark-Sky Association Annual Awards: Education Award(国際ダークスカイ協会 2011年教育賞)」受賞。
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身近な環境問題「光害(ひかりがい)」を考えよう
研究のはじまりは地方新聞の小さな記事。光害研究は発展途上の学問
――まずは、先生が光害の研究に取り組みはじめたきっかけを教えてください。
元々、大学院生の時からのテーマであった宇宙線物理学の研究に取り組んでいました。その頃は、「光害」と呼ばれる問題があることは知っていましたが、具体的なことはまったく知りませんでしたし、実は幼い頃から星空観察が趣味だった…というわけでもありません。
ただし、環境問題にはずっと関心を抱いていたのです。地球温暖化や生態系変化の問題が声高に叫ばれ始めた2000年代の初め頃、ある地方の新聞で「光害に関する条例の制定を目指しているが、関係者の理解が得られない」という内容の記事を見つけました。その記事を見たときに、光害について興味を持ち始めたのがきっかけです。
――そこから、ご自身で研究を始められたということですね。
当時はまだ日本で光害に関する情報は一般のWebサイトなどにはほとんど掲載されておらず、海外のWebサイトや論文から情報を探し出すことが中心だったので、情報を集めることには本当に苦労しました。
そこで、まずは自分の身近な場所での光害の現状を調べてみようと思い、そのとき暮らしていた鳥取県米子市の街の明るさを照度計という器具を使って調査しました。当時の学生が熱心に調査に協力してくれて、市内2000ヶ所以上で街の明るさを測定したんですよ。
――その調査では、どのような結果が出たのでしょうか。
全体的な傾向としては、街の中心部は非常に明るく、中心部から外れるに従って暗くなるという結果が得られました。当たり前のようにも思えますが、この結果が数値として、定量的に明確になったのは大きな成果でしたね。 また、実際に夜の街を歩き回ることで気付き、強く印象に残ったことは、人通りが多いにも関わらず十分な照明が設置されずに暗い場所もあれば、人がほとんど通らないけれども明るい照明が点灯し続けている場所があるということです。地球温暖化やエネルギー資源の有効活用が叫ばれているにもかかわらず、光の使い方が適切でない状況や、そうした状況に世間の人々があまり違和感を覚えていないことに疑問を持ち、より詳しく研究をすることに決めたのです。
「光害」がもたらす影響と私たちに求められる行動とは
――そもそも、「光害」とはどのような問題なのでしょうか。
過剰あるいは不適切に設置・運用された照明がもたらす悪影響のことを指します。もちろん、照明は私たちの生活に必要不可欠なもので、多大な恩恵をもたらしてくれますが、使い方を誤ると、負の側面が出てくることもあるのです。光害による悪影響にはさまざまなものがありますが、主に、次の4つが挙げられます。
①天体観測への影響
照明を過剰に使用したり、上空に光が漏れ出たりすることで、夜空が明るくなってしまいます。その結果、私たちがきれいな星空を見ることができなくなり、また専門的な天文学の研究にも支障が及んでいます。実際に、小学校の理科の授業で「星空を観察しましょう」という宿題が出されたときに、光害によって星が見つけられずに苦労している、という話も聞きます。そのような状況は、子供たちの自然に対する好奇心や畏敬の念を育む上で好ましいことではありません。
②生態系への影響
地球上に生息する多くの生物が、光に引き寄せられたり、または光を避けたりと、光に対して何らかの反応を示します。そもそも、地球上の生物は、太陽と月による24時間の明るさのリズムの中で進化を遂げ、それぞれの生物に適した身体の仕組みや行動パターンを作り上げてきました。そこに人間によって夜間に人工の光がもたらされたことで、何億年と続いてきたそうしたリズムが急激に崩されてしまったのです。
特に夜行性生物にとっては、明るい時間が増えることで活動できる時間が減り、餌探しに移動できる範囲も狭くなってしまうことは、容易に想像できます。それらの生物にとって、夜が明るくなることは生死にかかわる問題となる可能性があるのです。また、照明の光に虫が集まってくることは、生物の分布が変化することを意味します。その虫と捕食-被食関係にある生物、あるいは花粉媒介者として依存している植物などにも影響が及び、地域の生態系バランスが崩される恐れもあります。他にも、ウミガメや渡り鳥、ホタルなどへの深刻な影響はよく知られています。
③人間への影響
光害は、私たち人間にも影響を及ぼします。それは主に、快適性、安全性、そして人体への影響の3つの側面を持っています。
まず快適性に関しては、例えば、家の前の街灯の光が窓から差し込んで、寝室を一晩中照らし、睡眠の妨害となる、といった状況があります。また、屋外の広告看板が眩しかったり、動きを伴う光だった場合は、たとえ睡眠時でなくても不快さの原因になりえます。また、明るすぎる光が街に溢れていると、景観が崩されてしまい、快適な空間が損なわれるということも考えられるのです。
次に安全性に関してですが、歩行者や運転者の目に強く眩しい光が入ってしまうと、目がくらんで周りが見えなくなり、事故につながる可能性があります。特に近年増えているLEDは、発光部が露出していると非常に眩しいですよね。また、人間の目の順応性も重要なポイントです。視野の中での明るい領域と暗い領域の差が大きいと、目は明るいほうに順応し、暗い領域が見えにくくなってしまいます。少し遠くにある眩しい照明によって、すぐ足元の危険な段差や、暗闇に潜む不審者に気付けない状況が起こり得ます。
最後に、人体への影響について。②の生態系への影響と似ていますが、人間も過剰な光によって体内バランスが崩れてしまう恐れがあります。人間は約24時間サイクルの体内時計を持っていますが、夜に強い光を浴びてしまうとホルモンの分泌リズムが乱され、その結果、睡眠障害をはじめとするさまざまな病気を引き起こすことにつながるのです。PCやスマートフォンなどから多く出ているブルーライトという光の成分は特にその効果が大きく、近年問題となっていますよね。
④エネルギー資源の浪費
過剰・不必要な光の使用は、エネルギーの浪費であることは明らかです。現代社会や家庭内における照明によるエネルギー消費の割合は大きく、電気代の無駄であり、地球温暖化にもつながっているのです。
――具体的に、光害と見なされる基準は設定されているのでしょうか。
今お話ししたように、光害の影響はさまざまです。基準を設定するとしても、対象物として人間、動物、植物、夜空、景観など、さらにパラメータとして光の強さ、量、色、スペクトルなど、多くの事柄が関係しており、簡単なことではありません。特に人体や生態系への影響に関しては、まだまだ研究途上であり、この状況は日本国内だけでなく海外諸国も同様です。また、人による感じ方の違いや、日や時間による違いも大きいということも、難しさの要因の一つです。
――では、私たちはどのように「光害かどうか」を判断し、行動すればよいのでしょうか。
これは光害に限った話ではありませんが、私たちの日頃の行動は、多かれ少なかれ、何らかの形で環境を破壊します。私たちが意識すべきことは、光害をできるだけ抑えるために、本当に必要な照明だけを使うこと。より具体的には、「必要な方向に向けて、必要な量の明るさで、適切な光の色で、必要な時間にだけ点灯する」ということです。つまり、ただ漠然と空間を明るくすることだけを考えるのではなく、本当に必要な明るさを見極め、環境への影響を最小限に抑えるために、無駄な光はできる限りカットすることです。この考え方は、自治体が設置する街灯にも、施設照明にも、皆さんの家庭内にも適用できるはずです。
「光の色」(色温度)を考えることも重要です。最近のLED照明には色温度を変化させられるものが多いですが、朝と昼には、日中の太陽のような白い光(色温度の高い光)を使い、夕方から夜にかけては温かみのある電球色(色温度の低い光)で次第に照度を下げていくと、自然光に近い環境となり、生態系や人体への影響を抑えることができます。
――照明の使い方を少し変えるだけでも、光害になりそうな明かりの問題を低減できそうな気がします。
その通りです。よく誤解されてしまうのですが、光害対策をすると街が暗くなってしまい、危険・不便になるのではないか、という意見があります。生活に必要な明るさを確保することは、大前提です。華やいだ雰囲気を演出することも、照明の大切な役割です。しかしいずれの場合も、人間にとっての利便性と、環境への影響を最小化することのバランスが大切です。
まずは、普段の生活で使用している照明や、日々目にする光が「本当に必要な光なのか」を少しだけ考えてみてください。生活の中では、屋内外を問わず明るいことが良いことだと考えてしまいがちですが、その明るい光が自分の身体や植物、生物、街の景観、そして地球にどのような影響を与えているのかという部分まで意識できていないことが多いのではないでしょうか。必要以上の光を使うことで、さまざまな悪影響が起きていることに目を向け、本当に必要な光について考えることが、私たちには求められています。
光害対策が星空を守り、地域全体を守る
――光害防止の取り組みは、近年多くの地域で活発になっていると聞きました。
星空を観光資源としてPRする動きが活発になってきたことや、環境問題やSDGs(持続可能な開発目標)に対する関心が高まってきたことから、光害対策を推進する自治体は増えていますね。
例えば、2018年3月に沖縄県の石垣市と竹富町にまたがる西表石垣国立公園が、2020年12月には東京都の神津島村が、それぞれ国際ダークスカイ協会による「星空保護区」の認定を受けました。これは、光害の影響のない、暗く美しい夜空を保護するための取り組みを称える制度で、認定には多くの厳しい基準が設けられています。どちらの地域も豊かな自然を保持していることから、この認定は星空のみならず、生態系の保護にも結び付いているのです。
また、同じく星空保護区の認定を目指している岡山県井原市美星町が、町内に設置する光害対策用の照明器具を企業と開発したことが注目を集めています。開発された照明は、住民の生活に必要な明るさを確保しつつ、夜空に光を漏らさない設計で、まさに「街の安心も星空も守る」明かりになっています。研究者として、こうした光害を防ぐ動きが各地域や企業で活発になることは非常に嬉しいことで、今後全国へと広がりを見せていってほしいと思っています。
光害対策は、照明に溢れた大都市においても、満天の星空や自然のままの暗闇が残されている農村部においても、それぞれ重要な意味・必要性があります。人々が暮らし、夜に照明を設置する以上、どのような環境であれ、光害が発生し得るのです。まだまだ国内では認知が広がっていませんが、誰にとっても身近な問題であり、一人一人の意識が重要な意味を持ちます。光害対策が進んでいるフランスやスロベニアでは、すでに光害に関する法律が制定されています。これからは他の公害問題と同様に、光害への対策が必須となる社会になっていくでしょう。日本でも高い意識を持って光害に向き合ってもらいたいです。