INDEX

  1. 骨格標本は、未来へ残す「動物たちが生きていた証」
  2. 骨格標本はどうやって作られる?動画で徹底解説
  3. デジタル社会で、「骨」として残していく意義とは

INTERVIEWEE

郡司 芽久

GUNJI Megu

東洋大学 生命科学部生命科学科 助教
博士(農学)。専門分野は、解剖学、形態学。国立科学博物館動物研究部 脊椎動物研究グループ日本学術振興会特別研究員、筑波大学システム情報系研究員を経て、2021年より現職。キリンをはじめとする中・大型の哺乳類や鳥類の身体の構造について、解剖学の視点から研究に取り組んでいる。著書に『キリン解剖記』(ナツメ社)『キリンのひづめ、ヒトの指:比べてわかる生き物の進化』(NHK出版)など。
   

    

骨格標本は、未来へ残す「動物たちが生きていた証」

   
――まずは、骨格標本が作られる理由について教えてください。

骨格標本は、博物館などで一度は見たことがあるという方が多いと思います。実は、骨格標本は展示のためだけではなく、学者たちの研究に活用するためにも作られているものなんです。

さまざまな理由で亡くなってしまった動物の遺体を100年、200年と長い年月を経ても残すために、骨格標本という形式に変換していきます。複数の年代や地域に採取された標本があることで、例えば動物の生息分布や「この数百年の期間に姿を変えている」という経過が記録として追跡でき、研究者が自身の研究に生かすことができるのです。

私の場合は、動物園で飼育されていた動物の遺体を「献体」として提供してもらい、解剖や骨格標本の作製を行うことが多いですね。野生の動物ではなく、動物園にいた動物だからこそわかることもあります。例えば、その動物園でどんな動物がどのくらいの期間飼育されていたのかということ。動物園で育つ動物の身体のサイズも、標本を見ていくと分かりますね。他にも、飼育によって起きた怪我の有無も解剖しながら確認していきます。

作製された骨格標本は、最終的に博物館や大学等の所有物となりますが、収蔵するときには筋肉から採取したDNAのサンプルも一緒に渡します。DNAのサンプルがあることで、その動物が生きていた証を未来にわたって残していくと同時に、未来の研究者や一般市民が命の変遷を辿れるようにしているんですよ。

——動物が生きていた証を伝え、未来の研究で応用してもらうために、骨格標本が作られるということですね。

研究に活用する以外でも、骨格標本を作製する過程で得られた情報が役立つ場面があります。例えば、今生きている個体が怪我をしてしまった時、レントゲン画像から診断をするために、同じくらいの年齢・体格の個体の骨格標本が参照されたことがあります。動物園の獣医さんは、さまざまな動物の診察・診断を行う必要がありますが、あらゆる動物の体の構造について勉強してきているわけではありません。骨格標本と見比べることで、どの部分に異常があるのか、骨折しているとしたらどこがどんな風に折れているのか、をより正確に判断できるようになります。

また、キリンは足先のひづめが伸びてしまうと、うまく歩けなくなり、足先や膝、股関節に障害がでることがあります。ひづめを適切な状態に維持するために、いくつかの動物園では、キリンをトレーニングして「つめきり」をしているのですが、過去に集められた標本を観察して「どれくらいひづめを削ればいいのか」を決めたこともあります。骨格標本の作製によって情報を残すことで、研究者だけではなく動物園の人たちにも役立つことがあるんです。

——動物園の飼育にも、骨格標本の作製が役立てられているんですね。郡司先生ご自身も多くの標本製作に関わってきたと思いますが、印象に残っている出来事はありますか。

長年、井の頭動物公園で飼育され、2016年に亡くなった、アジアゾウの「はな子」が印象的ですね。子どもの頃から何度も足を運んでいた動物園で、しかも何度も見に行っていた動物の個体の献体に携わるというのは、複雑な想いでした。当然のことではあるのですが、「生きているものは、いつか必ず死んでしまう」という命の尊さを強く実感したのも、このときです。現在はな子の骨格標本は、茨城県つくば市にある国立科学博物館の研究施設に収められています。
   

骨格標本はどうやって作られる?動画で徹底解説

——それでは、骨格標本を作製する際の手順について、教えてください。

献体は、動物園等の施設から送られてくる場合と、こちらから引き取りにいく場合の二通りがあります。骨格標本にしていくには、まずは解剖して筋肉や腱、柔らかい組織などを取っていきます。大学では限られたスペースで解剖や骨格標本の作成を行っているので、全身を一度に標本にするのは難しく、前脚、後脚などのパーツごとに作業を進めています。

ある程度の筋肉などが取れたら、次は40度から50度のお湯の中に入れて2週間程度煮ていきます。長い期間煮ていくことで、手作業では取り切れない骨の中の脂や水なども出すことができるんです。煮込んだあとに乾かせば、皆さんも見たことがある骨格標本として完成します。

【動画】『キリン博士が徹底解説!骨格標本をつくる舞台裏に潜入』

——骨格標本を作る上で、煮込む工程があることに驚きました。先ほどお話いただいたアジアゾウのはな子など、大きな動物のときはどうしているのですか。

私が大学時代に在籍していた研究所では、高さが2メートル、幅と奥行きが1メートルの巨大鍋がありました。大人のキリンが一頭入る大きさで、小分けにしなくても一回で骨格標本にすることができたんです。さすがにゾウは一回では難しく、骨盤、足、頭…といったように、何回かに分割して製作していました。

また、ゾウなどの大きな動物は、煮るのではなく地面に埋めて、時間が経ったら掘り起こすという方法をとることもあります。土の中の微生物が肉の部分を分解してくれるからです。ただし、土の性質によってはpH(水素イオン指数)との相性の関係で骨がボロボロになってしまったり、小さな骨がなくなってしまうといったリスクもあります。そのため、煮たほうがよりきれいな骨格標本が出来上がるのです。

——多様な作製方法があるんですね。骨格標本は、私たちが自宅で作製できるものでしょうか。

できます。骨格標本を作製する対象としては豚足や牛のテール、鶏の手羽先などがおすすめです。これらの肉を購入後、食した後に残る骨を用います。方法は、キリンの骨格標本と基本的に同じですが、煮る方法ですと時間がかかり独特の臭いが出てしまいます。お子さんと一緒に作製する場合は取り扱いに注意が必要ですが、パイプユニッシュや入歯洗浄剤等のタンパク質を除去する洗剤を用いる方法であればそこまで時間がかかりませんし、臭いもある程度は抑えられます。他にも土に埋める方法や、川や海水に浸しておく方法もあります。お子さんの自由研究として、一緒に様々な方法で試してみるのも面白いと思います。ぜひご自宅で試してみてください。
    

デジタル社会で、「骨」として残していく意義とは



——さまざまな工程を経て、やっと一つの骨格標本が出来上がるのですね。

決して簡単な作業ではありませんが、「いつか誰かの研究に役立つかもしれない」と考えると、とても大事なことをやっているのだという思いになりますね。

海外のある博物館では、「都市化」をキーワードに骨格標本を使って研究が進んだケースがあります。人間の進化とともに、地球上の多くの地域では都市化が進んでおり、その影響は動物たちの環境にも及んでいます。元々は自然界で餌を摂取していた動物が、人間の食べ残しを食べるようになっていたりするのですが、食事の摂取方法や栄養素の変化によって「同じ種類の動物でも違いがあるのでは?」と考えた学者がいたのです。そこで、作製年代が異なる骨格標本を使って調べたところ、わずかではありますが、動物の身体の構造に変化が生まれていたことを見出しました。都市化と並行する年代の標本があったからこそ、できた発見ですよね。

また、動物の保護政策を決める上で、骨格標本が役立つこともあります。絶滅危惧種の保護を行う上で、遺伝子の多様性を守ることはとても重要です。遺伝的に多様な個性をもっていると、環境の変化や病気に対する抵抗力にも幅が出て、絶滅を回避できる可能性が高まります。しかし、絶滅に瀕する動物の場合、個体数の少なさゆえに、兄弟やいとこのような近親個体同士で繁殖を行い、遺伝的な多様性が減ってしまうことがあります。その結果、妊娠率の低下や病弱な個体の増加を招き、さらなる個体数の減少へとつながることも十分に考えられます。

ただし、「個体数が減った結果、遺伝子の多様性が減った」のか「遺伝子の多様性が低かったため、個体数が一気に減った」のかを判断するのは意外と難しいことです。近年では、遺伝的な多様性を調べる方法が確立されましたが、以前はそういったことを調べることができなかったからです。

そこで、いくつかの研究では、博物館に残っていた標本を用いて過去の集団の遺伝的多様性を調べ、個体数が減少する前の状況を理解しようとする試みが行われています。たとえば、カリフォルニアの限られた地域に生息する小型齧歯類のカンガルーラットは、遺伝的な多様性が著しく低い絶滅危惧種ですが、博物館資料の調査の結果、個体数が多いときから遺伝子の多様性が低い集団だったと分かり、保護政策の方向性の見直しが提案されたそうです。これも、古い年代の標本がなければわからなかったことですよね。

——郡司先生が作製に関わった骨格標本も、将来の研究者の偉大な発見に一役買うかもしれませんね。最後に、郡司先生が考える骨格標本の意義や役割についてもお聞かせいただけますか。

正直に申し上げると、骨格標本として残していくことにどれほどの意味があるのかは、未来にならないとわかりません。ただ、世の中の傾向として、さまざまなものがバーチャルに切り替わっていますが、実物をバーチャルにする過程において抜け落ちてしまう情報も必ずあると思いますし、データ量の都合や技術の不足などが原因で、そもそもデータ化することが難しいものもあるでしょう。そのため、多くのものがバーチャル空間に存在するようになった現代で、骨格標本という「実物」が存在していることの意義は非常に大きいのではないでしょうか。

また、現状では、大型動物の葬儀を請け負う業者は存在していません。仮に存在していたとしても、火葬費用や遺体の必要な処理にかかる費用のすべてを動物園が負担することは難しいでしょう。そうした背景に鑑みても、動物の遺体を引き取り、骨格標本として昇華することは、動物園の現場で働く人たちの負担を軽減する役割もあると思っています。たとえデジタル化が進んだとしても、骨格標本製作が持つ意義は未来にも引き継いでいきたいですね。
    

この記事をSNSでシェアする