東洋大学 社会学部 社会心理学科 教授
臨床心理士として活躍し、江戸川大学教授、放送大学大学院客員教授などを歴任。2015年、東洋大学社会学部社会心理学科着任。2000年より集英社imidasの心理学項目を執筆している。
夢は記憶が整理されるプロセスで生まれる、「ドキュメンタリー映画」!?
画像:東洋大学社会学部社会心理学科教授、松田英子先生
―早速ですが、夢とは一体何なのでしょうか?
「睡眠中の脳は、その人が今まで見聞きした情報を、整理しています。 脳の中にはライブラリーがあって、その人の記憶を『家族』、『友達』、『小学校時代』、『高校時代』、『恋愛』などのジャンル別に整理しています。
そのジャンル分けされたライブラリーに貯蔵された記憶を引っ張り出したりまとめたりするんですが、その過程を脳の中で再生しているのが夢なんですよ。 現時点の科学技術では、夢は自分だけが見ることのできる、『個人的なドキュメンタリー映画』と言ったら分かりやすいかもしれませんね。」
―ということは、自分が見聞きしたこと・体験したことが断片的に出てくるということですね。 では、自分の体験以外のことは夢に出てこないのですか?
「そうですね。睡眠環境から取り込まれた刺激以外は。基本的に、体験したこと、目にしたものが断片的に表れて、脳の中でストーリーとして作られていったものが夢なので。 ただ、子どもの頃は外部刺激…例えば絵本や漫画、テレビなどに、夢の内容が左右されやすいという傾向はあります。実際に体験していないことでも映像で観ていたり、想像したことがあったりすると、それらを組み合わせたものが夢になることがあるのです。
そういった夢を見て、『自分が体験していないこと、現実では起こりえないことが夢に出てきた』と思うのでしょうね。」
—「子供の頃は」ということは、大人になるとより現実的な夢を見るようになるということでしょうか?
「下の表は、最近見た夢に関する調査をした際の頻出語を年代別に多いものから順に表したものです。 高齢者は『旅行』『仕事』『トイレ』『母』、大学生は『友達・友人』『遊ぶ』『サークル』、高校生は『友達』『学校』『クラス』『部活動』など、どの年代でも自分の生活史上、密接に関わっている言葉が多く見られました。 こうした結果が出るということは、自我がはっきりした高校生以上になると、やはり自分の体験をもとに、より日常に近い夢を見ているということになります。」
画像:最近みた夢の特徴語の発達差比較
—とくに昔の人は「夢のお告げ」という言葉を使っていましたし、現代でも「夢占い」という言葉があります。 しかし、未来について夢が教えてくれるということはないのですね。
「『お告げ』のように、どこからかメッセージがやってくるということはないですね。 でも、『心の中で反芻して想像している未来』が夢に出てくることはあります。 そして、その夢(もとは自分の想像)がたまたま現実と一致することもあるんですよ。 ちょっと夢のない話かもしれませんが、夢が現実になった時、人は『夢が本当になった!』という印象を受け、よく覚えているものなんです。でも、外れた時の夢は印象に残らないので、忘れてしまっていることが多いんですよ。」
—では「夢のお告げ」とは、たまたま現実になった夢(自分の予想)を、都合よく解釈しているだけなんですね。
「これはロシアの研究なんですけど、ある消防署で、当直の隊員が火事が起きる夢を見ると本当に火事が起きるという、いわゆる『予知夢』が話題になったんです。 それで、隊員の夢について詳しく調査してみたら、そもそも当直の時に『火事の夢』を見るケースがものすごく多かったんです。しかし、それは火事が実際に起きた日も起こらなかった日も同じでした。『火事になるかもしれない!火事になったら迅速に出動しなければいけない!』というプレッシャーがストレスになって、隊員たちに火事の夢を見せていたという可能性が非常に高いという結果になりました。
みなさんの夢に心配ごとが頻繁に登場するのも、こうしたストレス、心理的、身体的な状態が関係していると言えるでしょう。」
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―「自分は夢を見ない」と言う人もいますが、夢を見ない人はいるのでしょうか。 また、「夢を見たことは覚えているものの、どんな内容の夢だったのかはっきりと思い出せない」という人も多いですが、それは何故なのでしょうか。「脳の損傷などがなく、脳機能が正常に働いている人なら、1日に平均で3〜5つの夢を見ます。『夢を見たことがない』と言う人は自分が夢を見たことを覚えていないのでしょうね。しかし、それは仕方がないことでしょう。 実は夢を見ている時は、起きている時と比べて、記憶を固定する神経伝達物質があまり出ないそうなんです。なので、寝ている時に見た夢を記憶として残しておくのは難しいんですよ。
さらに、私たちの睡眠には、ノンレム睡眠とレム睡眠の2種類があります。レム睡眠の時は『体は休んでいるけど、脳は働いている状態』です。なので、私たちがいわゆるストーリー性のある『夢』として覚えているのは、レム睡眠の時に見た夢の可能性が高いと言えるでしょう。 ただ、レム睡眠の時に見た夢もその後にノンレム睡眠がくると忘れてしまいます。起きる直前にレム睡眠であった場合は、そのとき見ていた夢を覚えていることがあるので、その覚えている一部の夢を私たちは『その日見た夢』として他者に話しているのです。」
—私たちが覚えているのは、実際に見ている夢のごく一部なんですね。 起きる直前がレム睡眠だったとしても、覚えている夢・忘れてしまう夢があると思います。起きてからも記憶に残りやすい夢というのはあるのでしょうか?
「嫌な夢、いわゆる『悪夢』の方が記憶に残りやすいです。死や恐怖にまつわる夢って、やたら覚えていますよね。 世界中の研究データを見ても、自分が見た夢に関するキーワードはネガティブなものの方が多いんです。嫌な夢、衝撃的な夢を見て夜中に目が覚めてしまったという経験をしたことはありませんか? これは、レム睡眠の最後の夢を見た直後に覚醒しているので、夢の内容をはっきりと覚えています。」
―悪夢を見るとすごく嫌な気持ちになる人が多いと思いますが、悪夢にはどんな意味があるのでしょうか。
「悪夢は『縁起が悪い』『心理的にマイナスなもの』というイメージを持っている人が多いと思いますが、一概にそうとも言い切れません。 最初に述べたように、夢は脳が記憶を整理する過程で見る、断片的な記憶です。そのため、夢には処理しきれなかった記憶、オーバーフローした部分を整理する役割や、記憶を取捨選択する役割があると言われています。 ネガティブな情報を適切に処理するために悪夢を見るという説もありますから、悪夢は悪夢で役に立っている可能性もあるのです。」
—悪夢にはそんな役割があったんですね。
「さらに詳しく説明すると、悪夢には大きく分けて2種類あると言われています。 ひとつ目は、私たちが何らかのストレスを感じたときに見る悪夢。これは、誰しもが見るものなので、それほど深く悩む必要はありません。
実際に、悪夢に関する聞き取り調査を年代別に行ってみたのですが、そこで出た頻出語を多いものから順に並べてみたところ、年代による差がほとんどありませんでした。 『追いかける』『追う』『走る』『殺す』『死ぬ』『亡くなる』『落ちる』『飛び降りる』といった言葉は、世代を問わず共通しています。 実は悪夢に関しては、世界的に見ても同じような言葉が並んでいるんです。世代や人種、言語や環境にかかわらず同じような悪夢を見ているというのは、非常に興味深い結果です。」
画像:悪夢の特徴語の発達差比較
「もうひとつの悪夢の種類は、PTSDなど何かトラウマになり得る出来事があり、起きている時はフラッシュバック、睡眠中は悪夢として出現するものです。
こうした悪夢をたびたび見る場合は、夢と現実の区別がつかなくなったり、不眠状態、抑うつ状態に陥ったり、自殺企図の遠因になったりする可能性もあるため注意が必要です。 また、心理的な不安やストレスだけでなく、身体的な不調が夢に現れる例も報告されています。睡眠時は感覚がより体の内部に向く傾向にあります。トイレに行きたいとき、海や川、水に関する夢を見ることってありますよね? 覚醒しているときには気が付かない不調部分、病因が夢に現れるという現象はいくつも報告されていて、脳梗塞や肺がんを『夢で見て気づいた』という例もあるそうです。」
就寝前の思考が大事!?良い夢を見る方法とは
画像:東洋大学社会学部社会心理学科教授、松田英子先生
―悪夢には大切な役割があることは分かったのですが、やはり悪夢を見ると目覚めが悪いというのも事実です。 良い夢だけを見る方法、夢をコントロールする方法はあるのでしょうか?
「夢を見ている最中に『これは夢である』と自覚しながら、その夢のストーリーをコントロールできる『明晰夢』というものがあります。明晰夢を見ている間は、視覚や聴覚などの感覚がセンシティブになって、夢の中の出来事がよりリアルでビビッドに感じられます。
明晰夢を見るためには、まず夢の中の不自然な点に着目し夢を見ていることに気付くこと、次に見た夢の内容を記録し、夢の中でのさらなる展開についてシミュレーションするなどが良いかもしれませんね。」
―明晰夢を見られるようになるには、それなりの訓練が必要なようですね。 もう少し簡単に「良い夢を見る」方法はありますか?
「『寝る前にネガティブ思考を反芻しない』ということですかね。悪夢をよく見る傾向にある人は、寝る前にその日の行動を振り返って反省したり、次の日の心配をしてしまいがちです。入眠直前のインプットがストレスとなり悪夢の引き金となる可能性があるので、できるだけネガティブな思考を棚上げし、ベッドに持ち込まないことが大切です。
反対に、眠る前にポジティブなことを考えて眠れば、いい夢を見る確率は上がるかもしれません。『好きな人の写真を枕の下に置いて眠るとその人の夢が見られる』というジンクスがありますが、あながち間違いとも言い切れませんよね。」
—眠る直前に考えていることは脳の記憶に残りやすいため、その日の夢に影響を与えやすいということですね。
「そうですね。 また、良い夢を見るために夢の内容を誰かに話すことにも意味があります。というのも、明晰夢のように夢の中でその結末をコントロールできなくても、目覚めてから夢の結末を『こうだったらいいな』『こうなれば良かったのに』というものに書き換えてしまうことで、その後の夢にとても良い効果が生まれるんです。 イメージ・リハーサル・セラピーというセラピーがあるくらいですから、自分が見た夢を他の人に話しながら別の結果を考えるというのは、良い夢を見るトレーニングになるはずです。」
ストレスは悪夢を呼ぶ!いい夢を見てすっきり目覚めるために
誰もが毎日見ているという夢には、覚醒している時の記憶を整理する役割や、本人が気づいていない心身の不調を訴える役割など、様々な役割があることが分かりました。 また、日頃から考えていることや、就寝前に考えることがその日の夢に影響を与えることもあるため、ネガティブなことばかりを考えてしまう人は、それが悪夢の原因となっているかもしれません。いい夢を見てすっきり目覚めるために、できる限り楽しいことを考えて眠りにつきましょう。 それでも悪夢にうなされることが多いという人は、日頃のストレスが溜まっている証拠かもしれません。たび重なる悪夢は心や体のSOSだと捉え、少しリラックスしてみてはいかがでしょうか。