東洋大学 食環境科学部 健康栄養学科 助教
博士(学術)。専門は調理科学、食育。自己肯定感を高める食育法としてフランスの「味覚教育」を中心に、小学生を対象とした親子の食育プログラムを定期的に実施。テレビ、講演会、メディア取材など幅広く活動している。
<漫画制作>
眠井 アヒル
1児の母。よく眠り、よく心配し、よく眠る。よく踊る娘と健やかな夫との3人で生活中。現在は一時的にオーストラリア在住。
幼児期からの“味覚教育”のススメ
画像:東洋大学食環境科学部 露久保美夏 助教
――先生のご専門を教えてください。
「専門分野は調理科学で、特に味覚教育と食育に関する研究を専門としています。たとえば『おいしいと感じるものは調理作業のどの段階で生まれるのか』『どういった材料を組み合わせるとおいしいとされる食べ物が生まれるのか』といった課題を科学的に分析し、おもに子どもたちの味わう力を育てる『味覚教育』の活動を行っています。」
――「味覚教育」とは、具体的にどのような内容なのでしょうか?
「『味覚教育』は、味覚や嗜好の形成に重要な時期である11歳までの子どもたちを対象に、『食べることが楽しい』『どんな味だろう』という食に対する興味・関心を引き出す食育のひとつの方法です。
食べ物に興味・関心を持って自分で食べるものを選択できるようになることは、自ずと健康面でもプラスになります。また、その食材が獲れる土地の文化にも触れることで、豊かな感性や人間性を育むことができます。
味覚教育では、子どもたちの“味わう力”を育てることが最も大事だと考えられています。子どもたちが自分の五感を使って食べ物を触って、匂いを嗅ぎ、観察して味わうことで、味わう力に加えて感じる力、表現する力を養うのです。」
――今回のテーマである「好き嫌い」に対しても、味覚教育は良い影響を与えてくれそうですね。
「そうですね。子どもの『好き嫌い』についてお話をする前に、まず前提として大人の方に理解していただきたいことがあります。それは、“自分には自分の感じ方があり、人には人の感じ方がある”ということです。」
(ここで露久保先生は、3枚の付箋を私たちにそれぞれ配り、「皆さん匂いを嗅いで、何の匂いがしたかを自由に発言してください」と促します。私たち3人の回答は、「バニラ」「大福」「マシュマロ」と、いずれも違う回答でした。)
「実は、この付箋に染み込ませたのはバニラエッセンスです。このように同じ匂いを嗅いでもイメージすることや感じ方はそれぞれ異なります。これは年齢に関係なく、一人一人の感性やこれまでの経験が違うことの現れであり、当然のことです。
また、大人はこれまでに食べたことのあるものから食べものをイメージしやすいですが、これと同じことを子どもたちにやってみると、“病院や歯医者さん”という子が多いのです。なぜかというと、バニラの匂いからイメージしやすい食べものを食べた経験が多くないことや、それよりもバニラエッセンスに含まれるアルコール成分を嗅ぎとり、より強い印象として記憶に残っている“病院や歯医者さん”をイメージしているのです。つまり、これまで食べてきた料理や食材の種類や量は、親子ではもちろん差があり、育った環境もそれぞれ違うので、自分の子どもとはいえ、好き嫌いは人によって違いがあるということです。
そうした前提を理解して親子で食に触れることで、子どもは自分は自分の感じ方があっていいという “自己肯定感”の育成や他者の意見を受け止める“他者理解”にもつながります。味覚教育は、自分の感じ方と他者の感じ方の違いといった多様性を学ぶことができるのです。」
子どもの「好き嫌い」の特徴と種類
・生まれつきの「好き嫌い」
――子どもの好き嫌いは、いつ頃から始まるのでしょうか?
「味覚には、基本五味といって『苦味』『酸味』『甘味』『塩味』『旨味』がありますが、子どもには生まれたときから本能的に苦手とする味わいがあります。『苦味=毒を含んでいる危険な食べ物』、『酸味=腐敗した危険な食べ物』と認識する本能があるため、幼い頃はこのふたつの味わいが苦手な子どもがほとんどです。中でも、苦味はほんの少量でも感知することができるため、幼いうちはとくに敏感です。」
――なるほど。危機管理能力として、もともと備わっている本能なのですね。
「はい。反対に、甘味・塩味・旨味はタンパク質を構成するアミノ酸やナトリウムなど、生きていくうえで必要なエネルギー源となる栄養素なので、好意的に摂取する傾向があります。ただ、濃すぎる塩味の摂取は体内での塩分濃度の調整がうまくいかなくなるので、苦手に感じるよう味覚で調整されているのです。
ですから、ひと言で『好き嫌い』と言っても、まだその子の味覚の成長が、本能的に苦手だと感じる味を受け入れられる段階にないために食べられないという可能性も考えられます。このような本能的な『好き嫌い』は、生きていく中でいろいろな味を経験することで味覚が成長し、嗜好が変化していきます。たとえば、大人になって『ブラックコーヒーが飲めるようになった』というように、昔は飲めなかったものが受け入れられるようになるのには、そういった背景があります。」
・幼児期から現れる、個人の感性による「好き嫌い」
――それでは、「今まで食べていたものを急に食べなくなった」という例は、どうして起こるのでしょうか?
「それは、先ほどの生まれつきの本能とは別に、『個人の感性による好き嫌い』が幼児期から始まるからです。3歳を過ぎた頃から始まって、5歳くらいでハッキリと嫌いなものを意思表示するようになります。しかし『好き嫌い』といっても、その食べ物が嫌いな理由にはさまざまなものがあります。」
【子どもの好き嫌いの傾向と理由】
①味覚による「好き嫌い」 「苦い味がするから嫌い」「すっぱいから苦手」「しょっぱすぎて食べられない」など ⇒人間に本能的に備わる危機管理能力として苦手とすることが多い
②食感による「好き嫌い」 「グニャグニャしたものがダメ」「ドロッとしたものが苦手」など
③見た目による「好き嫌い」 「見た目が気持ち悪い」「嫌いなものを連想させる見た目」など
④トラウマによる「好き嫌い」 「食べた後に気分が悪くなり、食べられなくなった」など
⑤食べる工程による「好き嫌い」 「魚の小骨を取るのが面倒だから食べたくない」「スイカのタネを取るのが面倒くさい」など
⑥その他 「お友だちが嫌いと言っていたから自分も食べない」「食べたい気分じゃない」「環境(お母さんがつくったものは拒否できる)」など
このように、さまざまある『好き嫌い』の理由を大人が理解していないと、良かれと思ってとった行動が裏目にでる場合もあります。ですから、その子がなぜその食材を嫌いなのかを理解することや、それを知ったうえで大人がどう対応するかが、その後の『好き嫌い』や親子関係、さらには人格形成にまで影響してくると思います。」
子どもの「嫌い!」に対する、“大人の対応”
――よく「嫌いなものは無理に食べさせなくてもよい」という教育も耳にしますが、その対応は適切なのでしょうか?
「そのとおりで、私も無理に食べさせないでほしいと考えています。嫌なものを無理やり食べさせられることは、罰ゲームのようなものですから、その食べ物を嫌いになることはもちろん、食事自体が嫌いになったり、食べさせようとする人、その場所も嫌な思い出としてその子の記憶に残ることもあります。ですから、まずはその食べ物が嫌いであるという事実を受け止めてあげることが大切です。」
――無理にでも食べさせないと、栄養が偏ってしまうことを心配する方もいるように思いますが、いかがでしょうか?
「もちろん、食べてくれるに越したことはありませんから、嫌いな理由を模索し、それを解消する工夫ができればベストです。でも、極端な話、たとえばトマトを嫌いな子が幼少期にトマトをまったく食べなかったとしても成長に大きな影響はありませんので、嫌って食べない食材があっても悩みすぎず、気楽に捉えていただければと思います。」
――では、受け止めてあげるというのは、具体的にどういうことをすればよいのでしょうか?
「よく『おいしいから食べてみよう』『おいしいのになんで食べないの?』という声かけをする方がいらっしゃいます。でも、その食べ物を『おいしい』と思っているのは大人で、その子にとっては『おいしくない』のです。まずはその子の気持ちを受け入れて、見るのも嫌がるときには食事を下げることも必要です。時間を置いてまた出してみると、嫌いだと言ったことすら忘れて食べてくれるケースも多くありますよ。
ちなみに、このときのポイントは“何も言わずに出してみる”ことです。『今日は食べられるかな?』なんて言ってしまうと、食べられなかったことを思い出してしまうからです。何も言わずに出しても食べなかったのなら、『嫌いな理由』を探ってみてください。嫌いな理由さえわかれば、たとえば食感が嫌なら調理法を変えてみたり、味が嫌なら味付けを変えてみたりすることで、その食材を食べられるようになるかもしれません。」
――大人の対応としては、「なぜ嫌いなのか?」その理由を模索することが大切なのですね。
「そうですね。『好き嫌い』の種類によっては調理法や味付け、あとは時間で解決できることもあります。幼児期にみられる特徴的な『好き嫌い』の理由として、“お友だちが嫌いと言っていたから自分も食べない”というケースがあります。お友だちが『嫌い』と主張したり、反抗したりしている姿がカッコよく感じて、突然今まで食べていたものを食べなくなるケースです。しかし、この場合は一過性である場合が多く、時間を置いてまた同じものを出せば平然と食べ始めることがほとんどです。ですから大人は子どもにさまざまなアプローチをして、その子が持っている嗜好性や状況を理解し、歩み寄ることが必要だと思います。
ただ、嫌いな理由が見た目、トラウマなど、個人の感性によって受け入れられない場合は少し時間がかかるかもしれません。食べられるようにする必要が本当にあるのかどうかは、近くにいる大人が考える必要があると思います。」
子どもの「嫌い!」を「好き」に変える方法
――親心として、やはり「いろいろなものを食べてほしい」という思いがあります。嫌いを好きに変えるために親ができることはありますか?「嫌いを好きに変えるためには、“その食べ物に対して親近感を抱かせる活動をすること”がひとつの方法としてあります。実際にフランスでは、小学校の美術の時間に味覚教育を取り入れて『好き嫌い』を克服した事例があります。」
――嫌いな理由を探る方法にも、いろいろなものがあるのですね。
「そうなんです。食べ物へのアプローチは、食べること以外にもあります。食べ物に触れて親近感が湧くと、その食べ物の良いところも見られるようになり、楽しい経験として嫌いだったものを受け入れられるようになることがあります。」
――それは、家庭でも実践できるものなのでしょうか?
「できます。よく嫌いなものを食べさせるために、苦手な食材を細かく刻んで、その子がわからないように調理する方法がありますよね。その場合、食べた後に『実は嫌いなものが入っていたんだよ』と言って、食べられたことに自信をつけさせるアプローチで良い点もありますが、一方で本当に『その食べ物を食べているのか』は認識できません。『味覚教育』の大きなメリットは、子ども自身が、苦手であっても食べ物としっかり向き合い、知ったうえで食べられるようなアプローチができることだと思います。
たとえば、苦手な食材を使って、親子で一緒に料理をするだけでも親近感はまったく異なります。自分でつくったものは特に『食べよう』という気持ちになりやすいので、食べるまでの過程を楽しめるように、栽培したり、調理したり、料理のつくり手側に巻き込んでいくことを意識してみるのもよいと思います。」
――忙しい毎日のなかで、それが難しい場合は、どうすればよいでしょうか。
「お買い物に行ったとき、子どもに『どれが一番おいしそう?』と選ばせるだけでも効果的です。そうすると、これまで『食べさせられていたもの』が『自分が選んだもの』に変わるのです。選ぶ際には食材を見ることになるし、触ることにもつながります。そう考えると、食べ物に親近感を抱くきっかけは、日常にあふれているのです。
あとは、一緒に同じものを食べて、一緒に味わい、それを言葉で具体的に表現してほしいですね。“おいしい・おいしくない”“好き・嫌い”ではなく、『今日のお肉はいつもより硬いね』『少し甘い味がするね』とか、ちょっとした変化でも構いません。日々の中で、何か特別な料理を出したり、すべてを手づくりにする必要もありません。おやつでも、買ってきたお惣菜でもいいでしょう。せっかく一緒に食卓を囲むのですから、目の前の食べ物にも関心を持って子どもと接してほしいと思います。」
「好き嫌い」を改善するために親ができること、気をつけるべきこと
――子どもの「好き嫌い」を改善するために、親が気をつけるべきことはあるのでしょうか?
「たとえば、『家庭では食べないけれど、学校では食べる』という現象があります。これは、“お母さんのつくったご飯は残しても大丈夫”といった甘えや慣れで食べなくなっている場合、環境が変わって友達と一緒だと食べられるということがあります。
そのほか、考えられる理由として多いのが、無意識に大人が『あなたはこれが嫌いだよね』と子どもに思い込ませてしまっている可能性もあります。子どもにとって、大人の存在はとても大きいものです。ですから、子どもが聞いている前で『この子、野菜が食べられないの』と保護者同士で話してしまうと、その言葉によって『自分は野菜が食べられない』と思い込み、『野菜』というカテゴリ全般を食べなくなってしまうことがあるので、これは気をつけていただきたいと思います。」
――子どもの「好き嫌い」に悩む親御さんにメッセージをお願いします。
「食べ物を食べて『おいしい』と感じるのは、食べ物が持つ味覚的なおいしさだけではありません。それは大人も一緒で、『自分でつくった料理がおいしい』『みんなで食べるご飯がおいしく感じる』という感情とイコールです。ですから、食べ物だけではなく、食べる環境もとても大切です。楽しみながら食べることで、食べ物との思い出をより良いものとして、その子に定着させてあげてください。
大切なのは、嫌いだということを大人が決めつけてしまうのではなく、『いつか食べられるようになったらいいね』という長い目で見ることです。そのうえで、子どもには『好き嫌い』があること自体は悪いことではないけれど、『好きな食べ物が増えるといろいろな人ともっと豊かな時間が過ごせるようになるんだよ』という伝え方をしてみてはいかがでしょうか。きっと、親も子ももっと気楽に受け止めて考えられるようになり、『好き嫌い』を克服できる環境を自然とつくれるようになると思います。」