INTERVIEWEE
黒川 勇人
KUROKAWA Hayato
1990年 東洋大学 文学部 印度哲学科(現在の東洋思想文化学科) 卒業
1966年、福島県生まれ。大学卒業後、証券会社や出版社などを経験してフリーライターとして独立し、2004年より缶詰の魅力を発信する「缶詰blog」を開始。以来、缶詰博士(公益社団法人日本缶詰びん詰レトルト食品協会公認)として、テレビ・ラジオ・雑誌・新聞等さまざまなメディア出演や執筆活動で活躍している。著書に『缶詰博士が選ぶ「レジェンド缶詰」究極の逸品36』、『日本全国「ローカル缶詰」驚きの逸品36』(ともに講談社)など。
「缶詰を愛し缶詰に愛される博士」の活動の原点とは?
――黒川さんは、世界50カ国以上を訪れ、8年間で1万個もの缶詰を食べてきた世界一の缶詰通とお聞きしました。そんな缶詰博士・黒川さんの現在の活動について教えてください。
現在は缶詰博士として、Web連載を中心に缶詰の魅力を伝える活動をしています。2004年に開設した「缶詰blog」が大手メディアに取り上げられたことをきっかけに、活動の幅がぐっと広がりましたね。テレビやラジオへの出演や水産高校の学生と一緒に活動する機会もいただきました。缶詰を製造するメーカーの方が、缶詰のすごさを語ってもただの宣伝になってしまいます。だからこそ、私のように客観的な視点で情報発信を行う人が必要だと考え、活動を続けています。
――最初に缶詰に興味をもたれたのはいつ頃だったのでしょうか。
缶詰に初めて出会ったのは4歳の頃です。家族でキャンプに行った時、父親が楕円形の缶詰を鍋でグツグツと温めていたんです。最初は大人たちが武骨な金属の塊を茹でて遊んでいるとしか思えませんでしたが、缶詰の蓋を開けて中からホカホカの五目飯が出てきた時は衝撃的でした。「不思議な箱からご馳走が出てきた!」と、とても興奮したことを今でも覚えています。
その後、サバの水煮などの缶詰が普段の食事にも活用されていたことを知り、缶詰大好き少年になりましたね。
――初めて見た時の感動が、活動の原点になっているのですね。
当時は缶詰に関する仕事に就くとは思ってもいませんでした。
しかし2004年頃に仕事に行き詰まり、食費を節約するためにサバ缶を1日1缶、3等分にして食べる生活をしていたんです。この状況を何気なく見つめた時に「毎日缶詰を食べている人はいないかもしれないな。いっそのこと、缶詰漬けの生活を発信したら面白いのではないか?」と思い、「缶詰blog」を始めました。発信するネタを集めるため、缶詰について調べるうちに次々と興味が湧いてきて、一気に「研究」にのめり込みました。日本の缶詰業界の企業の9割以上が参加している公益社団法人日本缶詰協会(現:公益社団法人日本缶詰びん詰レトルト食品協会)の専務理事にいきなり「缶詰のことを教えてください!」と電話をかけたこともありますよ(笑)
――黒川さんがブログを始められた頃に比べ、近年、缶詰が私たちの生活により身近なものとなったように感じます。何かきっかけはあったのでしょうか。
大きなきっかけとなったのは、2011年に発生した東日本大震災でしょう。災害発生直後は「何年かぶりに缶詰を食べた」という方も多かったはずです。その時に、缶詰の美味しさと、常温のまま食べられる缶詰の非常食としての価値に改めて気付き、注目が集まったのではないでしょうか。
非常食として缶詰を取り入れるメリットと注意点
――先ほど「非常食としての価値」という言葉がありましたが、防災備蓄の観点から見た缶詰の魅力について教えてください。
まずは、常温で長持ちすることです。特別な方法でなくても品質を維持できるのは、防災の観点からみて缶詰の優れている点だと思います。加えて、レトルト食品やフリーズドライ食品よりも大きな具材を入れることができるのも大きな魅力です。
また、レトルトパウチは最長5年ほど保存できるものもありますが、完全に光を遮断するのは難しく、食品が劣化してしまう可能性があるそうです。しかし、金属缶は酸素と光を完全に遮断するため、中の食品が酸化することなく、保存料・防腐剤なしでも半永久的に保存可能と言われています。さらに、金属缶はとても頑丈です。地震などで缶の上に物が落ちてきて凹んでしまっても、破れない限りは中身に問題はありません。
こういった点で、缶詰は防災用品としてとても価値が高いといえますね。
――大きな具材を入れること以外にも「缶詰」の特性を活かすことで可能性が広がりますね。
缶詰で本格的なご当地グルメを堪能できる商品などの「進化系缶詰」も誕生し、種類はここ数年で格段に増えました。
おつまみやおかずだけでなく、スイーツの缶詰もあることをご存じですか。先駆けとなったのは、トーヨーフーズ株式会社が2014年に発売した「どこでもスイーツ缶」シリーズです。東日本大震災の被災者の「長引く避難生活の中で、一度でいいからスイーツが食べたかった」という言葉が開発のきっかけになったそうです。製造面では、缶の内部の空気の抜き方にポイントがあり、通常の缶詰よりも真空度の高い「高真空缶詰」という特殊技法が用いられています。その後、加熱殺菌の工程を経てケーキ生地が缶詰の中でふわっと膨らんでいきます。焼けてからフタを開けるまで空気に触れることがないので、開けた瞬間の香りの立ち方はきっと驚くと思いますよ。スイーツ缶は、加熱温度や時間、材料の配合など、さまざまな条件で1年以上も試作を繰り返した結果、出来上がった“至高の逸品”です。そこには、災害時の精神的・肉体的なつらさを甘くて美味しいスイーツで少しでも安らげたいという開発者の想いも詰まっています。
――缶詰にスイーツまであるとは知りませんでした。多くの種類がある中で、非常食として缶詰を選ぶコツはありますか。
意識するポイントは4つです。
①水分
避難生活を送る中では、トイレを我慢するために水分摂取を控えてしまうことがあります。特にお年寄りの方は加齢とともに体内の水分量が減り、渇きも感じにくくなるので若年層と比較して一層水を飲まなくなるそうです。リゾットやおかゆの缶詰は、食事をしながらある程度の水分補給ができるのでぜひ防災備蓄に取り入れてほしいですね。②たんぱく質
焼き鳥缶やさんま缶、いわし缶など、肉や魚のたんぱく質が摂れる製品は、自分が好きなものや普段食べても美味しいと思えるものを用意しておきましょう。③食物繊維
災害時は食物繊維が不足しやすく、「災害便秘」につながることもあります。野菜が入ったものやきんぴらごぼうやひじきの煮物などのお惣菜缶詰もたくさん販売されています。例えば、トマト味のリゾットはポイント①の水分と食物繊維が同時に摂れるのでおすすめです。④スイーツも忘れずに
糖分補給の面だけでなく、リフレッシュやご褒美といった面でもスイーツを用意しておくと、避難生活が長引いたときでも気持ちがほぐれると思います。先ほど紹介した「どこでもスイーツ缶」以外にも、ガトーショコラやチーズケーキなどさまざまな種類のスイーツ缶が販売されています。一度食べてみて、気に入ったものをストックに加えてください。4点挙げましたが、普段の食事と同じように栄養を摂ることを意識すれば、備蓄用の缶詰選びは難しくありません。缶詰に飽きない工夫として、無塩のものや水煮等シンプルな味付けのものを入れておくのもよいですね。種類がたくさんありますので、バランスを考えながら楽しんで選んでほしいですね。
――缶詰の取扱いについて注意してほしいポイントはありますか。
現在販売されている缶詰の多くは、缶切りを使わなくても開けることができる「イージーオープンふた」が使われています。開けた後のふたや缶のふちはナイフのように鋭いため、手や指が触れる時は十分に気を付けましょう。特に、使った缶詰を洗うときは要注意です。避難生活中はゴミを毎日捨てることも難しいと思いますし、ゴミが溜まることで臭いも発生するため、「しっかり洗わないと」という考えになりやすいと思います。缶詰をきれいに洗うことよりも、身の安全を優先してくださいね。また、近年は日本企業の缶詰でも海外で生産されているものがたくさんありますが、海外製の缶はふたが固いため、開けるときに強い力が必要になることもあります。不安な方は日本製の缶詰を選んでおくと良いかもしれません。
それから、絶対に避けなければならないことは、缶ごと直火にかけることです。缶の内側についているフィルムやコーティング剤が直火の熱で溶ける恐れがあるからです。缶詰はあくまでも保存容器であり、調理器具ではありません。温める場合はふたを開けず、一度沸騰させたお湯に3~5分程度つけておくと十分に温かくなります。
覚えておきたい、「缶詰」をローリングストックするポイント
――災害時の備えを日頃から考えている方も増えたと思いますが、黒川さんが活動をされる中で人々の意識の変化を感じることはありますか。
経済産業省で推奨している「ローリングストック」という言葉が一般的に広まってきたことに、防災意識の高まりを感じています。ストックと聞くと、賞味期限が近づいたら備蓄した食品を消費してまた新たに買い足すことをイメージされる方も多いのではないでしょうか。しかし、ローリングストックとは「備蓄品を普段の食事に定期的に取り入れ、食べた分だけ買い足していく方法」のことを指します。ストックし続ける必要はないのです。
心も身体も疲弊する災害時には、普段と同じものが食べられるということはとても大事です。缶詰の賞味期限は3年から5年程度ですが、できるだけ早めに消費して普段から食べ慣れておくことを意識してほしいですね。いざ災害時になって食べて、口に合わないと困ってしまいます。非常食を日常的に使い続けることで、本当の備えになります。
――ローリングストックを始めるにあたり、ストックする量や保存方法のポイントを教えてください。
多くの自治体で推奨されているストックの量は、【家族の人数】×【朝昼晩の三食】×【3日分】です。お住まいの地域や家庭状況に応じて、プラスしてもよいかもしれません。
保管については、他の備蓄品と同じように、温度の変化があまりない場所にまとめて置いておくと良いですね。ベランダや窓際など、高温になりやすい場所は避けておくと良いでしょう。また、床下収納で保管することは避けてください。湿度の高い場所では缶の表面の金属が結露によって濡れ、錆びてしまう可能性もあります。同様に、結露しやすい冷蔵庫での保存もやめましょう。
――日常的に缶詰を取り入れる時、そのまま食べるだけでは飽きてしまう方もいらっしゃると思います。黒川さんおすすめのアレンジレシピがあれば教えてください。
私の一押しは、サバ缶を使ったサバカレーですね。サバ独特の生臭さをスパイスで消すことができるので、子どもから大人まで楽しめると思います。いわしなどサバ以外の青魚の缶詰でも試したり、他のレシピでも肉の代用として取り入れたりしてもらうと、献立のレパートリーも増えますよ。
より簡単にアレンジに挑戦してもらうなら、「ちょい足し」がおすすめです。例えば、サバの味噌煮缶にラー油をかけると味が激変します。ちょい足しによってバリエーションが生まれるため、飽きずに食べ続けることができます。
「食卓にもう一品」というときは、ひじき缶と塩味の焼き鳥缶を和えて、最後に白ごまを散らせば立派なお惣菜になります。お酒のおつまみには、牡蠣の燻製油漬けを活用してみてください。牡蠣の上にみじん切りの玉ねぎを散らして黒コショウをかけると絶品です。生の玉ねぎを使うことで、缶詰特有の匂いがなくなりますよ。
缶詰博士が予想する、缶詰業界の未来
――最後に、缶詰業界の注目すべき動きがあれば教えてください。
この3年ほどで大手メーカーが次々にサバカレー缶の製造を始めており、「サバカレー」という缶詰のジャンルが確立するのではないかと読んでいます。さまざまなメーカーが趣向を凝らしてサバカレー缶を開発することで、缶詰市場も一層盛り上がりを見せそうです。
また、ご飯入りの缶詰が急増していることも注目です。2019年に吉野家の缶詰牛丼が販売されたことも記憶に新しいですが、その後もリゾットや寿司(ネタとシャリ入り)、玄米ごはんなど、次々と新しい製品が生まれています。過去にはお金がないときや冷蔵庫に食材がないときに仕方なく食べるというイメージが強かった缶詰ですが、一食分を補うことが受け入れられてきていることは、缶詰博士として嬉しい限りです。
缶詰は年々進化しています。しかし、製造の基礎原理は1804年にニコラ・アペール(フランス)によって発明されてから変わっていません。その奥深さや面白さ、そして防災食としての観点など、缶詰の魅力をより多くの方に知ってもらえるように、今後も活動を続けていきます。