東洋大学 食環境科学部食環境科学科 准教授
博士(食品栄養学)。専門分野は、応用健康科学、保健栄養学、食生活学。東京農業大学大学院農学研究科食品栄養学専攻博士後期課程修了。2014年4月より東洋大学食環境科学部助教、その後食環境科学部食環境科学科講師を経て2018年より現職。共著に『時間栄養学 ―時計遺伝子,体内時計,食生活をつなぐ―』(化学同人)など。
不規則な生活でも健康リスクを下げられる!?時間栄養学とはどんな学問?
――まずは、先生のご専門について教えてください。
私が専門としているのは、「時間栄養学」という分野です。「いつ食べるのか」といった食事のタイミングと体内時計との関連を探りつつ、日々の生活が不規則な人における健康リスクが少しでも低くなる食生活のあり方について検討しています。
――確かに、不規則な生活の人は健康リスクが高い印象があります。
そうですね。疫学的な手法を用いた先行研究で、日勤勤務と夜勤勤務の両方に従事する交代制勤務者は、夜勤のない勤務者に比べて、肥満や糖尿病、高血圧、メタボリックシンドローム、循環器疾患、がん、死亡などのリスクが高いことが知られています。
――「時間栄養学」という言葉はあまり耳にしたことがなかったのですが、私たちの生活とも関係が深いように思います。
私たちの体では、視床下部視交叉上核にある「時計遺伝子」の働きによって、活動や睡眠、さらには神経系や内分泌系などが、それぞれ一定の周期を持ったリズムを刻んでいます。これらの周期の中でも最も身近に感じられるものは、24時間のリズムである概日リズム(サーカディアンリズム)です。
こうした体の自律的なリズムを扱う領域を「時間生物学」と呼びますが、リズムやタイミングといった点から栄養学的な問いに迫る領域が「時間栄養学」(Chrono-nutrition)です。日本においては、2009年には時間栄養学に関する書籍が発売され、2015年には時間栄養科学研究会(現・日本時間栄養学会/Japan Chrono-Nutrition Society)が発足しました。2017年には体内時計に関するアメリカ人科学者の研究がノーベル生理学・医学賞を受賞したこともあり、近年注目を集めている分野です。
実はひとつではない「体内時計」
――体内時計と健康状態の関係について、研究ではどのようなことが分かっているのでしょうか。
ふだん私たちが何気なく使っている「体内時計」という言葉は、視交叉上核に存在している主時計のことを指しています。一方、主時計の他にも、私たちの体の中には時計が存在しており、「従時計」と呼ばれています。脳、心臓、肝臓など、体のいたるところに時計はあります。
私たちの体が健康にとって望ましい状態にある場合、主時計と従時計は一定の時間関係を保ったまま、それぞれのリズムを刻みます。これらの時計には主従関係があって、例えば主時計をペースメーカーとすると、従時計はその指示を受けてリズムを刻んでいます。さらに、これらの主時計と従時計のリズムは、睡眠覚醒リズムや外界の明暗サイクルとも同調した状態であり、この時間的関係が崩れた状態が、健康にとって望ましくないとされています。急性的に夜勤や徹夜をすると眠くなるだけでなく体調が悪くなった経験を持っている方もいるかもしれませんが、これは主時計や従時計のリズムと睡眠覚醒リズムとのミスマッチを原因とするものであるとも言えます。こういったリズム間で時間的なミスマッチが生じている状態は、脱同調と呼ばれています。
――体内に複数の時計があるとは驚きました。先生のご専門である「食べる時間」と体内時計との関係についても、教えてください。
私たちの体は、朝に太陽光などの強い光を浴びることで、主時計のリズムが1日24時間のリズムに合うように調節されていますが、食事との関わりが深い時計は主時計ではなく、肝臓などにある従時計であることが分かってきています。
また、食事のタイミングを変える実験は時間制限給餌(time-restricted feeding)などと呼ばれますが、時計遺伝子のリズム、インスリン、摂食調節に関わるグレリンやレプチンなどに影響することが報告されています。そのため、日々の生活において食事や睡眠などが不規則であると、主時計と従時計、さらにはその他のリズムなどとの脱同調を生じ、これらの影響が蓄積されると長期的には健康上のリスクにつながる可能性が考えられるのかもしれません。しかしながら、重要な点としては、上記の仮説はまだまだ十分に検証される必要があり、今後さらなる研究の蓄積が必要であるということです。
現代社会で健康な人生を過ごすためには
――先生は特に交代制勤務者について調査をされているとのことでしたが、どういった研究をされているのでしょうか。
私たちの身の回りの生活では24時間365日のサービス提供が当たり前のように存在しますが、そういった社会を支えて下さっている労働者の健康管理にも目を向けることは大変重要であると思います。交代制勤務は代表的な例であると思いますが、これまでの研究で日勤者に比べて野菜果物の摂取量が低く、菓子・嗜好飲料類の摂取量が多いなど、食事の質が低いことがわかっています。
長期的には何をどのくらい食べればよいか、という点では日本人の食事摂取基準を参照すればよいわけですが、交代制勤務者において例えば夜勤日や夜勤明け日に「いつ、何を、どのくらい」食べればよいか、ということは十分に明らかにされていません。
――夜勤の前後や、勤務中の休憩に食べるべきものや量が分かれば、より多くの人が健康に働ける世の中の実現にもつながりそうですね。現代社会の変化としてはコロナ禍も挙げられると思いますが、その影響についてはどうお考えですか。
コロナ禍では在宅勤務や非対面型授業という選択肢が増えたことにより、起床時刻は以前に比べて制約を受けにくい状態になりました。そのため、睡眠時間が増えたり、平日と週末の睡眠中間時刻の差である社会的ジェットラグも小さくなったと報告されています。多くの人の生活スタイルが変化したことは確かでしょう。
一方で、朝食欠食については、朝に時間の余裕ができたことで改善されるのではと考えていましたが、必ずしもそうではないようです。例えば、大学生を対象とした横断研究では、コロナ禍前に比べてコロナ禍において朝食欠食者の割合が増え、特に朝食を欠食するようになったことは、体重増加と関連していたことが報告されています。また、別のWeb調査を用いた報告では、週あたりの在宅勤務の頻度と朝食欠食との間に統計的に有意な関連が見られており、在宅勤務の頻度が高い者ほど朝食欠食者が多い状況でした。
他にも、高齢者、児童、生徒など、様々なライフコースにおいて、食事、身体活動および睡眠に様々な変化があったようです。コロナ禍による生活スタイルの変化は、健康にとって一概に「良い」「悪い」とは言えないと思っています。
――最後に、私たちが日常生活でできる食事の工夫について、時間栄養学の観点からアドバイスをお願いします。
特定検診のデータベースを使用した研究では、「就寝前の2時間以内に夕食をとることが週に3回以上ある。」「夕食後に間食(3食以外の夜食)をとることが週に3回以上ある。」「朝食を抜くことが週に3回以上ある。」のいずれかに該当するグループは、そうでないグループに比べて、循環器疾患の罹患リスクが高いことが示されています。他にも、朝食欠食に関しては、複数の論文の結果を統合したシステマティックレビューにおいて報告があり、肥満や循環器疾患関連因子との関連性が示されています。そのため、少なくとも現時点において、これらの点は日常生活でできる食事の工夫として挙げられるのではないでしょうか。
一方、期待されている回答からは離れるかもしれませんが、時間栄養学の領域において経験的知見に対する科学的知見の裏付けは、現時点では未だ十分でないかもしれません。例えば、「体のリズムを整えるために朝食を食べ、夜遅く食べるのは控えましょう」とか、「規則的な食生活を心がけましょう」といった内容はよく聞きますが、それらの健康影響を科学的に検証し、その知見を人々の生活に一般化していく場合は、簡単なプロセスではありません。ただし、仮説の段階としては多くの可能性が考えられており、朝食や夕食の摂取量や時間帯、リズムに影響しやすい食品・食事内容など、これから検証結果が蓄積されることによって、日々の生活に還元できる知見が増えてくると思います。