INTERVIEWEE
繁成 剛
SHIGENARI Takeshi
東洋大学 ライフデザイン学部 人間環境デザイン学科 教授
専門分野はリハビリテーション工学、支援技術、工業デザインで、主にシーティングに関する研究を行う。障がいをもつ子供や高齢者が生活するうえで必要となる道具や機器をデザインし、企業と共同で研究開発を進めている。最近では強化ダンボールや間伐材を使った発達障がい児の遊具や被災者支援のための家具をデザインし、現場への提供なども行う。著書に『小児から高齢者までの姿勢保持 第2版』(医学書院)、『強化ダンボールで作るテクノエイド』(はる書房)、『テクノエイド物語』(フレーベル館)などがある。
『腰痛』の原因とは?
画像:東洋大学ライフデザイン学部人間環境デザイン学科 繁成剛 教授――先生のご専門を教えてください。
「専門はリハビリテーション工学で、椅子や歩行器、遊具などの “さまざまな障がいを抱えている方が必要とするモノ”を研究対象としています。そのなかでも専門にしているのが『シーティング』という分野です。
『シーティング』は言葉の通り、“椅子に座る”ということですが、通常、販売されているような椅子では障がいによって座ることが困難である場合があります。とくに、お子さんや高齢者は座り方によって命に関わるような危険を伴うことがあります。そうしたことから、作業をするときや快適にリラックスして休むときに、どういったポジションをとれば負荷が少なく、楽に座れるかといった研究をメインに行っています。」
――先生の専門分野である『シーティング』が今回のテーマ『腰痛』に関連してくると思いますが、腰痛を慢性的に抱える人が増えていると言われています。現代病ともいわれる腰痛について、先生の見解をお聞かせください。
「確かに、最近よく耳にするようになりましたね。その要因のひとつに、私は文化の変化があると考えています。日本は古くから床の上に座る『床座の文化』が続いていたので、本来、椅子に座る文化はなかったわけです。しかし、次第にダイニングテーブルなどが家庭でも使われるようになってきたことや、1970年代からオフィスワークなど長時間座った体勢での作業が増え、『腰痛』がクローズアップされることが多くなりました。」
――つまり、『座る』ことが腰痛を引き起こす原因になっているということでしょうか。
「その通りです。これは、椅子に座る文化を持つ欧米でも同じです。普段から椅子と机を使用しているアメリカの学生たちを対象にしたアンケートでは、半数以上が腰痛持ちだったという結果が出ています。」
――若い学生でも腰痛持ちなのですか?
「はい。みなさん椅子に座るほうが楽だと思いがちですが、座る姿勢というのは腰にとって非常に過酷な環境です。
そもそも人類の祖先は、チンパンジーやゴリラと同じように両手を地面につけて四足歩行で移動し、腰椎もまっすぐでした。しかし、人間は両手を使うために二足歩行になり、さまざまな知識をつけていくうえで脳は肥大したのです。そして、歩いたときにかかる脳への衝撃を緩和するために、腰椎はS字カーブ(ダブルS字)に進化したと言われています。」
「座る姿勢を長時間続けると、最初は姿勢を正して伸ばしていてもだんだん疲れてきてしまうので、どうしても腰椎のS字カーブが崩れてきてしまいます。そうすると今度は、腰椎にある『椎間板』が変形して神経を圧迫し、腰に痛みを生む原因になります。このように『座る姿勢』というのは、腰椎にとっては過酷な状況にあるというメカニズムがあるのです。
『椅子に長時間座る』ことは、これまでの人類の歴史のなかでありませんでした。ところが現代になって急速に長時間の座位を求められる環境になったことが、現代人の腰痛を広げている原因にもなっているのです。」
腰を痛めない座り方とは?
①骨盤・腰椎・腸骨・仙骨を支える
――感覚としては長時間立っているほうがつらいと感じることが多いのですが、骨格的にいうと座っているほうが負荷が大きいのですね。
「そうですね。確かに、脚は体重を支えているので、疲れる感覚があります。特に下肢の筋肉は緊張してないといけませんし、うっ血も進んでいくのでずっと立ちっぱなしがいいのかと言われればそうではありません。ただ、座った状態は人間にとって不自然な姿勢なのです。人間の自然なポジション(ニュートラルポジション)は立位なので、座っているときもこの立位の姿勢が保てるかどうかが腰痛改善の鍵になるでしょう。
ただし、これは単に背筋をグッと伸ばすのではなく、自然体である立位の姿勢をできるだけ長時間、楽に保てる方法をとる必要があります。そのなかで私がずっと取り組んでいるのが、骨盤と腰椎、それから腸骨と仙骨を支えることで骨盤の後傾を防ぐという理論です。
長時間の座位による研究は、東海道新幹線が開通した1964年に、人間工学者の小原二郎先生が腰椎のサポート(ランバーサポート)を推奨したものが基礎理論となっています。当時もさまざまなメーカーがこのランバーサポートをいかにうまくつくるかを競っていたのですが、腰椎だけを支えても、骨盤がうまく支えられていなければ腰椎の支えにはならないというのが私の考えです。」
②定期的に動くことが腰痛対策になる
――腰を痛めない座り方というのはあるのでしょうか? 「座り方を改善するというよりは、むしろ定期的に動くことが大切ですね。たとえば、廃用症候群やエコノミークラス症候群、肺塞栓などは、じっと座っていることが原因で起きてしまいます。ですから、フライトなどで長時間座らざるを得ない人も、ずっと座っていてはいけません。やはり最低でも1時間おきに足を動かしたり、できれば立ち上がってトイレなどに行ったりしなければ、体の不調を引き起こしやすくなります。オフィスであれば、15分に1回は大きな動きを取り入れるように意識するとよいでしょう。
つまり、本当は体を常に動かしているほうがよいのです。これは過去のさまざまな実験データや論文で明らかにされていることです。」
教授のノウハウから生まれた『オッコス』
――そうした繁成先生の研究成果を反映させて生まれたのが、株式会社ドリームと共同開発した『オッコス』なのですね。
「はい。腰椎のあたりだけ支えても、結局骨盤は後傾してしまいます。そこで開発するにあたり、こだわったのが骨盤と仙骨をしっかりと支える構造です。
それから、オッコスの下には前後に傾斜ができるよう特殊なクッションが備え付けられています。これなら、たとえば前傾したとき、後傾したときも骨盤の後方の仙骨部を常に支えている状態を保つことができます。これこそがオッコス最大のポイントです。」
――確かに、座りながらでも少し前かがみになったり、後ろに寄っかかったりという動きは長時間座っていると無意識にやっていると思います。そうしたときにもしっかりと支えるべきところを支えられるような設計になっているのですね。
「そうですね。まさに、使っている方が意識をしなくても、重心を変えるだけで角度が変わる仕様を実現しました。やはりじっと体を固定して長時間座っているのが一番よくないので、体を動かせるような仕組みをオッコスに取り入れたという狙いもあります。
実際に、通常のオフィスチェアとオッコス使用時の体の動き方をビデオで撮影して分析したところ、明らかにオッコスを使用したときのほうが前後に動く回数が多いことがわかりました。オフィスワークは、パソコンの操作などの机上作業をしている最中に無意識に体を前後に動かすことが多いんです。その動きをサポートする仕組みを取り入れたことで体を動かす回数が増え、結果的に腰痛改善にもつながるという発想です。」
――なるほど。まさに普段から先生がご研究されているシーティングのノウハウが詰め込められているのですね。
「骨盤をいかに支えるかという問題は、シーティングを考えるうえで必須となるテーマで、『オッコス』はこれまでの研究が生かされた形で実現できた成果だと思います。最初は私がある程度の試作品をつくって、金型を調整していくのですが、なかなか理想とする形に近づかなくて(笑)。納得できる形になるまで2年もかかり、2019年の秋にようやく販売することができました。」
目の前の“誰か”のために、本当に必要なモノづくりを
――デザインにもさまざまな分野があるなかで、先生はなぜリハビリテーション工学の研究を選んだのでしょうか?
「私は大学2年生のときに、ヴィクター・パパネック氏の『生きのびるためのデザイン』という本を読んで、衝撃を受けたんです。それは、『デザイナーは数年で捨てられるようなデザインを描くほかにやるべきことがあるはずだ。障がいのある人や発展途上国の人々ほどデザインを必要としている』という内容でした。その本に出会うまでは、企業で製品をつくることこそがデザインの仕事だと思っていたので、考え方が変わったひとつの転機になりました。
それから大学院でその領域の研究をするようになり、修了後、療育センターへ就職してさまざまな障がいのある子どもたちに必要な、椅子や歩行器、遊具などをつくっていました。」
――それからずっとこの分野の研究を続けられているのですね。
「はい。とにかくこの分野がおもしろかったからです。就職先が大きな企業であればあるほど、自分の思い描いたデザイン通りの製品ができあがることはあまりありません。しかし私が勤めていた療育センターでは、つくったものがそのまま使ってもらえるし、自分のつくったものを使う子どもを見てすぐに改良をするなど、アイディアをどんどん形にしていくことができます。だいたい1〜3カ月で製品になって家で使ってもらえるようになるので、成果がすぐに確認できて本当に充実した仕事でした。
通常であれば、こうした製品を開発するとなれば、莫大な開発費が必要です。でも、私がいたところは製品の開発や提供に対して自治体や企業の協力が得られ、さらに問題を抱えたユーザーがたくさんいます。毎日何十人という人からの相談を受け、担当医師や看護師、セラピスト、親御さん、学校の先生、義肢装具の専門家がいるチームの中でモノづくりをしていくのですが、未知の分野を開拓するようなおもしろさと難しさがあり、とても充実した日々でした。」
――なるほど。先生はリハビリテーションという分野において、どのような研究を目指しているのでしょうか?
「ユーザー・オリエンテッド・デザインですね。『ユーザーがまず中心にいて、彼らが何を必要としているかを見つけ、最適なものを提案する』という、ユニバーサルデザインと同じコンセプトと実践の研究です。対象となる人がちょっと特殊な特徴を持っているだけで、それは普遍化できるんです。まさに『オッコス』の研究がそうだと思うのですが、特殊な解が普遍解にもつながっているという考え方はずっと持ち続けています。
ただ最近の研究は専門分野が細分化されすぎていて、横のつながりをもつことがむずかしいと感じています。産学連携、異業種交流などさまざまな取り組みがされていますが、あまりうまくいっていません。ですから、もう少し異分野の人たちが柔軟に協力できる体制を整えられると、もっと誰かのためになるモノづくりができるようになると考えています。産学連携から生まれた『オッコス』もそのひとつの例ですね。
今はインターネットでいろいろな情報を世界中に発信し、共有できる時代になりました。だからこそ、細分化されたノウハウを世界中が共有しあうことで、今までの小さなコミュニティの中では実現がむずかしかったモノをつくれる可能性があると思っています。」
――最後に、先生のこれまでの研究を、今後どのように生かしていってほしいと考えますか?
「昔から、重い障がいのある子どもたちや難病を抱える人たちを見てきたなかで感じていたのは、想像以上に地球の重力は体への負担が大きいということです。本当に体が潰されるように、呼吸が苦しくて寝返りもうてない人も目の当たりにしてきました。そういう人たちがもっと自由に、快適に生活できるような技術が開発できないかと願っています。
たとえば重力を調整できるような何かができると、障がいを抱える人たちの負荷は大幅に軽減してあげられるでしょう。それから、ロボット、AIなどをさらに発展させて、姿勢を自動的に変えてくれるような仕組みや、トイレなどの移動をさらに楽にしてくれるモノなど……。最新技術と研究を掛け合わせて、本当に必要としている人に必要なモノを提供していく。夢物語かもしれませんが、いつか実現できないかなと思っています。」