東洋大学 文学部国際文化コミュニケーション学科、自然科学研究室 教授
博士(理学)。専門分野は、電波天文学、活動銀河核、VLBI (超長基線電波干渉計)。2018年より現職。日本天文学会、欧州天文学会、国際天文学連合(IAU)に所属し、活動的な銀河の中心部にある水分子や一酸化炭素分子などの分子ガスや、ブラックホール周辺から噴出するジェットなどについての研究を行う。
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動画で見るWeb体験授業「太陽活動と文明」
目に見えない宇宙の謎を探る「電波天文学」 ー ブラックホール研究に貢献してきた日本の天文学の実力
――先生のご専門である電波天文学とは、どのような分野なのでしょうか。
電波天文学は、電磁波の中でも「電波」と分類される、波長が大体1ミリより長い電波を捉えて、天体や宇宙全体に関する研究を行う分野です。宇宙からやってくる電波を受信することで可視光では観測できない宇宙空間を漂う塵や星間ガスの存在を捉えることができ、そこから星の進化や銀河の構造や内部の運動を研究していきます。
日本の電波天文学の研究は、第二次世界大戦後から活発に行われるようになりました。最初の頃は太陽が発する強い電波を対象にしていましたが、研究者たちの研究対象は徐々に銀河系内の星や遠方の銀河に移っていきます。遠い宇宙を旅してきた微弱な電磁波を観測するため、1982年に長野県の野辺山に宇宙電波観測所が開かれ、直径45m電波望遠鏡が建設されました。
そして1992年には、中井直正先生(現・関西学院大学理学部教授)らが45m電波望遠鏡によってりょうけん座の銀河、M106 (NGC 4258)の中心に強い電磁波を出す領域があることを、水分子から放射される強力な波長1cm程度の電波で発見します。その成果をもとに、中井直正先生や三好真先生(国立天文台)らが率いる日米国際共同研究チームがさらにアメリカの望遠鏡で詳細な観測を行った結果、非常に高密度な星の集団などでは説明できないほどの大きな質量、太陽の1千万倍以上の質量を持つコンパクトな天体が、M106銀河の中心にあると分かり、超巨大ブラックホールの存在を証明するに至ったのです。
――宇宙分野の研究はアメリカやヨーロッパが盛んだというイメージがありましたが、日本も大きな功績をあげているのですね。
その通りです。太陽系が属する天の川銀河以外の系外銀河に巨大ブラックホールがある証拠を見つけたのは、中井先生らが最初です。それが注目を集め、世界中の研究者がブラックホールの存在を他の銀河の観測で追究するようになりました。
――2019年にはブラックホールの「影(シャドウ)」を捉えた画像や論文が発表され、その存在が決定的なものになりましたよね。天文学分野の成果は日々アップデートされ、今後もビッグニュースが聞けるのではないかとワクワクします。先生が注目されている最新の研究について教えていただけますか。
ずばり、「地球外生命体や、地球外文明は存在するのかどうか」ですね。世界中の研究者が熱心に研究に取り組んでおり、私も非常に興味があるテーマです。SFの世界のように思われますが、たくさんの研究者が現実的に研究を進めており、早くも2020年代には太陽系で原始的な生命や、かつて生命が存在した痕跡が見つかる可能性が高いとされています。特に、アメリカや中国が有人探査計画を進めている火星や、木星・土星の衛星には、生命体や過去に生命体が存在した痕跡があるのではないかと考えられています。
さらに、近年は太陽以外の恒星の周りを回る系外惑星の研究も大きく進歩しており、1995年に初めて発見されて以降、2021年現在、4,400個の系外惑星が見つかっています。その中に生命体が居住可能だと推定される惑星がいくつも発見されていますから、研究者たちは知的生命体や地球外文明の存在を期待しているわけです。今後この分野の研究はどんどん進んでいくでしょう。今世紀中には、地球外知的生命体が系外惑星に発見されるのでは、と期待されています。
何を準備すればいい?自宅で簡単に挑戦できる天体観測
――ブラックホールや地球外生命体など、宇宙は専門家でなくても興味をそそられます。一般の人が気軽に天体観測を行うには、何から始めればよいのでしょうか。
まずは天体望遠鏡を手に入れましょう。量販店や、インターネット通販などで手に入る数千円のもので十分です。それから、望遠鏡を固定できる三脚もあるといいですね。実は私も、昨年初めて口径60mmの天体望遠鏡を自宅用に購入しました。家族と一緒にベランダから月の表面を観察したのですが、子どもたちはとても感動した様子でしたよ。
――わざわざ天文台に訪れたりしなくても、自宅で簡単に天体観測ができるということでしょうか。
月の表面や土星の環、木星の縞模様を見るには天体望遠鏡が欠かせませんが、流星群であれば機器はいりません。10分程度夜空を眺めていると運が良ければ流れ星が視界を横切るはずです。天気がよく月あかりの影響が少なければ、東京の空でも十分観測可能だと思います。毎年12月半ばに見える、ふたご座流星群を自宅のベランダで見たことがあります。また、その年に起こる天文現象の解説をした『天文年鑑』や天体観測のガイドブック、国立天文台ホームページの「ほしぞら情報」の情報をみれば、予め観測したい天体の日程を調べて気軽に天文学や天体ショーを楽しむことができますよ。
――コロナ禍で「おうち時間」が増えたことによって、天体観測にチャレンジする人も増えたと聞きます。
そのようですね。見るだけでなくて写真や動画に収めるのも簡単で、たとえば、望遠鏡にスマートフォンを取り付けると、想像以上に美しい写真を撮影することができます。2021年の5月26日に起こった皆既月食では、私もスマートフォンで撮影に挑戦しました。かけていた月が丸くなっていく様子を動画に収めたのですが、特別な技術は一切必要なく、とても気軽にできましたよ。撮影したものを家族や友人と見せ合ったり、SNSで発信したりと、撮影した瞬間の感動を誰かと共有するのもいいですね。
スマートフォンと望遠鏡を用いて撮影した部分月食の様子
撮影:経済学部 澤口隆教授(2021年11月19日、東洋大学白山キャンパスにて)
――太古の昔の人々が星空を観察し、神話と重ねたり暦を作ったりしてきたように、私たち人間が宇宙に魅了されるのは、時を経ても変わりませんね。
はるか昔から人々は夜空を見上げ、星の美しさに感動し、宇宙の不思議を解明しようとしてきました。人類が望遠鏡を使って初めて天体を観測したのは1609年のこと。イタリアの天文・物理学者ガリレオ・ガリレイが望遠鏡を宇宙に向け、月面にある無数のクレーターや木星の周りを回る4つの衛星、金星の満ち欠けを発見したのです。ガリレオの発見はそれまでの古い宇宙観を打ち壊し、天文学の歴史を大きく変えるものでした。21世紀になり技術は大幅に進化し、アーカイブデータへのアクセスも容易になりましたが、やはり自分で望遠鏡をセッティングして天体を観測する体験はとても重要だと思います。五感で自然を味わうことで感動は何倍にもなりますし、古代の人々やガリレオも夜空を眺めながら同じ感覚を抱いていたと思うと、宇宙が持つ偉大さや普遍的な美しさへの興味が一層深まりますよね。
天文学分野の発展を支える、研究者の知的好奇心
天文学実習講義で利用する口径80mmの望遠鏡と萩原先生
――天体観測や天文学に触れる上で大切な姿勢はありますか。
全ての学問分野について同じことが言えますが、「なぜ?どうして?」と疑問を持つことが大切です。たとえば、「恒星はなぜ輝いているのか」ということや、「赤い光を放つ星と青い光を放つ星とでは、何が異なるのか」といった小さな疑問で構いません。
恒星は水素などのガスが核融合反応を起こし、熱と光を放出しています。生まれたばかりの若い星は、表面温度が10,000~20,000℃ほどで青っぽく見えます。徐々に進化していくと表面温度は下がり、表面温度がおよそ6000℃の太陽のように黄色ぽくなり、進化がさらに進むと、赤い光を放つようになります。2020年、オリオン座の1等星であるベテルギウスの輝きが小さくなったり元に戻ったりすることが観測され、超新星爆発を起こす兆候ではないかと話題になりましたね。
――星の色は、温度と関係があるのですね。低温だと赤く、高温だと青白く見えるのはガスバーナーやコンロと同じですよね。
まさに、そういった気づきが重要なのです。天文学の研究者としては、星の活動も天体現象も、物理法則で説明がつくことを理解してほしいと考えています。自分が不思議に思ったことを追究し、物理学の理論と結び付けて考えられるようになるといいですね。2021年にノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎先生の言葉にもあるように、研究は好奇心を原動力に取り組むべきです。何かに役立つかどうかを軸に考えるのではなくて、自然と湧いた純粋な興味や疑問を大切にしていると、大きな発見に出合うことができるのではないでしょうか。
――学問を発展させるのは研究者たちの知的好奇心というわけですね。そういった姿勢を持ってこそ、物事の本質や真理に到達することができるのだと。
全ての物事に対して疑問を抱き、「諸学の基礎は哲学にあり」と説いた東洋大学の創立者・井上円了の考えにも通ずるところがあるように思います。ブラックホールの構造や地球外生命体の存在も、人類の生活を直接豊かにするものではありませんが、解明できれば宇宙や生命の起源といった根源的なことが分かるかもしれません。好奇心を胸に何らかのテーマと向き合い続けることは、知的に生きる人間として当然の営みと言えるでしょう。