INDEX

  1. AI技術が発展すれば人間の知的活動の一部が解き明かせるかもしれない
  2. AI同士が切磋琢磨しながら学習する方法がクリエイティブなAIの発展につながった
  3. AIの学習方法を理解することは人間が成長するためのヒントを与えてくれる

INTERVIEWEE

村上 真

MURAKAMI Makoto

東洋大学 総合情報学部総合情報学科 准教授
博士(情報科学)。専門分野は、知能情報学、エンタテインメント・ゲーム情報学、ヒューマンインタフェース・インタラクション。2002年4月より東洋大学工学部講師、その後工学部助教授を経て2009年より現職。ACM、IEEE、人工知能学会等の複数の学会に所属している。

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AI技術が発展すれば人間の知的活動の一部が解き明かせるかもしれない


   
――初めに、先生の研究内容について教えてください。

大学在学中から、人間とコミュニケーションをとるヒューマノイドロボットの開発プロジェクトに携わっていました。中でも注力したのが、ロボットが人間の動作や姿勢から心的状況を理解するためのコンピュータビジョンの研究です。同時に、ディスプレイ上にロボットをCGで再現し、どんな身振り手振りをすれば人間とのコミュニケーションが円滑になるのかを明らかにするために、キャラクタアニメーションの研究を行っていました。

AI技術はここ10年ほどで急速に発展し、従来想定していた画像・音声認識、自然言語処理に加え、よりクリエイティブな領域に踏み込んだ画像や動画、楽曲の生成技術が確立されてきています。そうした潮流を受けて、最新のAI技術を使用しCGのキャラクターを人間らしく動かすための研究に取り組んでいます。

また、私が所属する総合情報学部には、コンピューターを用いて多様なコンテンツを作るメディア文化コースがあります。AI技術と結び付けて描画や作曲、CGを使った制作活動をしたいと希望する学生に対して、技術的な側面から彼らの制作活動をサポートすることもありますね。

――画像認識からCGアニメーションまで、多彩な領域で応用されているAI技術ですが、具体的な定義はあるのでしょうか。

クリエイティブな領域に限定すれば、「人間にできる創造的活動の一部を、コンピューターを使って行う」ことだといえます。例えば、私たちは知り合いの顔を思い浮かべて、笑顔を作ったり髪型を変えたりした姿を想像できます。特定の人物の特徴を組み合わせたちょうど「中間」の顔や、架空のアニメキャラクターを思い浮かべることもできます。このような人間の創造的活動はどのように行われているのでしょうか?AIが人間の脳と同等の機能を持つようになったとき、両者の仕組みはかなり似通ってくることが予想されます。その結果、人間の脳の仕組みが解き明かされる可能性も考えられるので人間独自のクリエイティビティの根源を解き明かすという観点からも、AI研究には大きな可能性が秘められているのです。
  

AI同士が切磋琢磨しながら学習する方法がクリエイティブなAIの発展につながった


   
――昨今、クリエイティブ領域でのAIの活用が進んでいるとのことですが、どういった仕組みでAIは技術を習得していくのでしょうか。

画像・音声認識などに比べ、クリエイティブな処理を行うAIの学習法は大きく異なります。画像認識では、犬や猿が一匹ずつ写った画像を複数入力したうえでAIに犬・猿どちらかを答えさせ、人間が教師役となって正解を教えるといった方法が一般的です。正解が付与された問題を一題一題解き続けることで、AIは画像に関する知識を獲得していきます。

ところが、画像や動画、楽曲などを作る生成モデルでは教師役が介在せず、AI同士が切磋琢磨することによりお互いの能力を向上させる方法が使われることがあります。例えば、アニメキャラクターの画像を生成する場合、人が描いた画像と見分けがつかないような画像を生成するAIと、人が描いた画像か生成された画像かを見分けられるAIを用意し、それらを競わせることでお互いの性能が向上するように学習します。

サッカーに例えるなら、前者はコーチの指導によってディフェンダーを抜き去ることができる選手を育成する方法にあたります。後者は、2人の選手に攻守の役割を割り当てて練習させることで、ディフェンス側の選手はうまく守れるように、オフェンス側の選手はディフェンダーを抜き去ることができるように、切磋琢磨しながら成長していく練習方法といえます。

――「切磋琢磨しながら学習する方法」は人間による操作の手間が少なく、効率的に学習を進められるのですね。この学習法を用いて生み出された技術は、他にどんなものがありますか。

この方法は、解像度の低い画像を高解像度に変換する「超解像処理」に使用されることがあります。人間は遠くにぼやけて見える時計でも、過去の学習データを参照して時針の位置を補完できます。AIも同様に、事前に学習しておけば低解像度の画像に対して必要な情報を補い、クリアに表示することができるのです。例えば高解像度の画像を高いフレームレート(1秒間の動画を構成する静止画の枚数が多い)で描画する必要があるゲームでは計算コストがかかってしまうため、低解像度の画像を描画し、それを高解像度に変換する超解像処理が利用されています。

また、実写の画像を多様なスタイルの画像に変換する「スタイル変換」にも、この方法が使われることがあります。実在する人物や風景の画像を油絵風や鉛筆画風にしたり、漫画家の作風を真似たイラストにしたり……。アニメーションの制作現場では、撮影した風景写真をトレースして背景を作画することがありますが、スタイル変換を活用しAIが背景の作画を担うことで、人間がキャラクターのデザインや描画に時間を割けるようになります。

――お話を聞いて、AIの性能の高さと活躍するフィールドの幅広さを改めて実感しました。AIがこれまで以上の発展を遂げるために、克服すべき課題はあるのでしょうか。

クリエイティブな領域に関していえば、現在のAIによる生成モデルは、学習データをもとにランダムかつ多様な結果を出力するという地点にあります。今後ますます活用の場を広げていくには、人間が思い描いた通りの画像や動画、アニメキャラクター、楽曲などを生み出す機能が欠かせません。そのような機能を持ったAIも研究され始めています。これから数年間は、指定した内容を的確に反映した結果を出すAIの開発が進むのではないでしょうか。

また、AI技術全般まで視野を広げると、性能を向上させるために学習データや計算資源といった莫大なリソースを割いている状況も改善すべきだと感じます。人間の場合、生まれてから目や耳、手足を使って周囲の環境を捉え、触れた部分の感触や自分との位置関係による見え方の違いなどを学んだ上で「これは犬だ」「猫だ」と認識します。一方、AIは最初から「犬」「猫」といった正解が付された大量の学習データを読み込み、数多の施行を重ねて対象物を判断します。AIに比べて時間はかかりますが、実は人間の方が少ないリソースで効率的に学習することができているのです。人間に倣った最適な学習法をAIに実装できれば、発展の可能性はさらに広がることでしょう。

※計算資源…コンピュータ内の装置や回路の制御やデータ演算をするCPUの稼働時間や、メモリ容量、ネットワーク接続や演算に用いられるファイルなど、コンピュータが計算のために費やす資源のこと。
   

AIの学習方法を理解することは人間が成長するためのヒントを与えてくれる


    
――AIの進歩が続く中、AIが人間の能力を超えられるのかどうか議論が巻き起こっています。先生ご自身は、人間とAIの共存についてどのようにお考えでしょうか。

AIはどんどん賢くなっていますが、現状のAIの学習方法を考えているのは人間です。賢いAIの学習方法は、人間が効果的に学習するためのヒントを与えてくれます。

AIの学習では、本来行いたいタスクとは異なるタスクで学習を始めることがあります。最初に汎用的な知識を獲得するための問題をたくさん解かせ、十分汎用的な知識が獲得された段階で、本来解かせたい問題を少しだけ解かせます。そうすると、本来行いたいタスクをうまく処理できるようになります。これは、弁護士やお医者さんになりたい子供が最初から弁護士やお医者さんになるための勉強をしないことと同じです。人間も長期間の義務教育で汎用的な知識を身につければ、その後の短い期間の専門的な学習により弁護士にもお医者さんにもなれることをこのことは示しています。人間が義務教育で何を学ぶべきかに関しては、古文や漢文や三角関数なんて日常生活で使うことがないから必要ないという議論があります。しかし、汎用的な知識を身につけることが目的であれば、将来使用することがない対象を学ぶことも重要であることをAI研究の成果は示唆しています。

また、クリエイティブなAIにおいても、多様な学習データで学習したAIは意外性のある新しい作品を生み出すことがあります。絵画や音楽の歴史においても、交通が発展し、異質の文化が融合すると新しい画風の絵画や新しい曲調の曲が生まれるということがあります。
私たち人間も、天啓に打たれて突然新しいアイデアを思いつくことは稀で、多様なインプットを行うことで新しいことを創造しているのでしょう。私自身も、何を学習するかはあまり重要ではなく、多様なことを学習し続けることが新しいことを生み出す際に重要だということをAI研究を通じて感じています。

ここまでは学習の対象について述べましたが、学習の方法についてもAI研究の成果から学べることがあります。与えられた問題をただ解くだけではなく、問題を少し変えることでよく似た問題をたくさん作って解くAIの学習方法があります。学習はあくまで練習であり、現実の問題は形を変えて私たちの前に現れます。与えられた問題をただ解いて終わりにしている人と実際の場面を想定して少し変えた問題をたくさん作って解く練習をしている人のどちらがうまく現実の問題に対処できるかは自明でしょう。私たちはこのようなことを経験的に知っていますが、AI研究の成果はそのことを客観的に示してくれます。AI技術を学び、AIが学習する方法を深く理解することは、人間が成長するためのヒントを与えてくれるのではないでしょうか?

――最後に、AI技術の高度化によって実現が期待される未来予想図を教えてください。

画像や動画、音楽、アニメーション……あらゆるジャンルにおいて、これまではアイディアを実現するために資金や人手、時間といった多大な労力を費やさなければなりませんでした。近年はコンピューターの登場によって多少ハードルが下がりましたが、それでもコストはかかります。しかし、AI技術が今後より一層発展すれば、人間の頭の中にあるアイディアをそのまま作品として出力できるようになるかもしれません。そうなれば、これまで発表されることのなかった面白い作品がたくさん現れることが期待できます。もちろん、人間が良いアイディアを生むためにも多種多様なデータのインプットは不可欠です。全てをAI任せにするのではなく、それぞれの役割を理解した上で知見を積み上げていく姿勢が今後の未来において一層大切だと思います。
 

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