INTERVIEWEE
越智 良典
OCHI Yoshinori
東洋大学 国際観光学部国際観光学科 教授
政治学士。専門は旅行事業経営論。早稲田大学卒業後、近畿日本ツーリストに入社。海外旅行部長などを歴任し、2007年常務取締役、08年専務取締役。経営戦略本部や国際旅行事業本部等を統括。ユナイテッドツアーズ代表取締役社長を経て、13年JATA(日本旅行業協会)理事・事務局長。20年4月から現職。共著に『観光立国日本への提言』(成文堂)、『日本の観光を担う次世代リーダーへ』(公益社団法人日本観光振興協会)など。
新型コロナウイルスの影響による観光の現状
――まずは、2020年の日本における観光消費の実情について教えてください。
観光庁は「観光・旅行消費動向調査」「訪日外国人消費動向調査」というアンケートを集計しており、その中で国内外の観光客が宿泊や飲食、交通、サービス、買い物などでいくら消費をしたかという観光消費額の調査結果を発表しています。
その結果を見てみると、2019年は旅行・観光に関する消費は約27兆9000億円となっており、12ヶ月の平均では約2~3兆円の消費となっていました。この約27兆9000億円の消費額のうち、インバウンドによる観光消費は約4兆8000億円でした。しかし、2020年の4月以降は、新型コロナウイルス感染症の拡大によって海外から日本への渡航が途絶え、インバウンドによる消費額はほぼ0円という状況に陥っていました。
2020年を振り返ってみると、中国政府が団体旅行を禁止したことで「春節」によって観光需要が見込める1~3月の時期は訪日観光客が激減。また、全国の小中学校・高校に自粛要請が出されたことなども、春休みの家族旅行や卒業旅行を控える一因となり、国内旅行のキャンセルも相次ぎました。2019年の1~3月は旅行・観光消費額が約5兆6000億円だったのですが、2020年の同時期は約4兆1000億円にまで減少しました。
日本で4月に発令された一度目の緊急事態宣言は5月で一旦解除となりましたが、4-6月の旅行・観光消費額は2019年の約7兆5000億円から、2020年の同時期は約1兆円と日本の観光インフラは危機的状況に陥りました。いわば田んぼが干上がる状態でした。7月からの県内割引、そしてGo Toトラベルでようやく復調の兆しがでてきたのです。
図:2020年の観光・旅行消費額前年比較(観光庁の旅行・観光消費額統計を基に作成)
――2020年の7月から一部地域を対象に始まったGo To トラベルに関しては、メディアでさまざまに報道されていますが、先生はどのように捉えていらっしゃいますか。
観光業に限らず、日本国内では約250もの業種が「感染対策を講じた新たな生活様式のもとで国内の経済を回しましょう」という共通認識を持ち、感染拡大防止のためのガイドラインをそれぞれ作成しています。この認識は「新しい生活様式」として報じられていますが、適度な距離を保つことや定期的な換気を行うこと、手指の消毒などを徹底し、国民の健康と経済の循環を担保していくことが目的です。
旅行をする際には、移動する際に、航空、鉄道、バスを利用し、宿泊する際は、ホテル、旅館を利用し、途中で飲食をし、観光施設を訪問します。各機関がガイドラインをつくり、旅行会社は、旅のシーンの中でいかに感染リスクを下げるかのガイドラインを決めています。また、旅行者に「新しい旅のエチケット」というマナー集を配布して感染拡大防止の啓発しています。いわば、「新しい生活様式」を旅行を通じて広めていきました。7月から開始して、徐々に利用が増え、観光業界だけでなく、地域経済にも大きく貢献出来ました。
しかし、10月以降テレビや雑誌、インターネットでは、クーポンの利点や注目の観光地ばかりが紹介されることが多く、旅行時の感染対策に関してはあまり触れられていなかったのではないでしょうか。旅行そのものによる感染を止める為というより感染対策への気の緩みを引き締める効果を狙って、現在はGo To トラベルが一時停止となっています。再開された場合はよりいっそう旅行時の感染対策を促し、経済循環との両立を行うという社会全体の意識を高めることが大切だと感じています。
人々の観光に対する意識の変化
――新型コロナウイルスの影響やGo To トラベルを通して、観光に対する人々の興味や関心は変わってきていると感じますか。
Go To トラベルが実施され、また私自身もいくつかのツアーに参加してみて、新たな旅の形がいくつか見えてきたと感じています。例えば、「自然豊かなところに行きたい」「少人数で出かけたい」「近場で楽しみたい」という傾向は、新型コロナウイルスの影響で強まっているように感じます。飛行機や電車ではなく、マイカーで行ける範囲や宿泊地の地域に観光客がとどまるというスタイルが一般化してきているのではないでしょうか。
一方で、感染対策をきちんと行っている旅行会社のツアーなどを利用して、電車や飛行機で遠方へ出かける旅行者もいます。遠方旅行への需要も一定数はあるため、旅行会社としても細かな部分まで新型コロナウイルス対策を意識したサービスを徹底しているように思います。実施されている感染対策としては、「体温計測だけでなく、健康チェックシートでも健康管理する」「参加者もスタッフも、マスクは食事以外の場面で外さないこと」「移動中の会話は控えること」などが例として挙げられます。旅行会社としても、こうした対策を旅の新たなスタンダードとすべく普及活動に力を入れており、それが参加者にも受け入れられているのではないでしょうか。
また、観光庁はGo Toトラベル事業に参加している全国の約2万7000の宿泊事業者に、なんと100もの項目を設けてツアーの感染対策に関する現地調査を行っています。旅行会社にも同様調査が行われています。違反すれば、事業の改善を求める指導を受けることになりますし、Go To トラベルの対象外となることもあります。このような背景から、それぞれの事業者が感染防止のために徹底した対策を行っており、たとえ大人数での旅行だとしても、個人で行う対策よりも安心だという考え方も広がっているようです。
――これまでと異なる観光消費の傾向についても教えてください。
新型コロナウイルス感染症が拡大する前の2019年、日本から海外旅行に出かけた人は約2008万人いました。しかし、2020年のコロナ禍においては、渡航制限によって海外旅行をすることは難しくなってしまいました。これまで海外旅行を楽しんでいた人たちは、コロナ禍でどうやって「旅行欲」を満たしていると思いますか。
――海外旅行ができない代わりに、国内で旅行をする…ということでしょうか。
その通りです。海外旅行を楽しむ人たちは、旅行代金や現地での買い物、食事、オプションツアーの参加などで一度に何十万円ものお金を使うことが多いです。その人たちが同じ金額を国内旅行で消費するとしたら、一泊や二泊の旅行ではなく、長期旅行に使用すると考えられます。または、短期間でもグレードの高いホテルやレストランを利用するのではないでしょうか。
旅行会社はそういった消費動向を想定し、5日間で15~20万円という高価格帯の国内旅行を企画しているところもあります。高級ホテルに泊まって豪華な食事を楽しむプランや、「日本の名建築をめぐる旅」、「日本の歴史を学ぶ旅」などのテーマを設けて広域を巡るツアーなどは、コロナ禍において非常に人気なのです。海外旅行に行けない人たちは、海外で新しいものに触れる代わりに日本の魅力を再発見しようという思いでこうしたツアーに参加します。これまでは注目されていなかった新しいニーズを掘り起こした国内旅行が企画されているというのが、新たな傾向かもしれません。
――オンラインツールが急速に拡大したことで、旅行業界ではオンライン観光やeトラベルという新たな旅行の形も模索されているそうですね。
オンライン観光、オンラインツアーと現在呼ばれているものは、自宅にいながら国内や海外への旅行に参加し、旅行気分を楽しめると謳われていますが、まだまだ実際に旅行しているようなオンライン体験というよりは、旅行への興味をつなぎとめる手段という範囲から脱しきれていないと思います。
そうしたサービスだけでは消費者側は「見るだけ」になってしまい、高い参加料をとれないので、長期的な視点で考えれば事業として成り立ちません。オンライン観光が事業として成立するモデルを、早い段階で打ち出さなければならないですね。
例えば、リアルであれば決して一緒に旅行を楽しめないような有名人がツアーガイドとして旅行先を案内する。または、リアルなら入れない施設や、普段は空いていない時間の様子を見せてくれる。そうした「バーチャル」ならではの視点が重要になってくると思います。例え疑似体験だったとしても、アイデア次第では事業としての将来性もありますし、需要も高まるのではないかと考えています。
コロナ禍でも旅行を安心して楽しむために
――今、旅行したいという気持ちは持っているものの、このような状況下で迷っている人は多いと思います。それぞれができる旅行との向き合い方について、お聞かせください。
コロナ以前のように人々が自由に、気兼ねなく行き来できるようになるには、まだ時間を要するでしょう。観光産業を崩壊させないためには、さまざまな工夫が必要です。
旅行をしたいと考えているみなさん一人ひとりが旅行を楽しむ方法は、現状ではおもに2つのパターンがあると思います。1つは、家族や信頼できる人同士で、車で行ける範囲の旅行を楽しむというパターン。もう1つは、感染対策をしっかりと行っている旅行会社を探し、その内容を自分で確認してツアーに参加するというパターンです。コロナ禍においては、バスツアーや夜行バスの利用は不安視されることが多いですが、たとえバスを利用する旅行だとしても、バス自体は換気性能が高いバスが大半で、定期的な換気や常時マスクなどの対策を十分に行うことで感染リスクは低減できると言われています。
また、旅行会社によっては、ツアーの定員をコロナ前の半分以下に減らしたり、座席の間隔を空ける工夫を行ったりしているところもあるため、旅行前にホームページなどを確認し、より対策のきめ細やかな会社を選べば、不安も解消できるでしょう。自分で一から計画して旅行するよりも、「旅行のプロ」である旅行会社に任せた方が、感染対策としても、自分の精神的な余裕にしても、はるかに有意義なのではないかと思います。
いずれにしても、新型コロナウイルス感染症は現時点でまだ収束していませんし、今後すぐに消滅することは考えにくいです。旅行を楽しむのであれば、感染防止への十分な対策をとりながらその観光地の持つ魅力に触れてほしいですね。