INTERVIEWEE
東洋大学手話サークル つみき、宇宙航空研究開発機構(JAXA)広報部 春日 晴樹
手話は国や地域によって表現が違う?
画像:東洋大学手話サークルつみき・現代表の佐々木梨奈さん(2年)―東洋大学手話サークルつみきの活動内容を教えてください。
佐々木「サークル員に担当テーマを割り振って、平日の空き時間に手話の勉強会をするのが普段の活動ですね。例えば『秋の野菜』がテーマのときは、担当サークル員がカボチャやサツマイモなど、秋が旬の野菜を手話ではどのように表現するか調べてきて、例文やフリートークを通じて手話を使いこなせるようにする、といった具合です。現在、部員は160名くらいで、毎日楽しく活動しています。大学祭のときには、手話を交えて歌を歌ったりもして、多くの方に日頃の活動の成果を見ていただきました。」
―とても活発に活動されているのですね。手話についてあまり詳しくないのですが...手話はどこの国や地域に行っても通じるものなのでしょうか。
佐々木「残念ながら手話は世界共通ではありません。国によって違いますし、日本国内でも地域によって表現方法が変わるんです。次の動画をご覧ください。」
動画:『名前』を手話で表現するときの東日本と西日本の違い
佐々木「この動画は、『名前』という言葉の手話が東日本と西日本でどう違うかを比べたものです。ご覧のように、同じ国であっても地域が違うだけで大きく異なる表現になっていることが分かりますよね。国や地域で表現方法が異なる点など、手話は言語にとてもよく似ていると思います。」
―同じ日本国内でも、地域によってこんなにも表現の違いがあるのですね。ですが、ろう者の方はコミュニケーションに困らないのですか。
佐々木「ろう者の方は、身振り手振りでコミュニケーションをとることに慣れているので、意外と問題に感じていない方も多いみたいです。以前お話を聞いたろう者の方は、『ボディランゲージだけで誰とでも会話できる!』と、1人で海外旅行に行くこともあるのだそうですよ。」
―とてもたくましく生活されていらっしゃるんですね。
佐々木「“耳が不自由”と聞くと、どうしても“苦労されているな”という印象が強くなってしまいますが、実際には明るく元気に生活されている方が多いということも知っていただきたいですね。ろう者が本当に困っているのは、手話になっていない言葉がたくさんあること。宇宙手話も、宇宙に関する言葉が少なかったことがきっかけで、開発が始まったんです。」
宇宙の用語を表す手話がなかった
画像:東洋大学手話サークルつみき・総代表の増山弘晃さん(3年)。宇宙手話の開発に携わったメンバーの1人
―「宇宙手話」開発のきっかけを教えていただけますか。
増山「JAXAの広報を担当されている春日さんから、『宇宙用語を作りたいから協力してほしい』とお声がけいただき、共同で作ることになりました。佐々木さんが言ったように、宇宙に関する言葉というのはあまり手話になっていないんです。ご自身も耳が不自由な春日さんがそこに課題意識を感じて、開発に至ったというのが経緯ですね。」
画像:宇宙航空研究開発機構(JAXA)の広報部・春日晴樹さん。宇宙手話の発案者。
春日「私はJAXAで働いているのですが、宇宙に関する言葉は手話になっているものが少ないんです。だから、『国際宇宙ステーション』という言葉を言おうとすると、指文字(※)で1文字ずつ『こ・く・さ・い・う・ち・ゅ・う・す・て・ー・し・ょ・ん』と表現するしかなく、コミュニケーションにものすごく時間がかかっていました。だから、宇宙手話を自分で作ろうと考えたんです。」
※指文字…50音をそれぞれ手の形で表現したもの
―私達が使う言葉は当たり前のように手話になっていると思っていたのですが、手話で表現できない言葉はたくさんあるのですね。共同開発をするパートナーとして、東洋大学手話サークルつみきを選んだのはなぜですか。
春日「新たな手話を作るのは大変な道のりで、1人では絶対にできないことは分かっていました。そこで、大学の手話サークルと共同で開発できたらいいなと思い、いくつかの大学を見てまわったんです。東洋大学の学生たちと一緒にやりたいと思った理由は、活動の雰囲気ですね。みんな手話に対して真剣に取り組んでいるし、それでいて、明るく楽しみながら手話をやっていた。そこに惹かれたんです。」
―真面目さと楽しさという2つの要素を兼ね備えていたのが、東洋大学手話サークルつみきだったのですね。宇宙手話は、どのように作っていったのでしょうか。
増山「春日さんが講演会をするときによく使う宇宙用語をピックアップしていただき、その言葉に関連する動画を見たり、絵を描いたりしてイメージを膨らませて作っていきました。1つの手話を作るにも、ああでもない、こうでもないと何度も形を変えながら作ったので、1つひとつとても思い入れが強いです。例として『宇宙船』という言葉を作る過程をご覧いただきましょう。」
動画:「宇宙船」という手話が誕生した過程(最初に出た案と完成したものの比較)
増山「もともとは『船』という手話を活用しようと思っていたのですが、実際の宇宙船の形が船とは異なるので、実物をイメージしやすいように作り変えたんです。こんな風に、『どうやったら覚えやすくて使いやすい手話になるだろう』と試行錯誤を重ねて、最終的に6個の手話を完成させることができました。」
動画:完成した6個の手話(制作: 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)、協力:東洋大学手話サークル「つみき」)
手話が誰かの夢につがながるとき
―増山さんにお聞きします。実際に手話を作るという作業をやってみて、いかがでしたか。
増山「とても貴重な経験をさせていただきました。春日さんと手話を作る中で気づいたのは、『自分では良いと思ったアイデアが、初めて見る人にとっても良いものとは限らない』ということです。手話はみんなにとって使いやすいものでなければならないので、使う人の気持ちに寄り添う必要があります。 ろうの方の立場に立ってここまで深く考えたのは、初めてだったかもしれません。あとは、『作ってくれてありがとう』と感謝のメッセージをたくさんの方からいただけたのが、嬉しかったですね。『手話を使う方のために役立つことができたんだ』と。」
―「手話を作る」という過程を通じて得たものは大きかったということですね。春日さんは、東洋大学手話サークルつみきの皆さんと宇宙手話を開発してみて、いかがでしたか。
春日「みんなの力が合わさったからこそ、完成させることができました。完成した6つの手話1つひとつには、私達の想いが詰まっています。壮大な話かもしれませんが、この宇宙手話が、誰かの夢につながると思っているんです。私はよく、身体に何かしらの不自由を持った子ども達の前でお話をさせていただくことがあります。そこでよく話すのが、『健康な人より何倍も努力すれば、耳が聞こえなくたって夢は叶う』ということ。 自分がそれを目指して歩み続ければ、夢は叶うんです。
今回宇宙手話を作ったことで、ろうの方にとって宇宙がより身近に感じられるようになりました。これまでなかった領域の手話が生まれることによって、私のようなろうの方が、いろいろな分野に興味を持てるようになり、活躍の場を広げられるようになる。そんな社会が実現してほしいし、そうなると信じています。」
―手話をつくることは、ろうの方の「夢」をつくることにもなるのですね。
増山「僕自身も反響の大きさには驚きました。『宇宙に対する壁がなくなりました。』というコメントをいただいたときに、自分達がやっていることがこんなにも大きな影響を与えているんだと、嬉しかったですね。そんな素敵な機会を与えてくださった春日さんには、感謝しかありません。」
たとえ下手でもいい。だって、手話で話すのは楽しいから
画像:大学祭でのパフォーマンスの様子―今後、サークルをどのようにしていきたいかを教えてください。
増山「宇宙手話を作ったことをきっかけに、サークル内で『手話を一生懸命勉強したい!』という強い想いを持った人が増えました。僕自身も、春日さんと一緒に手話を作る過程で、たくさん手話でコミュニケーションをとってきました。僕はまだ手話に自信がありませんが、たとえ下手でも手話を通じて会話ができるって、本当に楽しいんだということを体験できたので、その体験を伝えていきたいと思っています。」
佐々木「多くの人に手話の楽しさを知ってもらいたいというのは、私も同じ気持ちです。あとは、今後手話を作る機会があったら、ぜひ参加したいですね。コミュニケーションをとるだけでなく、ろうの方の生活に役立つ活動もしていきたいです。」