東洋大学 文学部日本文学文化学科 准教授
博士(文学)。専門分野は和歌文学、中世文学。第33回より東洋大学「現代学生百人一首」選考委員、第34回では選考委員長を務める。論文に「甘露寺親長の歌会 ――室町和歌史一面」(国語国文86巻11号)、「歌人式子内親王の揺籃期をめぐって」(和歌文学研究106号)など。
▶東洋大学入試情報サイト「TOYOWebStyle」で高柳先生のWeb体験授業の動画コンテンツをご覧いただけます。
日本の伝統文化を知る − 「歌会始」をめぐって −
実は政治的意図があった?現代短歌ができるまでの和歌の歴史に迫る
──はじめに、現代短歌のルーツとされる和歌について教えてください。
和歌とは、五・七・五・七・七の三十一文字で、四季や恋愛などさまざまなテーマを表現する古典詩です。三十一文字の形式は、成立当初から崩れることなく、現代まで継承されています。私が専門に研究している中世の鎌倉時代から室町時代、安土桃山時代にかけての長い期間でも和歌はほとんど変わらず、受け継がれてきました。一言で中世と言っても、1100年代と1600年代とでは全く異なる社会が形成されています。社会が変化する中、古くから形式が変わっていないものが、今もなお人々の心を捉えるのはなぜなのか。そこに和歌の本質があるのではないかと思い、時代の変化とリンクしながら、受け継がれてきた和歌文学について研究しています。
──中世の社会における和歌の役割とは、どのようなものだったのでしょうか。
中世の和歌は、現代文学のように文章を読んで楽しむというだけではなく、政治的なイデオロギーと結びついた意外な側面を持っていました。この時代の和歌は、天皇あるいは上皇・法皇の命令をうけて編集される、勅撰和歌集を中心に展開されます。905年の『古今和歌集』から始まった勅撰和歌集ですが、中世に入ってからは、天皇の治世の素晴らしさをたたえる意味合いを持ちました。「歌集を作ることができるのは、天皇が世の中を泰平にし、文学が発展したおかげだ」という思想が人々の間に広まったのです。天皇家が二つに分かれ、継承争いが起こった両統迭立期には、それぞれが競うように勅撰和歌集を編纂し、短いスパンで多くの歌集がつくられました。
また、編纂の命を受ける勅撰和歌集の編者は、歌道家という特権的な地位を得ました。その特権を独占しようとした結果分家同士での争いに発展することもありました。「撰者を務める」ということは、今で言うお家元の証を持つようなことであり、さまざまなドラマがありました。和歌の裏には、こうした政治的なイデオロギーやさまざまな人の思惑が隠れていたのです。
──鎌倉時代、室町時代では幕府が政治の主導権を握っていましたが、和歌は幕府とも結びつきがあったのでしょうか。
鎌倉幕府は、朝廷が持つ何百年にもわたる和歌の伝統を重要視していました。幕府によって朝廷の権力が削がれていく中で、朝廷が唯一存在感を主張できるものが和歌という伝統文化の力だったことから、非常に和歌の社会的価値が高かったといえます。室町時代になると朝廷の力がさらに弱まり、将軍の申し入れで勅撰和歌集が編纂され始めました。こうして和歌は、朝廷の持つ歴史と伝統の流れを残しながらも、幕府の力をも示す役割を担うようになりました。
──朝廷と幕府、それぞれにおいて和歌が意義のあるものとなったため、時代が移り変わる中でも、形を変えずに受け継がれたのですね。
形を変えずに受け継がれたというよりもむしろ、形を変えないように守られてきたという方が正しいかもしれません。鎌倉以降の勅撰和歌集を見るに、伝統をそのままの形で次代に伝えることがより重視されていたように思われます。
このように、江戸時代に至るまでの和歌の多くは伝統や決まりに則って生み出されたものでした。明治時代に入り、正岡子規らによって短歌革新運動が起こり、現代短歌へとつながっていきます。伝統的な和歌を乗り越えるところに短歌があるわけです。
「共感できること」が心に響く歌の共通点。和歌から現代短歌へ「エモさ」を求めて。
──和歌の歴史を踏襲しながら詠み手の個性を加えたものが短歌ということでしたが、現代短歌も短歌と同様、個性豊かなものなのでしょうか。
和歌が個性よりも調和や伝統を重んじるのに対し、現代短歌は個人の体験や感性を織り込んでいるのが特徴です。その一方で、和歌と現代短歌の共通点といえるのが「共感性」。例えばホトトギスは「待ち望んだ一声」として詠むなど、和歌には一般的な認識を踏まえたルールが多くあり、自然と背景が想像できます。現代短歌には明確なルールはありませんが、心に響く歌に共通するのは、やはり人々が共感できるかどうか。次の歌は固有名詞をうまく使っており、印象的です。
月曜は19時半の越後線1号車には君が居るから
新潟県17歳作(第32回 東洋大学「現代学生百人一首」入選作品より)
──「越後線」という言葉から、電車が海沿いを走る情景が思い浮かびますね。懐かしく、いわゆる「エモい」と言われるような青春の輝きを感じました。
すべてを説明せず、想像の余地を残しているからこそ、共感が生まれるのです。詠みたい内容を三十一文字に収めるために、物事から本質のみを抜き出し、固有名詞などで工夫をしながら味付けしていくと、上手い短歌ができます。「現代学生百人一首」に選ばれているのも、そういった歌が多いですね。
──そのほかに、和歌と現代短歌の共通点はありますか。
どちらもジェンダーフリーで、男女差がないところですね。中世の和歌は、「題詠」といって、題にしたがって詠まれるものでしたので、自分自身から離れて別人の気持ちを詠むことがめずらしくありません。藤原定家は「恋の歌を詠むときは凡俗の身を離れて、自分自身が光源氏や、在原業平だと思って詠むべき」とも語っています。現代短歌も同様で、込められた気持ちに男女の違いはほとんどなく、物事のエッセンスをすくいあげていけば自分が何者になっても良いという点が共通しています。
また、誰も傷つけない表現も共通点の一つかもしれません。伝統に則って詠まれている和歌には過激な思想、表現がほとんど見られません。「現代学生百人一首」の応募作品をみても、誰かを傷つけるような表現はありません。誰でも安心して身近に楽しむことができる点は短歌の大きな魅力です。
東洋大学「現代学生百人一首」のご紹介
「現代学生百人一首」は1987年に、本学創立100周年の記念行事として開始しました。毎年、国内外から多くの短歌が寄せられ、応募作品からは、その年の話題・出来事や日常生活に対する若者たちの感性をうかがい知ることができます。
過去の入選作品は、大学公式Webサイトに掲載されています。
https://www.toyo.ac.jp/social-partnership/issyu/winning/
「現代学生百人一首」は1987年に、本学創立100周年の記念行事として開始しました。毎年、国内外から多くの短歌が寄せられ、応募作品からは、その年の話題・出来事や日常生活に対する若者たちの感性をうかがい知ることができます。
過去の入選作品は、大学公式Webサイトに掲載されています。
https://www.toyo.ac.jp/social-partnership/issyu/winning/
SNS感覚で現代短歌にハマるZ世代
──現代短歌が若い世代を中心にブームとなっている理由は、どこにあるとお考えですか。
ひとことでいうと「手軽さ」でしょうか。誰かの作った短歌を読むとき、何を想像するかは個人の自由です。ここに共感した、と言葉にする必要がなく、「なんだか良いな」と感情の動きだけで完結できる手軽さが、若者にマッチしているのではないかと感じますね。一つの歌が三十一文字で完結しているので「自分でもできそうだ」と感じられる点もブームに一役買っているように思います。
──気軽に挑戦できる長さという点で、SNSと短歌は似ている気がします。短い文章に慣れたZ世代と、三十一文字で自分の思いを表現できる短歌は親和性が高いのかもしれませんね。
自己表現の手軽さはSNS、特にTwitterとよく似ていますが、短歌は短いからこその難しさも持っています。先述の「越後線」の歌でも、「19時半」を「20時半」にすると、思い浮かぶ情景が変わりますよね。使う言葉が一文字変わる、または語順が少し入れ替わるだけで印象が全く違うため、丁寧な推敲は欠かせません。
感じたことを「この表現は適切だろうか」と見直してから発信することは、SNSでも短歌でも大切だと感じます。また、感情をやわらかく表現できるのも、短歌の特徴の一つです。
──やんわりとした表現の方が、より共感しやすくなりますね。共感といえば、InstagramやYouTubeなどにおける「いいね」「高評価」も、その一種のように思えます。
SNSでの「いいね」「高評価」はいずれも共感を表す機能ですが、短歌における「共感」は「自分も皆も同じ気持ちだ」という安心感をもたらすフラットな感情なのが特徴です。三十一文字に凝縮されているため、個性が色濃く出すぎない。奇をてらって個性を前面に出すのではなく、自分の心のままに素直に心情を表現すれば、人の心を動かす、素敵な歌になる。個性がある歌でも、個性がない歌でもいいんです。「自分らしさ」「多様性」など、個性を色濃く出すよう求められてきたZ世代にとって、ありのままの自分を受け入れてくれる短歌の温度感が心地よく、共感しやすいのかもしれません。
Z世代の短歌の特徴は、余計なことを考えず、感じたままの真実を詠んでいるところ。大人が「つまらないかも」と危惧するような内容でも、臆せずに歌にしてしまうような素直さがあり、そこから見えてくる真実というのがなんとも面白く感じられます。
くやしいなバス行っちゃった時計見るかさにポツポツふってくる雨
イタリア14歳作(第34回 東洋大学「現代学生百人一首」入選作品より)
いつでもどこでも始められる、現代短歌のススメ
──現代短歌に挑戦したい人へ向けて、多くの人から共感される歌を詠むコツを教えてください。
初心者の方は、まず題材を決めることをお勧めします。誰もが経験している、ありふれた状況ほど多くの人に共感してもらいやすいです。私自身、面白みのない日常を詠んだ歌が好きですね。いつの時代も変わらない、青春の輝きを詠んだ歌などは、共感を集めやすいのではないでしょうか。
「まだまだね」からかっていた君の背は「まだまだだね」と私をからかう
千葉県15歳作(第34回 東洋大学「現代学生百人一首」入選作品より)
また、昨年度の応募作品には、新型コロナウイルス感染症関連のテーマが多くありました。昨今は多様性が声高に叫ばれ、自分なりの意見が重視される風潮が強まっていることから、大衆から共感を得ることが以前よりも難しくなってきています。しかし、コロナ禍では世界規模で多くの人が同じ危機に直面していました。現代学生百人一首史上「初」と言っても過言ではありません。昨年の共感は本当に特別なものに思えました。
「こ」と打ってコロナと予測変換しスマホまでもがコロナ禍にいる
東京都18歳作(第34回 東洋大学「現代学生百人一首」入選作品より)
どんなテーマでもいいのですが、大切なのはすべてを説明しないこと。物事の本質だけを抜き出し、想像の余地を残すと、共感を生むよい歌になりますよ。
──最後になりましたが、当オウンドメディアの読者へ向けてメッセージをお願いします。
お金をかけずに、誰もが身近に楽しむことができる短歌は一生モノの趣味にできます。最近では、SNSを通して短歌を発信する人も増え、短歌を通じてさまざまな人と関わりを持つこともできます。読書感想文や作文では「自分の思ったことを書きなさい」と言われますが、現代短歌は自分の感じたことでも、創作でも問題ありません。フィクションと現実のちょうど真ん中を攻めてみたり、現実の中に少しだけフィクションを混ぜたり。自分なりのテーマでも、決められたお題でもいい。好きなように詠んでいいのが短歌の魅力です。身近でありながら奥が深く、楽しみ方は無限大といえるでしょう。
現代短歌をきっかけとして、和歌にも興味を持ってもらえたら、本当に嬉しいですね。時代は違っても、日本の花鳥風月や人の気持ちは変わらないもの。内容をかみ砕くと、現代短歌と同じように、共感できる部分がたくさんあります。少しルールを覚える必要はありますが、それさえ覚えてしまえばこっちのもの。900年以上の歴史を持つ、日本が誇る伝統的文化をぜひ体験してみませんか。