東洋大学 文学部 東洋思想文化学科 准教授
博士(中国学)。哲学、中国哲学を専門とし、朱子学、陽明学、日本儒学などを研究。主な著書に「『朱子語類』訳注」(共著、汲古書院)、『周必大全集』(共著、四川大学出版社)、『前間恭作の学問と生涯<アジアを学ぼう35>』(風響社)など。
孔子とはどのような人物か
▲東洋大学の全キャンパスに設置されている四聖のレリーフ孔子は紀元前552年(551年とも)、魯の国(現在の中国・山東省)に生まれました。3歳のときに父を亡くした孔子は巫女だった母の仕事を見て育ったこともあり、遊びでも祭器を並べて礼法の真似事をするような礼儀正しい子どもだったと言われています。
孔子が17歳のときに母も亡くなり、孤児として育ちながら勉学に励みます。20歳を過ぎたときには魯の役人として、貨物倉庫の出納係を立派に勤め上げ、後に牧場を管理することに。そして30歳を過ぎたときには周の都に行って、勉強に打ち込みます。
その後、孔子は貴族の横暴な政治が横行していた魯の政治を立て直そうと励みますが、あえなく失敗。再び政治の世界に舞い戻る……ということはなく、諸国を遊説して回るようになります。このときに孔子を慕う弟子が続々と現れ、最終的には3,000人もの弟子がいたとも言われています。孔子はそれほど多くの人の心をつかむ哲学者として、現代にも通用する考えを説き続けたのです。 人生を通し、常に学ぶ姿勢を持ち続けた孔子。その生き方から得た言葉の数々を見てみましょう。
【仕事編】心に留めたい、論語の教え
『論語』は、孔子と弟子たちとの対話をまとめたものであり、国や時代を問わず多くの人に気づきを与えてきました。それでは仕事で生かせる、孔子の教えを『論語』から読み解いていきましょう。
■上司とどう付き合えばいいかがわからない
“子路(しろ)、君(きみ)に事(つか)えんことを問う。子曰く、「欺くことなかれ。而(しか)してこれを犯せ。」”
【現代語訳】
子路が「主君に対して、どのように仕えるべきなのでしょうか。」と孔子に尋ねた。「嘘はついてはいけない。そして、主君にさからっても諫めよ。」と孔子は答えた。
トラブルが発生しそうなときに「指摘されるのが怖いから黙っていよう」、「自分でなんとかしよう」と勝手に判断し、いざトラブルが表面化してから慌てる……そんな出来事に覚えがある人もいるのではないでしょうか。そんな「嘘をついたり隠したりする」ことを孔子は厳しく諫めています。
一方で、上司もミスをすることがあるでしょう。そんなときは「上司だから」、「逆に怒られるかもしれないから」と引いてしまうのではなく、堂々と誤りを指摘するべきだ、とも孔子は説きます。自らの立場を守るために上司の顔色を伺うのではなく、「間違ったことは事実」として声をあげる勇気が、今の世の中には必要なのかもしれません。
そして、もし自分が部下を抱えているのなら、自分の部下はどちらのタイプなのかを思い浮かべてみてください。顔色ばかりを伺うのではなく、多少気は強くとも「それは違います!」と言える部下がいるのなら、あなたの大きな助けになるのではないでしょうか。
■仕事が楽しくない
“之れを知る者は之れを好む者に如(し)かず。 之れを好む者は之れを楽しむ者に如(し)かず。“
【現代語訳】
ある物事を理解している人には知識があるが、好きな人には敵わない。 ある物事を好きな人は、楽しんでいる人には敵わない。
日々働いていて、ふと「私はこの仕事に向いていないんじゃないかな」と悩んだことはありませんか。そんなときほど結果を出せないことを悔やみ、負のスパイラルに陥りがちですが、孔子は「知る」、「好きになる」、「楽しむ」ことの大切さを述べています。
「やらされている」と感じている物事は、いつまで経っても上達しません。それどころか「面倒だ」、「投げ出したい」とさえ思うでしょう。まずは目の前の「やるべきこと」を整理し、「好きになる」「楽しもう」と意識することが働く・学ぶうえで欠かせない要素ではないでしょうか。
■知識がなかなか身につかない
“子曰く、学は及ばざるが如くせよ。猶(なお)之を失わんことを恐れよ。”
【現代語訳】
先生が言われた。まだまだ自分は十分ではないという思いを持ち続けるのが学ぶということだ。のみならず、学んだことは失わないよう注意しなさい。
成長を実感する瞬間は嬉しいもの。しかし、そこで「自分はもう十分に学んだからできる」と調子にのるのではなく、「常に謙虚であれ」と孔子は主張します。
また、知識は得たら終わりという簡単なものではありません。どんなに優れたスポーツ選手や職人であっても、その道から一旦離れてしまえば腕は鈍ります。「テストで高得点が取れたからもういいや」、「タスクが終わったから終わり」とその場限りの努力にしてしまえば、できたはずのことができなくなることも避けられないでしょう。自分の武器を増やし、自信を持つためには謙虚であると同時に、常に学ぼうとする姿勢を維持する必要があります。
【生活編】心に留めたい、論語の教え
ここからは、日常生活にも役立つ、孔子の教えを『論語』から読み解いていきましょう。
■読書で効果的に知識を身につけたい
“子曰く、学びて思わざれば罔(くら)し。思いて学ばざれば殆(あやう)し。”
【現代語訳】
先生は言われた。読書や先生から学ぶだけで、自分で考えることを怠ると、知識が身につかない。しかし、考えることばかりで読書を怠ると、独断的になって危険である。
知識を身につけるための読書、そして知識を自分の血肉とするための思索。良い行動につなげるためには両方が必要となります。たとえば、料理をするにしてもレシピ本を読むだけでは決して料理は上達しません。かといって料理の知識がない人がレシピ本を読まずにいきなり料理をしても、独自の味付けや調理方法では美味しい料理を完成させるのは難しいでしょう。
効果的に知識を身につけるには、読書で知識を学ぶだけでなく、その知識を活かして自分自身の頭で考える。そのバランスを上手にとることが大事であると孔子は諭しています。
■いつも「口だけ」と言われてしまう
“子曰く。先ず行う。その言や、しかるのちにこれに従う。”
【現代語訳】
先生は言われた。まずは行動をしなさい。言葉は後からついてくるのだから。
「いつか漫画家デビューする」、「夏までに痩せる」と大きな目標を掲げるも、「明日からでいいや」とすぐに諦めてしまう……あなたもそんな「口だけの人」になっていませんか?
目標と行動は、常にセットです。宣言してから実際に行動すれば「有言実行」ですが、いつまでも行動に起こさなければ「有言不実行」でしかありません。そんな「有言不実行」の人は次第に「どうせ口だけ」、「やらないくせに」と周囲の信頼を失ってしまうかもしれません。
「今は気分じゃない」、「まだそのときじゃない」という言い訳ばかりを考えるのではなく、まずは行動する。その一歩があなたを大きく成長させると孔子は語っています。
孔子の教えをもとに、自身を成長させよう
孔子の教えは、色あせることなく後世の人々の心に刺さるものばかりです。『論語』を「難しそう」というイメージで、今まで手にとってこなかった方にとっては新たな発見もあったのではないでしょうか。『論語』は解釈によって、さまざまな読み解き方ができるものでもあります。あらためて、人生に迷ったときは『論語』から今にも生かせる孔子の考えを学んでみてはいかがでしょうか。