INDEX

  1. 5か月間にわたる「しらせ」での航海を2度経験
  2. ハードな仕事を乗り越えるために「逃げ場」をつくる
  3. みんなに好かれるのは無理。人間関係はある程度割り切る
  4. 真面目過ぎることが、悪い方に働くことも
  5. 「頑張り過ぎない」精神のすすめ

INTERVIEWEE

泊 太郎

TOMARI Taro

2012年東洋大学理工学部機械工学科卒業

2012年、海上自衛隊に入隊。2014年4月、南極観測船「しらせ」に乗組。第56次南極地域観測協力行動、第57次南極地域観測協力行動に従事。2016年6月に退官し、現在は高校受験の指導ほか、自衛官を希望する若者の就職支援に力を注ぐ。

5か月間にわたる「しらせ」での航海を2度経験

画像:泊太郎さん

―南極観測船「しらせ」とは、何をする船なのですか?
   
「日本の南極観測の拠点である『昭和基地』をご存知でしょうか。ここに研究者を送り届けたり、必要な物資を輸送しているのが、海上自衛隊が運航する南極観測船『しらせ』です。『しらせ』の特徴は何といっても一回の航海が長いこと。年に一度、日本と南極の間を往復するその航海は5か月間にも及びます。
  
―5か月間も。どのような経緯で「しらせ」に乗ることになったのですか?
   
「僕が『しらせ』の存在を知ったのは小学生の低学年のとき。横浜で先代『しらせ』の一般公開があったので、行ってみたんです。そこではじめて南極観測船というものを見て、南極への好奇心が湧きました。いつかこれに乗ってみたいなと思ったことを今でも覚えています。 その思いを忘れずに学生時代を過ごし、東洋大学卒業を機に海上自衛隊に入隊。思い切って『しらせ』の乗組員に志願しました。乗組員は毎年わずか90名程度の選出で、20年間志願してやっと乗れたという先輩もいる中、入隊3年目から2014年と2015年の2度も南極行動を経験することができた僕はとても幸運だったと思います。
   
画像:南極観測船「しらせ」(泊さんご提供)
  
―2回も!? 大抜擢だったわけですね!泊さんは「しらせ」でどのような仕事をしていたのですか?
   
航海中の5か月間は、寄港地であるオーストラリアに停泊している期間をのぞいて、任務、プライベートを含むすべての生活が船の上です。私は機関科と呼ばれる部署に所属し、昭和基地に燃料を送ったり、『しらせ』の心臓部であるディーゼルエンジンの監視や保守点検を行っていました。 船が航海中であれば交代制を敷いて24時間体制で任務を遂行します。体力的にも精神的にも大変でしたが、憧れだった『しらせ』で仕事をしているという充実感がありましたね。」
   
―とはいえ、長期にわたる船上生活。やはり不便があったのではないですか?
   
もちろん海上での生活は、陸上での生活と大きく違いました。自分の食べたいものが食べられないですし、お風呂も入りたいと思った時に好き勝手に入れません。テレビ、スマホなどの通信機器の電波は届かないので、電話もネットも自由にできません。
   
でも、一番大変だったのはプライベートなスペースがベッドしかないことですね。しかもベッドといっても、寝室があるわけではなくて、寝台列車のようなカーテンで仕切られた2段ベッド(笑)。そのほかのスペースはすべて共有なので、艦内では常にお互い気を遣い合いながら生活をしていました。」
   

ハードな仕事を乗り越えるために「逃げ場」をつくる


画像:昭和基地の立て看板の前に立つ作業中の泊さん(泊さんご提供)
  
―それでも、仕事は仕事。与えられた任務はきっちり遂行しなくてはならないわけですよね。厳しい環境での任務で心がけていたことはありますか?
   
「そうですね、私は常々、『逃げ場』をつくることを意識していました。ストレスは溜まり過ぎると心や体に不調をきたすものです。だから適度に息抜きをするための『逃げ場』をつくっていました。 僕にとっての『逃げ場』は、ベッドでのプライベートな時間であり、仲の良い同僚との談笑の時間でした。任務中も『この後、時間ができたら何をしようかな?』とか、『日本に帰ったら何をしようかな?』『早くベッドに入って休みたいな』なんて任務以外のことをよく考えていたものです。
    
『逃げる』という言葉に悪いイメージを持つ方は結構多いと思いますが、ストレスに押し潰されてしまうよりはずっといいはずです。少しくらい息抜きがあったっていいじゃありませんか。『しらせ』では、プライベートな時間に後輩を叱ったり、指導したりすることはありません。これは、ストレスの多い環境で、若い人たちの『逃げ場』をなくさないようにするための配慮なのです。」
   
―なるほど。ストレスを溜め込まない手段としての「逃げ場」をいつも用意していたんですね。
「そうです。人間すべてのことを完璧にこなすことはできませんよね。無理をすれば絶対にどこかでほころびが出るし、プレッシャーに押し潰されてしまうことだってある。そういうときは、『手抜きをする』ことが大切なんです。
  
―手抜き!?なんだか海上自衛隊の規律正しいイメージとは真逆ですね。
   
「手抜きというと語弊があるかもしれませんが、言い換えるなら『物事の緊急度や重要度を見極めて、臨機応変な対応をする』というところでしょうか。自分が抱えている仕事は本当に今やらなければならないのか、本当に自分がやらなければならないのかを考えることで、着手すべき仕事を減らすことができます。 私は上官から『適度に手を抜かないと潰れるぞ』と声をかけていただいたことで、いい意味で手を抜いて仕事をすることを覚えました。仕事で大切なのは目的を達成することであって、すべてを完璧にこなすことではないのではないかと思います。
  
―仕事で上手に手を抜くスキルを身につけることも、ある意味『逃げ場』を作ることに繋がるのですね。
  
「そうですね。毎日のルーチンワークだって、本来の目的を考え直してみると実はやらなくてもよかったことがあったりします。今自分がやらなければならない仕事を見極める力は、ストレスをなるべく感じずに仕事をするために必要なスキルではないでしょうか。
   

みんなに好かれるのは無理。人間関係はある程度割り切る


画像:南極大陸のオーロラ(泊さんご提供)
   

―海上での長い生活、泊さん自身は人間関係で悩んだことはなかったのですか?
「もちろんあります。海上自衛隊は基本的にはタテ社会なので上司には敬意、部下には愛情をもって接することが大前提です。私はそんな中で、どうしても気が合わない人とはなるべく関わらないようにしていました。
   
―関わらないように、ですか。
   
「そうですね。挨拶や業務に必要最低限のコミュニケーションは必要ですが、そのほかの場面で気にいられようと相手に合わせていては、すぐに心が疲れてしまいますからね。ストレスのかかる人間関係から逃げるために、『すべての人に好かれるのは無理』と最初から割り切ってしまうことをおすすめします。
   
―なるほど。しかし、苦手な相手と関わらざるをえないこともありますよね?
   
「そういうことはありますね。僕は、苦手な相手の行動や言動で気になることがあっても注意や正すことはしません。また、相手から向けられた穏やかでない言動もなるべく受け流すようにしています。そうするうちに、だんだんと苦手な人の欠点も味だな、と思うようになれたらこっちのものです。
   
あとは、『相手に期待しすぎない』ということも大事です。もちろん適度な期待はいいと思いますが、過剰な期待は相手へのプレッシャーになり、さらには相手が自分の思いどおりに動かなかったときに怒りやイライラがこみ上げる原因にもなるからです。
  
―相手に期待をしすぎないことが人間関係をよくする、とお考えなのですね。
   
「そうですね。より具体的に言うと、人と関わるうえで大切なのは『期待』ではなく『共感』、つまり相手の立場や気持ちになって考えることなんです。
   
よく新人教育などで『1度聞いたことは、メモをとって2度聞かないように』と言いますが、僕は相手が後輩ならば、『誰しも新人のときは右も左もわからないのは当たり前だよね、分からないことは何度でも聞いてもらっていいし、何度でも実演するよ』というスタンスで接します。そうすることで信頼関係を築きやすくなります。その後輩は、“いつもお世話になっているから”と困ったときに力になってくれました。」
  
―無理に相手に合わせたり、相手に自分の考えを押し付けては軋轢が生まれる。「共感」することが人間関係を円滑にするための基本なのですね。
  

真面目過ぎることが、悪い方に働くことも


画像:著書『海上自衛官が南極観測船「しらせ」で学んだ きつい仕事に潰されない人のルール』
   
―日本では現在、働き方を見直そうという動きが広がっています。最後に泊さんから、ストレスフルな状況で頑張っている方々にメッセージをいただけますか。
   
「日本では長い間、人間関係や仕事、すべてに勤勉であることが美徳とされてきました。その考え方には、多くの人が共感もすることでしょう。しかし、ストレスが多いいまの時代、真面目過ぎるが故に周りが見えなくなって、自分を責めてしまう人が本当に多いと感じます。僕が『しらせ』での経験を本にしようと思ったきっかけもここにあります。
   
もちろん、真面目なことはとてもいいことだと思います。でも、たまにはストレスがかかりすぎていないか、そして上手に『逃げ場』を見つけられているか、自分の声を聴いてほしい。そして、もしあなたの周りに同じような思いをしている人がいたら、声をかけ、話を聞いてあげてほしい。きっと、あなた自身がその人にとっての『逃げ場』になることができると思うのです。」
   

「頑張り過ぎない」精神のすすめ

「しらせ」への乗船経験から学んだストレスマネジメントをお話しくださった泊太郎さん。その極意は意外にも、手を抜く場所を見極めたり、逃げ場所を確保したりするという「頑張り過ぎない」精神にありました。 生きている以上、誰もがストレスと無縁ではいられません。 だからこそ、我慢するのではなく、ストレスと上手く付き合っていく方法を見つけることが大切なのではないでしょうか。
    

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