INDEX

  1. ビジネスの視点で見る、オーケストラの特徴
  2. 企業経営に通じる、オーケストラ型の組織マネジメント
  3. オーケストラ型マネジメントの活用【ビジネス編】
  4. オーケストラ型マネジメントの活用【学校・家庭編】

INTERVIEWEE

大木 裕子

OKI Yuko

東洋大学 ライフデザイン学部健康スポーツ学科 教授
博士(学術)。専門分野は、経営学、組織論、アートマネジメント学。東京藝術大学音楽学部器楽科卒業後、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団ヴィオラ奏者を経て、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科修了。京都産業大学を経て、2016年より現職。現在は「技術の継承とイノベーション」を研究テーマとし、アートを礎とするものづくりへの関心から「製品の高度化」に関する研究を進めている。著書に『オーケストラの経営学』(東洋経済新報社)、『オーケストラのマネジメント:芸術組織における共創環境』(文眞堂)、『クレモナのヴァイオリン工房:北イタリアの産業クラスターにおける技術継承とイノベーション』(文眞堂)など。

 

ビジネスの視点で見る、オーケストラの特徴


        
――先生は、元々オーケストラ奏者としてご活躍されていたそうですね。


はい。東京藝術大学音楽学部でヴィオラという弦楽器を専攻していました。卒業後は東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団に所属し、演奏家としてさまざまな演奏活動を行いました。
    
チャペルプリエールでコンサートを行った際の大木先生(2019年)

――そこから組織論やアートマネジメントを研究する研究者となられたのには、どのような経緯があったのでしょうか。

オーケストラの楽団員として活動を続けていき、人々に喜びや感動を与えたり、音楽のすばらしさを実感したりする一方で、日本のオーケストラが抱える問題点にも直面しました。

例えば、他の職業と比較して、就職するまでにコストがかかる一方で、演奏家になってからの報酬は低いという点です。演奏家を目指すには楽器の購入や定期的なメンテナンス、音楽大学の受験や有名演奏家への師事など、さまざまな場面で多額の費用が必要になります。しかし、こうした支出を踏まえて仮にプロになったとしても、日本のオーケストラ楽団員はビジネスマンに比べても高額な報酬が期待できるわけではないのです。
また、多くの日本のオーケストラの運営は演奏会などの事業収入だけでは賄えず、地方自治体やスポンサーからの助成金によって成り立っていますし、事業収入についても観客動員数が年々落ち込んでいることから不安定になりがちです。

もちろん報酬がすべてではありませんが、多くの方に音楽で喜びや感動を与えるためにも継続的に運営していける体制は必要不可欠です。そのため、日本のオーケストラをよりよい「事業」として確立させるためには何が必要なのか?その考えから経営学者としての研究を始め、今に至ります。

――先生が実際にオーケストラの楽団員として感じられたことが、今の研究に結びついているのですね。

そうですね。現場での気づきが非常に有意義なものだったと感じています。オーケストラの経営というテーマには、財政的な側面と組織マネジメントとしての側面がありますから、資金繰りのことだけでなく、「組織として、よりよいパフォーマンスをするためのマネジメント」についても着目しており、その成果を国内のオーケストラに還元できればと考えています。
   

企業経営に通じる、オーケストラ型の組織マネジメント


       
――今回は組織マネジメントの側面のお話を伺いたいと思います。オーケストラの組織マネジメントにはどのような特徴があるのでしょうか。


まず、オーケストラにおける組織マネジメントは、音楽家というプロフェッショナル集団のパフォーマンスをいかに上げるかということがポイントとなります。個々が素晴らしい演奏家でも、必ずしもオーケストラとして美しい音を奏でることができるとは限らないからです。経営学者のピーター・ドラッカーも『ネクスト・ソサエティ』という著書の中で「偉大なソロを集めたオーケストラが最高のオーケストラではない。優れたメンバーが最高の演奏をするものが最高のオーケストラである」と言っています。聴衆に感動を与えるような演奏をするためにも、組織のマネジメントが重要なのです。

組織には大きく分けて「ヒエラルキー型組織」と「ティール組織」という2種類のタイプが存在します。「ヒエラルキー型組織」とは、指揮や統制を重んじる組織で、中央政権型・階層型とも呼ばれます。階級制を用いて役職などが明確に定められ、管理職やリーダーとなる人物が意思決定やマネジメントを行う組織を表します。従来の日本企業の組織構造を想像していただくとわかりやすいかもしれません。

――では、「ティール組織」とはどのような構造なのでしょうか。

「ティール組織」とは、2014年にベルギー出身の企業コンサルタントのフレデリック・ラルーが提唱した、比較的新しい組織モデルです。「ティール」とは青緑色を表す英単語で、生命体のイメージから転じて「自律性」を表しています。社員の自律性に基づき、経営者や管理職が指示をせず、フラットな立場で協力し合いながらプロジェクトを進める組織のことを、ラルーは著書の中で「ティール組織」と定めています。

オーケストラは、このヒエラルキー型組織とティール組織の両タイプを上手く取り入れている組織だと言えます。オーケストラにおいて、優れた指揮者は楽団員の協調性を重視します。指揮者がすべての指示を出すのではなく、楽団員の間にコミュニケーションの輪が自然と出来上がるような状況を作り出すのです。これは、ティール組織の自律性に通じます。

また、オーケストラには各楽器の演奏技術や音楽観に対して高いプライドを持った演奏家たちが集まっています。無理に指揮者が手綱を引いて統率しようとしても、必ずしも全員が指揮者に追従するわけではありません。楽団員同士の結束を自然に生み出すことで、指揮者は楽団員のコミュニティに身をゆだねた状態で、「指揮者が楽団員をコントロールしない状況」と、「全員が演奏をコントロールしている状況」を作り出しているのです。これは、ティール組織の理想といわれている形でもあります。

――なるほど。指揮者が統率する印象がありましたが、協調性を重視したフラットな構造は、オーケストラの組織マネジメントでも重視されているのですね。

はい。しかし、指揮者自身に演奏に対する明確なビジョンがないまま楽団員に任せっきりでは、素晴らしい音楽は作れません。音楽の完成形を自分で定め、それをメンバーに伝えていかなければ、指揮者が理想とする音楽は作れません。したがって、リハーサルを始めた瞬間から、自分のやりたい音楽の方向性をメンバーにはっきりと伝えていくのです。こうした点では、ヒエラルキー型組織の統率性という特徴が当てはまるでしょう。

この場合、「〇〇小節目のヴィオラはもっと音量をあげて」と分かりやすく指示を出し、何度も指摘をしたり、楽団員の意見を否定したりすることもあります。一方で、「○○が××するように」と漠然とした指示も時には効果的です。私の経験では、一流の指揮者と呼ばれる人たちは、こうした漠然とした表現で楽団員の心を掴むのが上手い印象がありますね。

一流の指揮者、よい指揮者というのは、演奏者が「自分の限界を超える演奏ができた」と思えるような指揮者です。すなわち、メンバーが考える理想の姿を実現するための場を提供することが、指揮者の役割ということになります。メンバーの自律性を大切にしながら、リーダーは自分の意思を伝え、メンバーと組織全体のパフォーマンスを向上させる。これこそが、オーケストラ型の組織マネジメントです。
    

オーケストラ型マネジメントの活用【ビジネス編】


         
――近年は、一般企業のマネジメントにおいてもオーケストラ型のマネジメントが注目されていると聞きました。


複雑で不確実性が高い現代社会では、相手を信頼して尊重し合い、協調していくことが求められます。社員の自律を促しながらも、経営者の意思を伝達していくことができるという点で、オーケストラ型のマネジメントがビジネスの現場でも注目されはじめているのではないかと考えています。

そして、現代のビジネスではマニュアルどおり忠実になにかを再現するだけでなく、そこから付加価値を生み出すことが必要不可欠です。オーケストラは過去にスコア(総譜)へ記された音楽を再現するだけだと思われがちですが、実は楽団員全員が楽譜を自分なりに解釈し、指揮者の考えを取り入れて再構築しているため、演奏者の個性や創造性が求められます。個性を発揮し、新しい価値を社会にもたらす上でも、オーケストラのマネジメントスタイルはビジネスに生かせるのではないでしょうか。

――「協調」と「付加価値」がキーワードということですね。

現代社会では、企業も組織もオーケストラ同様に、スコアを忠実に再現するだけではなく、さらに個性ある付加価値を提供することで、顧客や社会と共鳴することが求められています。そこで重要なのは、メンバー同士がスキルと感性をぶつけ合い、互いにインスパイアされながらアンサンブルを完成させることであって、こうしたチームこそ付加価値の高いアウトプットを生むことができるのだと思います。
  
組織のリーダーは、これまで構成員のもともとある能力を引き出すといった側面が強調されてきましたが、そもそも構成員には調和のベースとなるところがあり、それを浮かび上がらせてまとめる、といった側面がより大切になってきているように思います。だからこそ、メンバーとともに新たなゴールを目指す「オーケストラ型マネジメント」が注目されていると言えるでしょう。

――こうしたオーケストラ型のマネジメントを実践するときに、重要な心構えはなんでしょうか。

リーダーの役割はチーム内の情報を集め、メンバーに向けて発信することです。つまり、チーム内の情報を循環させる「サーキュレーター」のような存在として、メンバーたちが動きやすいように環境を整え、見守ることが求められます。リーダーが発信した情報を基にメンバーが自発的に動く中で、組織が崩壊しないように調整することが大切です。一人で引っ張ることが大事なのではありません。オーケストラでは「主役は楽団員」です。あくまでリーダーはメンバーと一緒に創造し、一つの組織を作り上げる立場です。そういった意味で、「Co-create」、つまり「共創」の視点がオーケストラのマネジメントを実践するときには重要なのだと感じます。

コツとしては、「ビジョンを示すときにぶれないこと」「自分自身のコントロールを常に行うこと」の二点が言えると思います。

まず、「ビジョンを示すときにぶれないこと」について詳しくお話します。オーケストラでは、同じ楽曲を同じ楽団が演奏したとしても、すべて同じ音楽にはなりません。毎回のように指揮者は変わり、その指揮者の芸術性や創造力、そして音楽に対する思いがそれぞれ異なるからです。それぞれの指揮者は「こういう音楽にしたい」という確かなビジョンを持ち、楽団員に指示を出します。しかし、その指示を受け入れてもらえず反発にあったときも、安易に妥協して方向性を変えてしまっては、指揮者が最終的にどんな音楽を作り上げたいのかが分からず、楽団員はその指示を信じることができません。

ビジネスの現場も同様です。「こういう企業でありたい」「こういうサービスを世の中に広めたい」という確固たる信念をまずはトップが示すこと。そして、その信念をメンバーに明確に伝えること。こうした姿勢が重要になると思います。メンバーからは反発の声が上がることがあるかもしれませんが、「社内で批判の声があがったので、展開するサービスを変えます」と周囲の目や声を気にして、次々に会社の姿勢を変えるようなリーダーは信頼できませんよね。リーダーが持つ「芯」に従って出された決断に信頼が得られれば、メンバーはついてくるのです。

――もう一つのコツ、「自分自身のコントロールを常に行うこと」についても具体的に教えていただけますか。

指揮者はオーケストラの中でとても孤独な存在です。先ほど申し上げたように、楽団員からの反発にあうこともありますし、メンバーとの信頼関係を築くためには長い時間が必要だからです。このような孤独感は、企業の社長やプロジェクトリーダーにも共通の感情だと思います。マイナスの感情にさいなまれてしまわないよう、自分の心をコントロールすることが重要です。

また、オーケストラは生演奏ですから、本番中にトラブルが起こることもしばしばあります。しかし、何か問題が発生したり、ミスが発生したりするごとに演奏を止めるわけにはいきません。こうした問題に直面したときにも心を乱さず、すばやく状況を判断し、演奏を継続しながら立て直すのが指揮者の役割でもあります。ビジネスの現場においてもトラブルやミスはあると思いますが、自分の心をコントロールして問題解決に努めることが大切ですね。
   

オーケストラ型マネジメントの活用【学校・家庭編】

        
――ビジネスにおいて、オーケストラのマネジメントが生かせることが分かりました。ビジネス以外でも、活用できる場面はあるのでしょうか。

「マネジメント」という言葉から、ビジネスの場面でしか使えないと思われるかもしれませんが、自律性を尊重した指揮者のマネジメントは、日常生活にも生かすことができますよ。

例えば学校であれば、クラブ・サークル活動や行事を企画するときですね。クラブの部長やイベントの実行委員長になったとき、メンバーの自律性を大事にするということはとても重要です。一人で全ての指示を出そうとせずに、メンバーに任せてみることで新たなアイデアが生まれる可能性が広がります。また、オーケストラにおけるリーダーである指揮者は観客に背を向け、オーケストラの楽団員たちが観客に向かって演奏します。指揮者は楽団員たちと観客との間を結びつける存在であり、あくまでも主役は楽団員です。リーダーとして、主役はメンバーであるということを心がけると、一人ひとりがスキルを活かせるグループに近づくのではないでしょうか。

――家庭の中ではどうでしょうか。

個性を生かし、自ら意思決定をできるように心がけるというのは、家庭の中でも大切だと思います。子育ての場面では、子どもが自律できるようサポートすることにつながりますし、夫婦間では得意なことや苦手なことを加味して家事を分担することに結びつくでしょう。「組織」というと大規模な団体を想像してしまいますが、家族も立派な組織です。自律性と統率性のバランスを保ったオーケストラのマネジメントを、ぜひ家庭でも実践してみてほしいですね。
   

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