INTERVIEWEE
安藤 清志
ANDO Kiyoshi
東洋大学 社会学部 社会心理学科 教授
文学博士。専門分野は心理学、社会心理学。さまざまな人や物事との関係によって起こる自己の社会心理学について研究している。著書に『見せる自分見せない自分』(サイエンス社)『社会心理学』(岩波書店)、翻訳『影響力の武器[第三版]:なぜ、人は動かされるのか』(誠信書房)などがある。
「コミュニケーションスキル」とは?
――まずは、安藤先生のご専門を教えてください。
「研究しているテーマがいくつかあるのですが、ひとつは『自己呈示』です。これは、人がさまざまな場面において自分自身をどう見せようとするのか、いわば“自分自身のプレゼンテーション”に関する研究です。
そのほかにも、いかに人にイエスと言わせるか、あるいはどうして人はイエスと言ってしまうのかという“説得や影響”に関する研究や、事故や自然災害などで肉親を亡くされた方々が喪失経験をどのようにプラスに転化させていくかのプロセスについての研究などもおこなっています。
これらは一見関連がなさそうに思える研究領域かもしれませんが、すべてに共通しているのが『“私”をめぐる問題』であること。さまざまな人や物事との関係で“私”がどう変容するかという、自己の社会心理学が専門の軸であり、その研究のなかに、広く“コミュニケーション”も含まれています。」
――「コミュニケーションスキル」とは、具体的にどのような能力なのでしょうか?
「難しい質問ですね(笑)。厳密にいうと『能力』は潜在的なものを指し、『スキル』はあとから獲得・改善できるものを指します。その違いを踏まえたうえで『コミュニケーションスキル』を定義するなら、『人とコミュニケーションをとる目的を明確にしたうえで、自分をどう見せたいかを考え、相手に対する適切な働きかけとレスポンスができる力』と言えるのではないでしょうか。」
――「的確にコミュニケーションをとることで、自分の見え方をコントロールする力」がコミュニケーションスキルであり、それは後天的にも養うことが可能なのですね。
「はい。実は私自身も、もともとはコミュニケーションをとることがそんなに得意ではなかったのです。しかし、大学で学生と積極的にコミュニケーションをとりながら授業をしたり、普段の生活のなかで人と関わる時間を多く持つようにしたことで改善したという経験があります。コミュニケーションスキルを高めるうえでは、やはり訓練を重ねることも大切です。」
――では、コミュニケーションスキルを高めるために、具体的にはどのようなことをしていけばよいのでしょうか?
今日から実践!コミュニケーションスキルを高める5つの方法
①質問をする
「たとえばコミュニケーションが苦手な方は、普段からあまり話さないことが多い傾向にあります。そのため、人から質問をされることがほとんどという場合も多いでしょう。しかし、質問をされることが『何を聞かれるんだろう』という不安につながり、ますます話すことに苦手意識をもってしまう方もいます。
その場合に有効なのは、自分から質問する癖をつけることです。相手がどういった話題に関心があるのかを考えながら質問をしていけば、質問の返答をある程度想定して会話のイニシアチブを握れます。
英会話などでもそうですが、一度会話が途切れてしまうとすぐに『単語の発音が不自然だったのだろうか』『文法が間違っていたのだろうか』と不安になってしまいがちです。受け身にならず、ある程度自分から会話の道筋を予想して、余裕をつくることが大切です。相手の質問を待つよりも、失敗してもいいからとにかく自分から動く、という方法ですね。」
――対面の場で最初にする質問としては、どのような話題がいいのでしょうか?
「やはり最初は、相手の方がどんな分野・話題に関心を持っているのかを探ることが必要になってきます。よくある方法ですが、ニュースや雑誌などで取りあげられている時事ネタを自分から振ってみるのはいいと思います。たとえば『ラグビーはご覧になっていましたか?』と聞くだけでも積極的に話題にのってくる人とそうでない人がいますから、常にいくつか新鮮な話題のネタをストックしておくのがベターですね。
もしも相手の方が著名人などで、下調べをすることが可能なのであれば、あらかじめ相手の関心事を知っておくというのも、ビジネスでは重要かもしれません。」
――相手がつい心を開いて喋りたくなってしまうような話の引き出し方は、ほかにどのようなものがありますか?
「会話のなかで相手の関心のある話題や得意なことがわかったら、それについて『詳しくないので教えてください』という態度で質問していくのは有効です。相手は自尊心をくすぐられるのでいろいろ話してくれるでしょうし、自分もその分野について本当によく知らないのであれば知識を得ることができます。」
②相手と自分の共通点を探す
「相手と自分とのあいだに共通点や類似点を見つけると人はホッとします。ですから、たとえば世代が同じくらいの人なら、学生時代に流行っていたものや聴いていた音楽などを質問してみてもいいかもしれません。」
――なるほど、たしかに共通の話題があると和やかな雰囲気になりますね。
「それから、相手に心を開かせるための最も強力な方法は、自分の話をしてしまうことです。たとえば自分の子どもの話など、話せる範囲でプライベートな話題を出してみると、『私の場合は……』と相手も話に乗ってきてくれるケースが多いです。もちろん自分の話だけをしすぎるのはNGですが、先に自分のことをいくらか開示してみると、相手が関心を寄せる話題をうまく探り当てられると思います。」
③相手を褒める
「仕事においては、大きく分けて『親しみやすさ』と『業務上のスキル』がその人を判断するものさしになるので、そのふたつのバランスを意識することが大切です。自分のスキルを磨くのはもちろん大切ですが、それを周りに評価してもらうために、自分からどんどん周囲の人を褒めるのがいいと思います。
たとえば、誰かの仕事の仕方がとてもいいなと感じたら、『〇〇さんに△△を任せたら右に出る人はいないですよね』と周囲の人に伝える。そういった褒め方を繰り返していると、周囲の人もどこかで自分のことを褒めてくれるという循環が生まれます。人のいいところを褒めて悪いことはありませんから、そういう“褒め合いのネットワーク”をつくることができれば、社内・社外問わずより良い関係を築けるのではないでしょうか。
以前、『さしすせそ』という褒め言葉が話題になりました。『さ=さすがですね』、『し=知りませんでした』、『す=すごいですね』、『せ=センスいいですね』、『そ=そうなんですね』。これらは、とても理にかなっているなと思います。」
――周りを褒めることが自分にも影響してくるのですね。ここからは、ビジネスの具体的なシチュエーションにおいてどのようなコミュニケーションをとればいいかをお伺いします。
④予想がつかない言い回しをする
――たとえば電話営業や飛び込み営業のような仕事の場合、相手がそもそも聞く耳を持ってくれないケースもあります。そういったシチュエーションで、少しでも話を続けられるようなテクニックはありますか?
「ひとつの方法として、一般的な会話のセオリーとは違うことを言い、相手の意表を突くことも有効になるときがあります。多くの場合、セールスの方の宣伝文句というのは、予想のつくものがほとんどです。あくまで一例ですが、『1時間お時間いただけますか?』という言い方を『60分お時間いただけますか?』というように言い換えたり、『1時間なら大丈夫です』というところを『1時間8分なら大丈夫です』のようにわざと半端な数字を使うなど、相手に一瞬でも『ん?』という違和感を覚えさせるのも効果的だと思います。もちろんこうした言い回しを使う場合には、理由を説明できるようにしておく必要があります。長時間会話をもたせるためのテクニックではありませんが、電話営業などで会話を発展させるための糸口に使うにはよいと思います。」
⑤“イエス”をとる
――次に、初対面の相手へ提案や説得をする場合に、有効な立ち居振る舞いなどがあれば教えてください。
「心理学の有名なテクニックに、フット・イン・ザ・ドアと呼ばれるものがあります。これは“ドアに片足を挟んで閉められないようにする”というシーンから生まれた言葉で、小さな要求にOKと言ってもらうのを繰り返していくことで、最終的に大きな要求への承認ハードルを下げる、というテクニックです。
たとえば営業などで、最初から『うちの商品を試してください』と言っても難しそうな場合、まずは『ちょっとその本を見せていただけますか』といった小さな頼みごとにOKをもらうというものです。人がなにかを断るときは、その理由を探す必要があります。そのため、些細なお願いにOKと言い続けていると、知らぬ間にハードルが下がってきて、少し大きなことを頼まれたときにも断る理由が見つけづらくなるのです。」
苦手な人とうまく付き合うために必要なこと
――ビジネスシーンでは、苦手だと感じる相手とも話さなくてはいけない機会があると思いますが、「苦手な人」とコミュニケーションをとる際に意識すべきことはありますか?
「自分は嫌われているかもしれない」はNG!
「長期的に付き合いが続きそうな人であれば、ある程度は相手のことを好きになれたほうがいいですね。その人に会うといつも腹が立つ、といったことが続くのであれば、単純に自分が損をします。
考え方としては、どれだけ嫌な人にも必ずビジネス上の強みやプラスになるところがあると思うので、できるだけそういう面に目を向けてみることをおすすめします。どうしても苦手でいい面も思い浮かばない場合は、『組織というのは完璧な人ばかりでは成り立たない』と考えてみてはいかがでしょう。」
――個人的には、どうしても苦手な相手と接していると、自分が相手のことを嫌っているのが伝わってしまうのではないか、と考えてビクビクしてしまいます。
「それは、『透明性の錯覚』という現象です。自分の心のなかは他者にはわからないはずなのに、『これだけ嫌っているのだから相手にも絶対伝わっているはず』と考えすぎてしまうことをそう呼びます。人は自分の気持ちがクリアであればあるほど、相手にもその感情を読み取られていると感じてしまうのですが、実際には相手に伝わっていないことのほうが多いものです。」
――では逆に、「自分が嫌われているかも」と感じてしまうのもそれと同じですか?
「そうですね。『自分が嫌われているかも』という考えが態度に出れば、相手もそれに対する反応として『嫌われている人に対する態度』をとってしまうわけです。だから結果的に、こちらから見ると相手が嫌な人に見えてしまう。
基本的には、もしかしたら間違っているかもしれないけれど、『自分は好かれている』と思っていたほうがいいのです。『好かれている』という自分の気持ちからくる余裕が相手に伝わることで、相手の態度が軟化するケースがあります。その可能性を追求したほうがいいですよね。自分は好かれているという自信は、恋愛などのプライベートにおいてはトラブルに発展するリスクを孕んでいますが、ビジネスシーンならそう思っていても困ることはありません。」
――最後に、コミュニケーションスキルに自信がなく、これからスキルを磨きたいと思っている方へ先生からアドバイスやメッセージがあれば、お願いいたします。
「もともとは私も恥ずかしがり屋なタイプなのですが、積極的に初対面の人に質問をして会話をするということを繰り返していたら、あるときからだんだん吹っ切れてきて、話すのが楽しくなってきた自覚があります。いちばん大切なのは、コミュニケーションスキルはある程度までは訓練で高めることができる、というマインドセットを持つこと。コミュニケーションに関しては、自分が能動的に動けば努力が報われるのです。」